第101話 おしえてクリスてんてー
アーデルハイトの手には、一本の黒い長剣。
輝くような純白に、燃えるような紅と美しい黄金が奔るローエングリーフとは、まるで正反対であるかのよう。禍々しさすら感じるそれは、しかしどこか洗練されたシルエットをしている。
アーデルハイトの採った選択は、視聴者達を驚かせる事に見事成功していた。
『なんか凄そうなの出てきたんですけど!?』
『え、怖っ!!』
『かっこよ!!』
『俺達のローエングリーフたそどこ……』
『随分と
『聖……剣?』
『こんな禍々しい聖剣があってたまるかァ!!』
『え、待って。こんなのがあと三本あるんですか??』
『え、いやいや待てよ。じゃあ何か?全部で五本あるってことか??』
『待てよ……?つまりアデ公はあと三本の武器を……?』
『するってぇと何か?もしかしてあと三本の(ry』
『だからそうだっつってんだろ!!!』
『うっせえw』
ある者は格好いいと口にするが、その一方で、ある者はその姿に恐怖を駆り立てられる。彼らの反応は様々であったが、驚愕しているという点で言えば皆同じだった。
「あれは聖剣ではなく、魔剣です」
そんな彼らに対してクリスが訂正を入れる。彼女はカメラを構えているため、現在は画面には映っていない。故に、現在のクリスは視聴者達からすれば『天の声』状態である。
『だ、団長の野郎!急に虚空を握ったと思ったら、何もないところから怪しげな剣を取り出して構えやがったぞ!!』
『ムゥ……アレが世に聞く魔剣……!』
『知っているのかクリス!?』
『魔剣だと!?まさか、あの!?』
『どのだよw』
『ここまでテンプレ』
『団長は野郎じゃねぇんだわ……あのでっけぇ色々が見えねぇのかよ』
『まぁ昨今はもうすっかり聞き慣れた単語ではあるよね、不思議と』
『魔剣・聖剣といえばファンタジーの定番だからな』
『おしえてクリスてんてー!』
この期に及んでも、お約束のノリを忘れない古参のリスナー達。アーデルハイトの突拍子もない行動に動揺こそみせるものの、次の瞬間にはいつもの調子である。
これから戦闘であるが故にコメントを見ていないアーデルハイトに代わり、そんなリスナー達へとクリスが解説を続ける。
「あれは
それはローエングリーフのような聖剣とは異なり、出自や背景の明るくない、
そもそも聖剣と魔剣には、明確な違いが定義されているわけではない。双方ともに特殊な能力を持ち、通常の武器とは一線を画す性能を持つと言われている。これらはダンジョンの奥底から発見されることもあれば、ある没落した貴族邸から発見される場合もある。戦争の跡地や荒れた遺跡など、その発見経路は様々だ。
簡単に言えば、やたらと強い特殊な武器ということだ。あちらの世界ではそれらの武器を総称して『神器』などと呼ぶ者達も存在するが、人の手によって作られたものではないという点を以ていえば、成程、言い得て妙である。
武器種としては剣のみならず、槍や弓、戦鎚や戦斧など、多種多様な武器が存在している。
以前にもアーデルハイトが軽く説明したことがあるが、神器と呼ばれる武器は魔力的な手段で以て、『契約』を行う事が出来る。分かりやすく言えば『専用武器』として所持するようなものだ。
そしてその『契約』は、通常一人につき一本の武器が限界だと言われている。契約者の魔力の多寡等、そう言われている理由は様々あるが、最も大きな理由を挙げるとすればやはり、相性の良い神器と出会う確率の低さ、という点になるだろう。
神器は通常の武器とは違い、意志を持っているかのように振る舞うことがある。もちろん言葉を話したり、といった意味ではない。使い手が武器を選ぶように、神器もまた使い手を選ぶのだ。そもそもが希少な神器であるが、仮に運良く出会ったとしても、契約を拒まれる可能性があるのだ。それも結構な高確率である。具体的に言えば、あちらの世界では神器との契約が成功する確率は20%未満と言われている。何年、何十年と探し求め、ようやく発見した神器との契約が80%もの確率で失敗するのだ。使い手が希少な理由もよく分かるというものである。
とはいえ、神器との契約は完全に運任せというわけでもない。妙な話ではあるが、武器に気に入られる場合があるのだ。つまりはそれこそが、神器との『相性』というわけだ。神器との相性さえ良ければ、契約が成功する確率はぐんと上がる。武器が使い手を選ぶというのはそういう意味だ。
当然ながら、そんな武器と出会う確率は恐ろしく低い。神器を一本所有するだけで、どれほど大変なことか。それを考えれば、先代の剣聖が二本所有していたことが、どれだけ偉大な事なのかがよく分かるというものだ。
