第98話 鳴き叫ぶ蒼空
20階層を抜け、進み続けること暫く。
これまでとは比べ物にもならないほどペースを落としながら、アーデルハイト達はいくつもの階層を進んでいた。伊豆ダンジョンに於いては、誰も足を踏み入れたことのない未知の領域である。ここより先は正しいルートも、出現する魔物も、何もかもが未知数。
それでも、アーデルハイト達が立ち止まることはなかった。そもそも、経験豊富なベテラン探索者による道案内や、チートじみた魔法によるナビゲーションなど、そんなものは無くて当たり前なのだ。それこそが本来の探索者であり、冒険者である。
あちらの世界での本職が冒険者ではなかったにしろ、その点はアーデルハイトもクリスもよく理解している。
あちらの世界には冒険者の知り合いも居たし、騎士団という職業柄、彼らと関わることも多かった。何しろ、彼らはしょっちゅう揉め事を起こしてくれるのだ。その上、腕っぷしは一般人のそれを遥かに凌駕している故に、治安維持の為に騎士団が出張る羽目になるのだ。
そういった理由から冒険者についての知識はしっかりと頭に入っているし、そもそもアーデルハイト自身もダンジョンを制覇したことがある。故になんの戸惑いもなく、二人───と一匹───は先へ先へと進んでゆけるのだ。如何に未知の領域とはいえ、あちらの世界の基準で言えばまだまだ低階層に過ぎないのだ。
だが、迷いなく進んでゆけるからといって、正しい道を進んでいるのかといえばそれはまた別の話だ。時に魔物を蹴散らしながら、時に雑談を交えながら。そうして時間を潰しながら、彼女達は進んでゆく。
「というわけで、今回はおじ様と
『そういうことね』
『他の知り合いっつーと
『いやまさかおっちゃんと
『まさかこんな重要人物とは思わなかった』
『ここで初めて見たときはマジでそこらのオッサンだったしな』
『あんま似てないし母親似なんかね』
『いやおっちゃんも普通にシブくてカッコいいけど』
『探索者の世界は狭いわね』
『もうカグーも半分異世界方面軍だろw』
『オッサンも準レギュラーよ』
地上で
【うーす!!】
ここまで雑なナビをしてくれていた
「あら、その声はみぎ───ミギーですわね?初めての魔力枯渇はどうかしら?最低でしょう?」
【マジで最悪ッス。死ぬほど酒飲んだ翌朝、みたいな感じッス。今はもう不思議なくらい大丈夫なんスけど】
「アルコールが体内に残っている状態、つまりは二日酔いとは違いますもの。症状は似ていますけれど、魔力枯渇は読んで字の如く魔力が欠乏している状態ですわ。ですから魔力さえ戻ればあっさり治りますの。常に予備の魔石を携帯しておくとよいですわ。あとは調子に乗らないことですわね」
【面目ないッス!】
形の上では一応説教をしてみせたものの、アーデルハイトには
こればかりは魔法の才能云々とは全く別の問題であり、誰にでも起こりうる症状だ。アーデルハイトであろうと、クリスであろうと、あの『聖炎』シーリアであろうとも。才能があろうと、技量があろうと、保有魔力を大量に消費した時点で例外なく陥ってしまう。ましてや、
ちなみにシーリアの二つ名である『聖炎』は、ローエングリーフの能力であるそれとは全くの無関係である。彼女は炎魔法が得意であるが故に、六聖になぞらえてそう呼ばれているだけだ。アーデルハイトと同じように『聖炎』を操れるというわけではない。アーデルハイトとシーリアの両名を知っているものからすれば、非常に紛らわしい話である。閑話休題。
とにかく、これで役者は揃ったわけだ。
ここまでの遅れを取り戻すべく、アーデルハイトは気合を入れ直す。無論、
「次は階層主ですけど、それ以降はまたよろしくお願いしますわよ?今度は調子に乗らないように、ね」
【任せるッス!!】
『どうやら俺達のミギーが復活したようだな!』
『ここからペースアップですわ!!』
『ジャーン!ジャーン!』
『げぇ、ミギー!!』
『
『進軍再開ですわー!!』
『まぁその前に階層主なんですけどね』
『むしろ一番の見せ場なんだよなぁ』
『今回は情報量が多くて最高だぜ!!』
