第100話 団長がんばえ~
「クリス、時間は?」
「ざっくり五時間といったところです。多少遅れてはいますが、誤差の範疇かと」
「結構。では、締め括りと参りますわよ!」
そんなクリスの返答に満足し、アーデルハイトが眼下の広場を眺める。現在地は伊豆ダンジョン44階層、つまりは実質的な最終階層である。
アーデルハイトの顔に疲れの色は見えず、むしろ溌剌として明るい程だ。五時間もぶっ続けで探索を行っているのだから、多少の疲れはあってもいいだろうに。だが体力お化けの彼女には、たかだか50にも満たない階層など然程も堪えないらしい。
『俺達のアデ公が世界に』
『いよいよここまで来ちまったな……』
『同接続5万超えたな』
『こうなるともう地下配信者とは呼べんだろ』
『海外ニキもよう見とる』
『やってる内容考えたら少なすぎるくらいだよね』
『勇仲の平時くらいの人数やな』
『毎日配信してる人気配信者の上振れ回ぐらいか』
『なんか最終階層みたいな空気出しているけどまだ一層あるのでは?』
『ミギー曰く、45階層は空き部屋みたいになってるらしいぞ』
『やっぱりチート過ぎて草も生えんのよ』
この世界における初の偉業、ダンジョン制覇。
その瞬間をその眼で見ようと、何処からともなく視聴者達が集まっていた。視聴者コメントにもあるように、彼女達が行っている内容と比較すれば、同接数五万という数字は少なすぎるといっても過言ではないだろう。とはいえ掲示板やSNS等で徐々に拡散されているおかげか、今なお同接数は増え続けている。もしかすると、最終的には10万人も見えるかもしれない。
順調に登録者数を伸ばしてはいるものの、国内外問わず、未だ彼女達異世界方面軍の知名度は高いとは言えない。一部の有名配信者からは認知されていたりもするが、例えるならそれは隠れた名店のような扱いだ。トップ層と比べれば、まだまだ吹けば飛ぶような木っ端配信者であることには変わりがない。だが、いやだからこそ、そんな彼女達が五万人もの人数を集めたことは驚嘆に値する。これもまた今回の配信で彼女達が成し遂げた、もう一つの偉業といえるだろう。
今回の配信が終わった時、異世界方面軍は間違いなく飛躍する。古参の視聴者も、初見の視聴者も、誰もがそう信じて疑わない状況が出来上がっていた。
そんな状況でも、アーデルハイトは緊張などまるで感じていない。異世界方面軍にとって、今の状況は飽くまでも計画の途中。別に伊豆ダンジョンを制覇したからといって、彼女達の冒険が終わるわけではないのだ。故にアーデルハイトは、ただいつも通りに撮れ高を期待するだけだった。
「んー……?」
が、覗き込んだ先の広場には、肝心の階層主の姿が見当たらなかった。確かに、ダンジョン内は全体的に薄暗い場合が多い。ここ伊豆ダンジョンもその例に漏れず、低階層の砂浜を除けば仄暗い通路と広場の連続である。だがアーデルハイトの眼を以てすれば、この程度の暗がりは大した障害にはならない筈なのだ。アーデルハイトは顎に指をあて、可愛らしくも怪訝そうな表情を浮かべた。
「……魔物の姿がここからでは確認出来ませんわね?」
「お嬢様の眼で見えないのであれば、何処かに隠れているのでしょうか?」
「あちらの世界にあった、誰かが足を踏み入れると湧くタイプかもしれませんわね」
挑戦者が現れるまで姿を見せない階層主というのは、彼女達が元いた世界のダンジョンではそう珍しくないケースだ。だがこちらの世界にも既に馴染んでいるクリスに言わせれば、酷く胡散臭かった。双方の世界には時折不思議な共通点が見られるが、何か関係性があるのだろうか。クリスはそう疑わずにいられなかった。
『はえー、そんなんおるんか』
『探索長いことやってる者ですが、聞いたことないですね……』
『なんかゲームっぽいなw』
『えらくコッチの世界に寄ってる気がするシステムだなw』
『イメージはしやすいけど、違和感はあるな』
『宇宙人が毎回グレイタイプなのと同じ現象』
『おいバカやめろ、難しい話をするんじゃあない』
『こまけぇこたぁいいんだよ!!』
『俺達はアデ公のアデ姿が見られればそれで満足なんだよ!!』
『アデ姿(拳で語る)』
『敵の正体が分からんのは若干不安だな……普通ならな!!』
『普通じゃねぇんだよなぁ』
『Welcome to ISEKAI』
案の定、コメント欄にも違和感を感じた者達がいるようだった。だが彼らの大半はそのような瑣末事よりも、これから起きるであろう歴史的な瞬間にばかり興味がいく様子だ。実際、いくら考えた所で分かるはずもない疑問なのだ。考えても分からないことは考えない。視聴者達も、異世界方面軍の基本方針にすっかり染まりつつあった。
「まぁ、ここで考えていても仕方ありませんわ」
事前に敵の姿が見えないのであれば、乗り込む他に選択肢はない。無論、ここまで来たアーデルハイトが引き返す筈もなく、ほんの一瞬の内に高台から飛び降りる。気負いのない、まるで散歩にでも来たかのような自然体で。彼女はこちらの世界に来て以来、一貫してそうだった。多少なりとも真面目に戦ったのは、それこそ先の巨獣戦くらいのものである。