「───と、まぁ神器については大体そんなところです」
『はえー……』
『とにかく凄い武器ってことね』
『まぁ概ね俺達のイメージ通りで間違ってない、か?』
『ファンタジー好きとしては、あっちの世界めっちゃ憧れるなぁ』
『響きだけでワクワクしてくるよね』
『なるほ……ん?待てよ?』
『いやいや君ら、良く考えて欲しい』
『……一本持つだけで憧れちゃうグラットンソード的なものを?』
『我らが団長様は?』
『ご、ごごご五本も所持しているんですかァーーーー!?』
「はい。それこそがお嬢様のお嬢様たる所以、とでも言いましょうか。あの若さで先代の剣聖を超えたと言わしめる、その最大の理由かも知れませんね」
世界の頂点と言われる六人、『六聖』。
その一人としてアーデルハイトが数えられている理由。圧倒的な剣の技術は勿論のことだが、それよりももっと重要なことがある。つまりは、『異常なまでに神器に愛されている』ということだ。
例えば騎士団の遠征で、アーデルハイトがエスターライヒ領から出ることがあった。そうして任務をこなし、数週間後に邸宅へ戻った時、彼女は何食わぬ顔で神器を装備していたのだ。領地で彼女の帰りを待っていたクリスが『それは何ですか?』などと聞こうものなら、まるでつい今まで忘れていたかのような顔で『え?あぁ、出先で拾いましたわ!』などと
一つの神器と出会うだけでも難しいというのに、アーデルハイトはゆく先々で、まるで土産でも買ってきたかのような気軽さで神器を拾い、そして契約まで済ましてくるのだ。彼女という存在に、神器から吸い寄せられたかのように。その上それらの全てが好相性なのだ。これを神器に愛されていると言わずして、一体なんと言おうか。
彼女が自ら取得するために足を運んだものなど、ローエングリーフただ一振りのみである。
そんな強力な神器を五つも所持している───防具であるアンキレーも含めれば六つだ───上に、身体能力も、剣の技量も図抜けている。これこそが、彼女を剣聖たらしめている一番の理由である。唯一苦手といっていい魔法に関しても、それは魔術師界隈の上位層と比べての話だ。そこらの凡人よりはよほど上手く扱える。
常にその片鱗は見せ続けていたが、いざこうしてクリスの口から語れれば、アーデルハイトのデタラメ具合が浮き彫りになる。彼女はチートの塊といっても過言ではない生き物だ。無論彼女の努力による部分も大きいが、資質という点で言えば明らかに異常だった。アーデルハイト本人も知らないことではあるが、聖女が陰でアーデルハイトのことを『
如何なる手段を用いたのかは不明だが、そんな『化け物』を見事異界送りにしてみせたあたり、聖女の狡猾さ具合も窺えるというものだ。或いは、アーデルハイトが迂闊だったのかもしれないが。それと同時に、アーデルハイトといい勝負をしてみせたウーヴェの実力も。リスナー達が想像していたよりも遥かに、あちらの世界は化け物まみれであった。
そんなクリスの解説の裏側では、アーデルハイトと階層主の戦いが既に始まっていた。アーデルハイトの立つ小島を中心に、その巨体でぐるりととぐろを巻く大蛇。身じろぎひとつするたびに島は揺れ動き、天井からは小さな礫がぱらぱらと落下する。
クリスが先程述べたように、あちらの世界でも見たことのない魔物だった。
何よりも、色が違う。
目の前でアーデルハイトと対峙している大蛇は真っ白で、ともすれば神秘的で美しいとさえ言えるほどだ。深い緑色混じりの黒色だと言われている『国喰らい』とは似ても似つかない。
そんな風にクリスが考えを巡らせている目の前で、警戒することを止めたのか、いよいよ大蛇が動き出した。上体を大きく反らしながら、水面を滑るようにしてアーデルハイトの背面へと回り込む。
一方のアーデルハイトもまた、行動を開始する。
自身の側方へと回り込んだ大蛇をちらりと横目で確認しつつ、右手に握った
そしてその瞬間、ひどく耳障りな音を立てつつ、漆黒の刀身が粉々に砕けた。
『あっ』
『なんでやねーん!!』
『うそぉん!?』
『えぇ……』
『エクリプスくん、ふっとんだーッ!!』
『草 いや草』
『ギターじゃねぇんだぞww』
『どういう……どういう??』
『これには視聴者一同も困惑』
『音キッツぅ……めっちゃ嫌な音だわぁ……』
初手で武器を失ったアーデルハイトの姿に、視聴者達が悲鳴を上げる。そんな視聴者達の反応を知ってか知らずか、剣を壊した張本人は右手に持った
「アンチノーブルフィールド、展開ですわッ!!」
そうして、フロアに影が落ちた。
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