『毎回多いけどなぁ!』
「それでは、さくさく進みますわよ!!」
そんなノリのいい視聴者達を引き連れて、アーデルハイトとクリスが30階層へと足を踏み入れる。まだ誰も見たことがない階層主の待つ、大きな節目の階層へと。
最初にアーデルハイトとクリスの目に飛び込んできたものは、浸水した遺跡の深部とでも言うべき景色であった。崩落しかかった柱や、苔生したアーチ状の建造物など、どうみても人工的な物体がそこかしこに散乱している。広場の地面をすっかり飲み込んでいる水は、足首程までの深さであったこれまでと比べて、膝ほどの高さまで水位が上がっている様に見える。沈んだ建築物の一部は水面から顔を出しており、それらを足場にすればどうにか向こう岸までは渡れそうではある。水自体は澄んだ無色で、見様によっては幻想的な光景ともいえるだろう。
だが渡河中の軍隊が脆弱であるように、膝まで水に浸かった状態での戦闘など論外だ。無論アーデルハイトほどの実力があれば、膝まで水に浸かっていようとも戦えないことはない。しかし面倒なものは面倒なのだ。
そんな広場を前にして、アーデルハイトは胡乱げな目を向けていた。正確には広場の最奥に見える、水深が一際深くなっている場所だ。そこには建造物の破片等とはまるで異なる、別の何かが水面から顔を出していた。
「あれは……」
「……
「……あれはもしかして、お尻に入れたら痛いものランキングで常に上位の魔物ではありませんの!?」
「団内で一時期流行ってましたよねぇ、それ」
などと呑気な会話をしているアーデルハイトとクリスが見つめる先にあったもの。それは紛れもなく、例の魔物の先端であった。
『例のヤツww』
『どうみてもクソデカいウニなんだよなぁ』
『いつぞや言ってたやつやんけ!!』
『こんなもん入るわけないだろ!!』
『ていうかこの魔物の名前はなんなのw』
『ウニだろ』
『ウニですね』
『ウニだよなぁ』
「そういえばあの魔物、結局名前は何ですの?」
「さぁ……? それほどメジャーな魔物ではありませんからね。冒険者達の間では呼び名の一つもありそうですけど」
以前にアーデルハイトが雑談で口にしていた、騎士団内で流行っていた怪しげなランキング。その上位ランカーの実物が現れたとあってか、視聴者達も大喜びだ。だが、肝心の名称はアーデルハイト達も知らない様子であった。なにはともあれ、どうやらアレが階層主で間違いなさそうである。
『動かないし、ただのサンドバッグじゃないのん?』
ふとアーデルハイトがコメント欄へ目をやれば、誰もが考えるであろう疑問が投げかけられていた。遠目で見ている限りでは動く気配もなく、ただただ巨大なだけのウニにしか見えないのだから、視聴者達のそんな疑問は尤もなものだろう。肉の目から見てもただのウニのようにしか見えないようで、先程からアーデルハイトの腕の中で鼻息を荒くしている。
「存外面倒な相手ですわよ? わたくしの記憶では、確かかなりの速度で転がってくる筈ですわ。大きさも相まって、なかなかの破壊力だと聞いたことがありましてよ」
「特になんの捻りもない、有りがちな攻撃ですけどねぇ」
通常のウニであれば、
「というわけでクリス、ここは貴女にお任せ致しますわ」
「水に入るのが面倒なだけでしょうに……魔法でも構いませんか?」
「勿論ですわ。遠距離からの狙撃では味気がないかもしれませんけれど、リスナーの方々も、見たいという方は多いのではなくって?」
そうカメラに向かって問いかけてみれば、すぐに『見たい』という旨のコメントが大量に飛び交った。おまけとばかりにスパチャとサブスクも。
実際のところ、彼らは気になっていたのだ。唐突に提示された魔法習得の可能性。それと同時に見せつけられた、
だがその一方で、『思っていたのと違う』という気持ちも心の何処かにはやはりあったのだ。魔法と言えばファンタジーの花形だ。火魔法による巨大な炎で敵を焼き尽くしたり、あるいは土魔法で地形を操作してみたり。そういった派手な効果は、魔法の大きな魅力の一つだろう。そんな如何にもを期待していた彼らからすれば、
