第107話 はい!もう駄目ー!
透き通るように白く、そしてすらりと伸びる脚。
しかし程よく肉付きの良い、女性らしい柔らかな脚。アーデルハイトが脚を組み替える度に、太腿がむっちりと形を変える。見様によっては扇情的だが、やはりその仕草にはどこか気品が感じられる。テーブル上のカップへとゆっくり手を伸ばすその姿は、いっそ優雅ですらある。
そんな、落ち着いた様子でコーヒーを口に含むアーデルハイトの眼前では、何やらとてもやかましい生き物が、奇声を上げながら床をゴロゴロと転がっていた。
「わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
探索者協会伊豆支部長の国広
「……クリス、魔物が現れましたわよ?」
「はて。小柄ですし、ゴブリンの変種でしょうか?」
「二人とも言い過ぎッス。ゴブリンにしては大き過ぎるッス」
応接室の大きなソファに腰掛けながら、異世界方面軍の三人は思い思いのコメントを口にする。
「誰がクソ雑魚無能メスゴブリンですかッ!!!」
流石にゴブリン扱いは心外だったのか、
「そこまでは言ってねぇだろ……コイツはこれでも伊豆支部で一番偉いんだぜ。俺も今まで、何度も世話になってるんだ。嬢ちゃん達も、あんまり虐めてやらんでくれ」
「こうしてみると、支部長もいろいろな方がいらっしゃるんですねぇ……渋谷の花ヶ崎さんとはまた違うタイプというか……情緒が凄いですね」
異世界方面軍のメンバーではないものの、今回サポートメンバーとして参加した東海林と
そもそも、基本的な窓口業務は一般職員の仕事である。いち探索者が支部長クラスと直接話をする機会など、そうそう訪れるものではない。
「どうせ私は、クールな先輩と違ってちんちくりんですよッ!!」
花ヶ崎に対してコンプレックスでもあるのだろうか。
「結局のところ、彼女はどうして暴れていますの?」
アーデルハイトの疑問も尤だ。
「皆さんが悪い訳ではありませんので、どうかお気になさらず。一種の発作のようなものです。しばらくしたら治まりますので」
「そ、そうですの……」
饗がそう言ってからおよそ五分後、
「世界初のダンジョン制覇、おめでとうごじゃます!」
「噛みましたわね」
「噛みましたね」
「噛んだッスね」
「皆さん、これは大変な名誉ですよ!何しろ世界初ですからね!」
いつの間に用意したのだろうか。
「有難う存じますわ。わたくし達にかかれば、この程度は容易くってよ!!」
「わ、すっごいドヤ顔だ……」
「それで、用件はこれで終わりですの?」
「わ、これもう帰りたがってるヤツだ……」
アーデルハイトの言葉、その言外の含みを読み取った
とはいえ世界初のダンジョン攻略パーティー、そのメンバーの機嫌を損ねることはしなくない。直接的ではないにしろ『早く帰らせろ』と言われているのだから、可能な限りそうするべきだ。詳しい話は後日、機会があれば尋ねればいい。そう、国広
「じゃあ仕方ない。今日すぐに決めておかなきゃいけないことだけやっちゃうよ。あ、詳しい聴取はまた後日やりたいから、出来れば来て欲しいなぁ、なんて思ったりしてます」
「んー……」
あからさまに面倒そうな顔をするアーデルハイト。彼女は話をするのが嫌というよりも、それによって芋づる式にやってきそうな、後の面倒事を嫌っているのだ。だがそこに、隣で話を聞いていた東海林からの口添えが入った。
「俺からも頼む。さっきも言ったが、ここの支部には世話になってるんでな。出来れば聞いてやってくれ。なに、嬢ちゃん達にとっても悪いようにはならねぇハズだ。そうだろ?」
「も、もちろんですよ!!その、なんとか……も、諸々、こっちで、処理、しますぅ……うぐぅっ!!」
本部への報告や、その逆、本部からの追及などといった、容易に想像が出来てしまう面倒事の数々。待ち受けるであろう残業の山を想像し、
「では、ひとつめ。今回の取得物についてです」
そうして漸く、
だが渋谷の時もそうであったように、今回もまた彼女達は激レアアイテムと呼んで差し支えないものをいくつも持ち戻っている。そこらの探索者が持ち戻る雑多な物とは異なり、その一つ一つがかなりの価値を持つであろう品々だ。コレを協会で買い取れるかどうかによって、
「一部を除いて、協会に売却致しますわ」
この件に関しては、クリスや
「本当ですか!?やったー!!はい!もう駄目ー!キャンセル不可ですぅー!!では値段はそちらの四条と、後日相談ということで!はいっ、じゃあ次行きまーす!」
アーデルハイトからの言質をとった途端、
あちらの世界の冒険者ギルドでは、この程度のやりとりはごく普通に行われていたからだ。というよりも、アーデルハイトは前々から、こちらの世界の探索者協会は形式張っていてやりづらい、と思っていた。何をするにも書類がどうだのと、面倒この上ない。無論、領地の運営などに関わる重要な契約であれば話は別だが、この程度の売買など雑にやればよいのだ、と。
アーデルハイトの感覚で言えば、今回取得した素材などまるで大したものではない。彼女にとっては『ちょっとだけ強めの魔物の素材』程度の認識である。高値が付けば良し、つかなくともそれはそれで別に構わない。その程度のものだ。
こちらの世界に於いて、それが珍しいものであることは理解しているが、だからといって何が何でも高値で売りたい程のものではない。総じて、わざわざ契約書を作るほどの価値を感じない、といったところか。
「では、二つ目。そちらの……ぶ、毒島さん?についてです」
話題を変えた
「えー……まぁ、うん。ぶっちゃけ私じゃよく分からないので、お肉ちゃんのときと同じ感じでお願いします!!私から先輩に頼んでおくんで、多分大丈夫です!知らんけど!!」
しかし、
肉を連れ出した際は、花ヶ崎が持てる全てのコネを動員してどうにか処理した。だが
「ざ、雑ッスね……」
「こんなもん、いち支部長の権限では決められんだろうぜ。渋谷の支部長が例外なんだよ」
「大丈夫なんでしょうか?あとで引き渡せなんて言ったら、師匠にグーパンされますよ?」
そんな
「つ、次で最後です!!えー、その、私もみなさんの配信を見ていたんですけども……」
「あら、有難う存じますわ」
「そのー……最後の部屋で、石板?みたいなの拾ってたじゃないですかぁ?」
「あぁ……面倒なので置いてきた、例のアレですわね」
「ですです。それで、そのー……アレ、やっぱり回収してきてもらえませんかねぇ……なーんて……えへへ?」
あちらの世界に於いて、ダンジョンとは未だ謎の多い存在である。誰が造ったのか、何故作られたのか、そういったことは一切解明されていない。故にあちらの世界では、神が造ったなどと言われているのだ。
そしてそれは、地球でも同様である。むしろ程度で言えば、あちらの世界よりもよほど謎だらけだ。あちらの世界では常識とされていることも、地球では認識自体されていない、といったこともしばしば見られる。
ダンジョン内の死体が魔力となって吸い上げられる、という現象はその最たる例だろう。
そんな謎の存在であるダンジョンの、その最深部で発見された意味ありげな石板。アーデルハイト達はそれがなんであるかを知っているが、世界中のダンジョン研究者からすれば未知の塊である。そんな歴史的な発見を、ダンジョンの最下層へと置いてきてしまったのだ。当然ながら、協会本部からは報告を求められるだろう。非常に面倒な話である。まさしくそれを避けるためにアーデルハイト達は置いてきたのだが、しかし
だが在処はダンジョンの最下層だ。今までの最高到達記録が20階層だったダンジョンの、である。言わずもがな、誰も辿り着くことが出来ない未知のエリアだ。異世界方面軍以外の者にとっては、だが。
故に、ひどく面倒な事を言っていると自覚しつつも、
「────お断りしますわ!!」
そしてそれを受けたアーデルハイトの答えは、もはやお馴染みのセリフであった。
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