第99話 企業秘密ですわ!!

 階層主らしきウニを処理し、アーデルハイトとクリスがフロアの対岸に渡った頃。あまりの大音量にすっかりコメントを忘れていたリスナー達が、漸く我に返ったのか、皆一様に同じコメントを投稿し始める。


 すなわち、『鼓膜ないなった』である。


 配信界隈では度々見られるミームの一種ではあるが、意味合いとしては冗談交じりの『うっせぇ』程度のものが殆どだ。今回の様に、本当の意味で鼓膜にダメージを負いかねないものは稀である。

 特にダンジョン配信では戦闘音が大きくなる傾向にある為、リスナー達は基本的に音量を絞って視聴している。しかし、そんな歴戦のダンジョン配信リスナーである彼らでさえも、今回の音割れ魔法には耐えられなかった。


「ですから音量注意と申し上げましたのに」


 リスナーたちからのクレームに対して、頬を小さく膨らませながら言い訳をするアーデルハイト。確かに注意喚起はしていたが、それにしても遅すぎる。


『遅すぎィ!!』

『さすがフィジカルモンスター 無茶を仰る』

『あの一瞬で絞れるかよ!!』

『急に音量下がった感じがしたから配信元で一応絞ってくれたっぽい』

『有能』

『ミギーに鼓膜が救われた』

『次からはもっと早く言ってくれよ!』

『クリスがめっちゃかっこよかったから俺は許すよ』

『俺も許すよ 鼓膜よりクリスサンダーのほうが重要』

『俺達でも、今みたいな魔法が使えるってことですか!?』

『マジ?だとしたらめっちゃ胸熱じゃない??』


 ハプニングならばともかく、今回の件は事前に分かっていた事だ。リスナー達も当然の様に怒り狂うかと思われたが、しかし意外にも彼らは寛容であった。それだけクリスの魔法が衝撃的だったということだろう。

 みぎわの魔法に沸いていたところで、クリスによる『如何にも』な魔法の行使。多少驚いたとはいえ、彼らにとってその程度は些細なことらしい。


 彼らの興味は当然、こちらの世界の人間でも、先程のような魔法が使えるのか否かに集約される。配信序盤でアーデルハイトが語った、魔法習得の可能性。そしてこちらの世界の人間であるみぎわによる魔法行使。極めつけはクリスのデモンストレーションだ。これらを見せられた彼らは、夢と希望に胸を膨らませていた。


 だが、そんな彼らの夢と希望は瞬時に打ち砕かれることになる。


「先程私が行使した魔法ですが、皆さんが習得するのは恐らく不可能です」


 興奮しきりのリスナーたちへと、クリスは何処か気まずそうにこう言った。彼らの喜びが文面から見て取れるだけに、上げて落とすような形になったことに対して、良心の呵責に苛まれているのだろう。


『えっ』

『えっ』

『話が違うぞ団長コラァ!!』

『今なんでも出来るって言ったよね?』

『そこまでは言ってねぇよw』

『出来へんのんかーいwwww』

『そもそも魔法の習得方法は教えてもらえるんですか!?』

『だが待って欲しい。恐らくということはまだワンチャンあるのでは?』

『えっ!じゃあやっぱり使えるんですか!?』

『どうなんですか教授!!』

『ないよ』


 案の定困惑を見せるリスナー達へ、どう説明したものかとクリスは頭を悩ませる。だが、一方のアーデルハイトは既に進軍を再開していた。リスナー達の疑問は尤もではあるが、今はダンジョン攻略中である。まだこの先に15階層も残っているのだから、そうそうのんびりもしていられないのだ。


「説明は道すがらにすればよろしいですわ。ともかく、今は先に進みますわよ。時間も押していますし、何よりも、お肉ちゃんが死骸を食べ終わったみたいですし」


 見ればアーデルハイトの言葉通り、つい先程まではフロアに残ってウニを貪っていた肉が、いつの間にか二人の足元に戻ってきていた。肉は何やら満足そうな表情を浮かべながら、足元で思い切り伸びをしている。


「というわけで、進軍を再開しますわよ」


 そう言って歩を進めるアーデルハイト。

 この時点で、配信開始から三時間半が経過していた。




 * * *




 そうして進み続けること暫く。

 クリスが見せた魔法を、こちらの世界の人間が習得できないであろうその理由。その大凡の部分を、クリスが語り終えていた。


 理由と言っても、それほど難しい話ではない。

 つまりはみぎわが訓練開始当初、魔力操作に苦戦したのと同じ理由だ。そしてそれは、みぎわが終ぞ攻撃魔法を習得できなかった───彼女の場合は補助魔法を求めたからでもあるが───理由でもある。あちらの世界に於ける魔法のイメージと、こちらの世界に於ける魔法のイメージ。そのイメージの差が、習得の大きな妨げになるのだ。ましてやクリスが見せた『鳴き叫ぶ蒼空エル・フードゥル』は、所謂上級魔法に分類される魔法であり、あちらの世界でも習得難度が高い魔法なのだ。到底習得出来るとは思えなかった。


 無論それだけが理由の全てというわけではないが、最も分かりやすく、かつ最も重要な部分であることは間違いない。ともあれ、それらの理由をリスナー達にも分かりやすいよう説明するのは中々に骨が折れた。何しろ、魔法に関してはまだまだ語っていない部分が多いのだ。お陰でクリスも少し疲弊気味である。

 そんな折、一つの質問が異口同音に、コメント欄へと多数寄せられた。


『結局、魔法はどうやったら使えるようになるんですか!?』


 そう、アーデルハイト達は魔法の存在を明らかにはしたが、肝心の習得方法については一切語ってはいなかった。先程クリスが見せたような魔法が使えないのはよく理解出来た。では他の魔法はどうすれば習得できるのか。視聴者達が気になるのはその一点のみだ。


 これまでにもアーデルハイトは、『異世界式・簡単な魔物の倒し方』などと称して、それが実際に可能かどうかはともかく、様々な戦い方を紹介してきた。そんなアーデルハイトならば、頼まれなくとも勝手にレクチャーし始めそうなものなのだが───。


「それは勿論、企業秘密ですわ!!」


 視聴者達の期待を裏切り、こと魔法に関してはどうやら教えてはくれないらしい。


『そ、そんなぁ!!』

『そりゃないぜ団長!!』

『こんなに期待を煽っておいてッ!!』

『異世界サッカーの方法よりもよっぽど知りたいんですが???』

『じゃあなんで魔法の存在がどうとか言い出したんですかァ!』

『ほぅ……どうやら尻を叩かれたいらしい』

『腕がなるぜ』

『秒で腕圧し折られそうなんだわ』


 当然ながら視聴者達からはクレームの嵐が飛んでくる。ここまで見せたのだから当然、習得方法まで教えてくれるものだと、彼らは皆一様に期待していたのだ。


「当然ではありませんの?魔法はわたくし達異世界方面軍にとっての、他にはないオンリーワンの武器ですもの。配信者としての強みを、そう簡単に教えられる筈もありませんわ。魔法の存在を明らかにした理由は至って単純、わたくし達が使う際の説明と、あとは隠しておくのが面倒になってきたからですわ」


「今のところは魔法が無くとも攻略に問題はありませんが、この先や、或いは他のダンジョンではわかりませんからね」


 珍しく真っ当な理由を述べるアーデルハイトと、それを簡単に補足するクリス。魔法に関しては、それこそ二人が配信者を始めると決めた当初から、公開時期をある程度後にすると決めていたのだ。その理由は今しがたアーデルハイトが語った通りである。こうしてある程度の知名度を得た今、漸くその時が来たといったところだ。


『く、くそっ!急にまともなことを言いだしたぞ!!』

『ぐぬぬ』

『ぐうの音も出ないほどの正論』

『いつものアデ公ならポロッと言う筈なのに……』

『時期を見計らってたってことか』

『かしこい』

『まぁそりゃ手の内は簡単に明かせないよなぁ』

『俺は分かってたよ。アデ公が賢いってことはね』

『でもこれ、どのみち各方面からの問い合わせが凄いことになるじゃろ』

『協会が食いつかない訳がないよね』

『っていうかスレではもうだいぶ前から大騒ぎになっとるで』


「まぁ、ある程度は想定済みですわ。こんなこともあろうかと、SNS経由での連絡は現在全てシャットアウトしておりますので、へーきへーきですわ」


 そもそもの話、協会に登録している探索者だからといって、個人的な技術に関して報告の義務はないのだが。とはいえ話が話だけに、ダンジョンから戻れば間違いなく聞き取りが行われるだろう。故に、協会にて諮問された場合には拳をチラつかせて解決するつもりである。異世界式交渉術というわけだ。


 そんな会話をしている間にも、彼女達は歩みを止めてはいなかった。クリスが後方でリスナーたちへの対応を行い、前方ではアーデルハイトと肉が、ばったばったと魔物をなぎ倒してゆく。


 既に終盤に差し掛かっている伊豆ダンジョンは、出現する魔物の殆どがまだ知られていない未知の魔物だった。とはいえ、この程度の相手ではやはりアーデルハイト達の足止めにもならない。みぎわの復活によって進行がスムーズになり、道に迷うこともなくなった今、彼女達の進軍速度は増す一方である。


 そして一時間後、彼女達はいよいよ、40階層の直前までやってきていた。


『なんか緊張してきた』

『流石にこれだけ奥まで来るとなぁ……』

『この間の渋谷の30階層突破がもう突破されてんだわ』

『っぱアデ公よ』

『これが異世界の力ってワケ』

『また魔法見られるんですかね?』

『今回はアデ公が鎧袖一触よ』

『10層毎に訪れる強制撮れ高タイム』

『未知の領域の筈なのに安心感しかないんだわ』


「先程は見せ場をクリスに譲りましたし、今回はわたくしの番ですわ!」


 ふんす、と鼻息荒くアーデルハイトが拳を握る。一見して可愛らしさしか感じられない仕草だが、この公爵令嬢が馬鹿げた実力の持ち主であることは、既に周知の事実である。

 ここ伊豆ダンジョンでは、階層主が10階層毎に姿を見せる。つまり次の40階層は、今回のダンジョン探索に於ける山場とも言える戦いになるだろう。それを分かっているからこそアーデルハイトも、そして視聴者達も、次の階層にはこれまでで一番の期待を寄せていた。


 そんなアーデルハイトの元へと、みぎわから連絡が入る。気合に燃えるアーデルハイトとは異なり、その声色はどこか居心地の悪そうなものだった。


【あー、張り切ってるところ申し訳ないんスけど】


「あら?どうしましたのミギー?」


【次の階層、なんも無いッス】


「……なんですって?」


【いやぁ、最終階層が45階層だからッスかね?次の大きな魔物の反応は、44階層っぽいッスねぇ……】


「……チッ」


 彼女の気合は、どうやら見事空振りに終わったらしい。

 そんなみぎわからの連絡を受け、突き上げた拳をゆっくりと下ろすアーデルハイト。公爵令嬢にあるまじきことだが、つい舌打ちが出てしまうほどの肩透かしであった。


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