配信開始当初はがむしゃらに暴れ回っていたアーデルハイトだが、撮れ高に取り憑かれている彼女は、徐々にリスナー達の需要を理解し始めている。そんな彼らの期待に応える為にも、ここでクリスの魔法を見せることに決めたのだ。断じて、自分が相手をするのが面倒だからなどという理由ではない。
「では、暫しのお時間を」
一言そう言うと、クリスは瞳を閉じて集中を始める。すると徐々に、鮮やかな蒼色の光に身体が包まれてゆく。まだまだ荒削りの
次いでクリスの周囲から、何かが連続して弾けるような音が聞こえてくる。ぱちり、という小さな音が、クリスを覆う光と共に少しずつ大きくなってゆく。それと比例して、まるでカメラのフラッシュを連続して炊いたかのような一瞬の煌めきが、彼女の周りで発生し始める。瞳を閉じたままのクリスの髪は少し逆立ち、ほっそりとした綺麗な
そんなクリスの傍らで、肉を小脇に抱えたアーデルハイトが、今から使用される魔法の解説を始める。なお、現場にいる彼女達は知る由もないことではあるが、地上では
「クリスが行使しようとしているのは雷の上級魔法ですわね。水棲系の魔物には雷系統の魔法が定石ですわよね。雷系統は見た目が派手ですもの。おそらくは皆さんのご期待に添えるのではないかと思いますわ」
『オイオイ……オイオイオイオイ』
『アッ!!きれい!!』
『ほう……うなじですか。これは中々……』
『俺は分かってたよ。クリスが使うのは雷系だってね』
『この歳でオーラを雷に……?』
『日常がゴリラだった筈……』
『それちげーからw』
『遠距離から水の中に雷系魔法は鬼畜すぎん???』
『勝てばよかろうなのだァー!!』
『ミギーのも明らかにチートだけど、こっちもやっぱワクワクするなぁ』
『詠唱は!?詠唱は無いんですか!?』
地下に存在するダンジョンには、当然ながら雲など存在しない。伊豆Dの低階層にはどういうわけか、まるで大空のような光景が広がってはいるが、それも実際の空ではないのだ。天候も変わりはしないし、雷などあるはずもない。
だが今、ここには確かに雷が生まれていた。
クリスがそっと瞳を開き、つい、と右手を上げる。そのまま突き出した右手を、件の尻の中に入れると痛い魔物へと差し向ける。その表情は冷たく、瞳はうっすらと蒼く輝いていた。
「あ、そうそう。音量注意ですわよ」
思い出したかのようにアーデルハイトがそう告げると同時、クリスの唇が僅かに動いた。
「"
その名前が告げられた瞬間、轟音と共に無数の輝条がフロア内を迸る。それはもはや雷鳴ではなく、殆ど爆発と言っても差し支えのない衝撃だった。フロア内の空気を震わせた轟音は当然の様に音割れし、視聴者達の鼓膜へと襲いかかる。間近で落雷があったとしても、これよりは多少マシだろう。もしも直前に
一方で、光量自体はそれほどでもなかった。少なくとも視聴者達の目にダメージを与えるような、そんな激しい光ではなかった。その光と音量のバランスの悪さが、自然発生した雷ではないことを表しているような。クリスが放ったのは、そんな魔法だった。
そうして数秒後。
カメラが映し出していたのは、まるで帯電でもしているかのように輝き、今なお小さく光が弾け続けている水面。そしてただの一度も行動することなく、恐らくは何が起こったのかすらも理解らぬうちに、一瞬で焼ウニへと姿を変えられてしまった魔物の姿だった。ぷすぷすと煙を上げている巨大ウニを見た視聴者達は、いつぞや無惨に散っていった『聖女ちゃん』を思い出していた。
======あとがき=======
我復活!!
察しの良い読者の方々はお気づきだったかもしれませんが、睡眠不足からくるあれこれでダウンしておりました。
いやぁ、面目ない。とはいえ一週間ほど更新をお休みさせて頂いたおかげで、現在はすっかり復調しております。楽勝だぜ!!
はい。申し訳ございませんでした。
同じ轍を踏まないよう、これからは無理のないペースで更新したいと思いますぅ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます