第167話 家に帰るまでが遠征
「……こんなの、絶対に出来ないと思う」
物言わぬ骸と化した漆黒の
彼女達が目にしたもの。それは、微かな残像を視認するのが精一杯といった速度の
最後の一撃は言わずもがなだ。
自分達のみならず、誰にだって真似出来ないだろう。超高速で上空から迫る
敵の致命的な攻撃を前にして、一歩も退かぬ度胸。コンマ何秒も無いであろう刹那の瞬間に、僅かな狂いもなく剣を振り下ろす技術と才能。弛まぬ鍛錬の果てに辿り着いたのであろう、揺るがぬ自信。基礎能力、経験、装備、そのどれもが、自分達とは比べ物にならない。実力が離れ過ぎていると参考にならないと言うが、今のツバメ達がまさにそうだった。
「あら、そうとは限りませんわよ?女は度胸、何でも試してみるものですわ」
「いやぁ、そのお試し一回で間違いなくあの世行きですね」
「……ベッキーや
「実は今名前が挙がった人達、全員が世界トップクラスの実力者なんですよねー」
アーデルハイトに言わせれば、ただ身近にいる比較的強い者の名前を挙げただけである。彼ら彼女らであれば、あちらの世界で冒険者になってもそれなりに活躍出来るだろう。具体的に言えば、恐らくはA級冒険者程度の実力はあるようにアーデルハイトは感じていた。
A級冒険者といえば、それほど多くはないが全く居ないと言うほどでもない。例えばエスターライヒ家の騎士団員達は、概ねB級からA級程度の実力を持っていた。そのことを考えれば、それほど無茶な事は言っていないだろう、と。
なお副団長に至っては、あちらの世界にも十数人しか居ないとされるS級冒険者並の実力───余談だが、クリスの実力も概ねこのあたりである───を持っていた。そこまでを要求しているわけではないのだから、むしろ良心的な程だとすら考えていた。
だがそれはあくまでもアーデルハイトの感覚、あちらの世界基準での話だ。
レベッカを始めとする『
そんなツバメの言葉を受け、アーデルハイトは助け舟を求めるようにコメント欄へ視線を向ける。だがそこには『出来るわけないだろ、いい加減にしろ』の一文が、まるで滝のように激しく流れているだけであった。
「……さて、それでは
誰でも簡単に、などと言った手前、少々気恥ずかしさを覚えたアーデルハイト。彼女は強引に話題を切り替え、颯爽と
* * *
『
「一体しか倒していない割には、今回も中々に大量ですわね!」
「殆ど手当たり次第ですけどね……正直、どの部位が売れるのか分かりませんので」
あちらの世界に於いても、
次いで価値が高いのは爪だ。
鋭く尖った爪は、大きい物で人間の手のひら程にもなる。強度も申し分なく、投擲用の小型武器や装飾などに使用される場合が多い。他にも嘴や尾羽等、竜種程ではないが殆どの部位に利用価値がある。だがそれはやはりあちらの世界での話であり、こちらの世界での価値はまた違ったものになってくるだろう。研究目的であったり、或いは加工技術の問題もある。
「そこと、あとそれも。売らずに持ち帰るべし」
とはいえ、だ。
オルガンを擁する異世界方面軍にとって、そんな素材の買取事情は問題にはならない。売れようと売れまいと、得た素材は彼女が余すことなく使ってくれるからだ。その結果何が生まれるのかは彼女にしか分からないことだが、少なくとも捨てるよりは余程マシというものだろう。キビキビと指示を出す彼女のそんな姿は、普段見せている無味乾燥な表情からは想像できないものだった。半ば手当たり次第となっていた解体作業が一応の纏まりを見せたのは、偏に彼女の知識のおかげといえるだろう。
そうして『
「それでは、そろそろ帰りますわよ!家に帰るまでが遠征ですわ!」
「おー」
元気よくそう宣言したアーデルハイトに、何の荷物も持っていないオルガンが気の抜けるような声で続く。どうやら運搬を手伝うつもりは微塵もないらしい。尤も、このもやしエルフに手伝わせたところで、雀の涙程の荷物しか持てないのだが。むしろ移動が遅くなって邪魔になるまである。彼女が運搬を免除されたのには、そういった事情もあったのかもしれない。
変異種の遭遇という一種のアクシデント。そんな出来事などまるでなかったかのように帰還は順調に進む。アーデルハイトの傍にいるだけで安心感を覚えているのか、ツバメたち三人でさえも雑談に興じる余裕があるほどだった。
帰路で魔物に遭遇したのはほんの数度、それも鉄鼠やゴブリン等といった比較的弱い魔物ばかり。おまけにツバメ達が張り切ったおかげで、アーデルハイト達の出番はただの一度たりともなかった。グラスウルフに囲まれ窮地に陥っていた彼女達ではあったが、どうやら適切な数の魔物を処理する分には十分な実力があるらしい。
そうして一行が『例の穴』に近づいた時のことだった。
「ここがかの有名な『エルフの穴』ですわ。間抜けなエルフがハマって抜けなくなるという伝説がありますの」
「え、エルフの穴……?」
「ここって確かあれだよな。怪しい穴だったから俺等が調べなかったトコ」
「ああ。もし鉄鼠でも潜んでいれば、思わぬ怪我をするかもしれんからな」
アーデルハイトがひどく適当な話を作り、ツバメ達に聞かせていたその途中。アーデルハイトの耳元に、
【お嬢、クソ適当な話をしてるところで申し訳無いんスけど……】
「あらミギー。どうしましたの?」
【ちょっとマズいことになったッス。急いで戻ってきてもらっていいッスか】
耳元のイヤホンから聞こえてくるのは、どこか真剣味を帯びた、いつもとは違った声色の
「それは構いませんけれど……一体どうしましたの?」
【実は今日、長野にあるダンジョンで、複数パーティによるダンジョン攻略が行われていたらしいんスけど……どうやら失敗して、壊滅したそうッス。それで、殆どのパーティがまだダンジョン内に取り残されているらしいんスよ】
「んぅ……?話が見えませんわね。それがわたくし達に何の関係がありまして?」
【パーティによっては結構な階層まで進んでるみたいなんスよ。それで救助隊を募っているらしく、協会から直々に、ウチらにご指名が来てるんスけど……】
動けなくなった探索者パーティを救う為に、協会が臨時でパーティを募集することはしばしばある事だ。
また、協会からの評価が高いパーティであれば、名指しで協力を求められることもままあることだ。『勇仲』などは頻繁に招集されていたりするし、近畿圏内であれば
故にアーデルハイトも、そしてクリスも、今回は断っても良いのではないかと考えていた。近場であれば協力するのも吝かではないが、如何せん今回は現場まで距離がある。わざわざ自分達が馳せ参じずとも、放っておけばそのうち解決するように思えたからだ。だが続く
【その合同攻略パーティの中に、『†漆黒†』が含まれているみたいで】
それを聞いたアーデルハイトとクリスの瞳は───彼女達にしては珍しい事だが───すぅと細められていた。
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