戦場へと舞い降りるアーデルハイトを視聴者達が応援のコメントと共に見送る。
とんでもないことを、ごくあっさりと。冗談のような光景を、鼻歌まじりで。彼らはいつも通りのアーデルハイトを期待していた。視聴者達はそんな彼女に魅了され、今もこうしてディスプレイにかじりついているのだから。
『団長がんばえ~』
『ゴーレムでビクビクしてた俺達はどこへ……』
『すっかり洗脳されてるんだよなぁ』
『今なら俺もゴブリンでサッカー出来るかも知れん』
『格闘技見たあとで、何故か自分が強くなったと錯覚するやつ』
『さて今回は何を見せてくれるのやら』
『簡単そうに行くなぁ……いつもこうなんか?』
『なんなら今日は、いつもよりはちゃんとしてるまである』
『木の枝片手にゴーレムと遊ぶ女やぞ』
『ローエングリーフくん初期装備やぞ』
初見のものは、そんなアーデルハイトの姿に驚きと動揺を。古参の者は、そんなアーデルハイトの姿に全幅の信頼を。
ひらりと軽やかに着地したアーデルハイトと、そんな彼女に少し遅れて到着したクリス。今回の戦いではカメラマンに徹するつもりらしく、少し離れた後方からアーデルハイトの尻へとカメラを向けている。
そんな二人が降り立ったのは、周囲を水に囲まれた小島のような場所であった。フロアの奥を見やれば、人がようやく一人通れる程度の細い道が伸びている。恐らくはあれが、次の最終階層へと続く道なのだろう。
「如何にも、といった感じのフロアですわね」
周囲を見回したアーデルハイトが、そう感想をこぼした時だった。
水面が僅かに、揺れ動き始めた。波紋はやがて小さな波となり、徐々に勢いを増してゆく。ものの数秒もしない内に水は荒れ狂い、そうして大きな地鳴りと共に、水面の一部が突如として爆ぜた。
舞い上がる大量の水の隙間から、白く輝く何かが見えた。つるりとして光沢のあるそれは、幾重にも重なって少しずつ形を作ってゆく。アーデルハイトの立つ小島を中心に、前後左右から鳴り響いてくるのは何かを引き摺るような摩擦音。その音が聞こえる度に、小島の外周が少しずつ削り取られて水面へと落ちてゆく。
「これは……蛇ですの?」
舞い上がる水飛沫の中から姿を表したのは、巨大な蛇であった。その大きさ、全長は、小島を取り囲んでもなお全容が見えないほどに長大で。二股に割れた舌を細かく左右に揺らし、その縦に鋭く割けた瞳孔で、アーデルハイトを威嚇しているようにも見える。
そのあまりの巨大さは、通常の探索者であれば戦い方すら分からないであろう程だ。視聴者達が思っていた以上に、ひどく強力そうな魔物の登場。先程まで大盛りあがりであったコメント欄も僅かに勢いを失っている。
そんな真っ白な大蛇を前に、アーデルハイトとクリスは呑気におしゃべりを始めていた。
「あちらの世界でも聞いたことのない魔物ですね……ウミヘビなのでしょうか?」
「んー……分かりませんけど、まぁ何でも構いませんわ!どうせお肉ちゃんのお腹の中に行く訳ですし!」
その言葉が聞こえていたのだろうか。クリスの背負うスポーツバッグの中からは、酷く荒い鼻息がぴすぴすと聞こえてくる。戦いの邪魔になっても困るため、肉は現在封印中なのだ。
「さて皆さん、わたくしは今回は自重無しと申し上げました。ですから、ミギーの魔法も、クリスの魔法もお見せいたしました。それなのにわたくしがいつもと同じでは、少し撮れ高的によろしくありませんわよね?」
遠巻きに威嚇を続ける大蛇を無視したまま、アーデルハイトがカメラに向かって語りかける。誰がどう見てもそんな事を言っている場合ではないのだが、やはりアーデルハイトはいつもの調子を崩さない。
「というわけでわたくしも、今回は新しいものをお見せ致しますわ」
アーデルハイトはそう言うと、おもむろに右腕を眼前へと突き出した。そうして虚空を掴むようにゆっくりと、しかし力強く右手を握り込む。
「既に何度かお見せしたローエングリーフ然り、聖剣とは通常の武具とは異なる特別な武器ですわ。故にわたくし達の元いた世界では、聖剣や魔剣と契約している者は希少な存在ですの」
アーデルハイトが握り込んだ右手が、徐々に黒く禍々しい光を放ち始める。キリキリと、まるで空間が悲鳴を上げるかのような音と共に。
「そんな希少な存在である契約者ですけれど、通常は一人一本の契約が限界と言われておりますの。そうそう、例の
アーデルハイトの手の中で、漆黒の光が徐々に形を為してゆく。
「そしてわたくしは───全部で五本の剣と契約しておりますわ」
光が弾け、激しい光を放ちながら明滅する。
眩くも昏い光が収まった時、アーデルハイトの右手には一本の長剣が握られていた。
「そしてこれが、そのうちの一本」
握った剣を軽く振り回し、その久しぶりの感覚にアーデルハイトが不敵に笑う。
「この子を握るのは、ウーヴェとの戦い以来ですわね───さぁ行きますわよ、
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