第166話 と、まぁこんな感じですわね
アーデルハイトの挑発を受け、
鳥類の中で最速と言われているものは、地球上に2種類存在する。水平飛行時と降下時の速度による違いだが、今回の場合は比較対象として後者が適切だろう。そして急降下時に最速と言われているのが、かの有名な隼である。その最高速度は時速390kmにも達し、まさに『目にも止まらぬ速さ』といった表現が相応しい。
通常の動物である隼ですら、急降下時にはそれほどの速度が出るのだ。空の王とも呼ばれる
殆ど真下に向かって、
だが───。
「ん……遅いですわ」
身体をほんの僅かにだけズラし、最小限の動きで攻撃を躱すアーデルハイト。この程度では、剣聖たる彼女の眼からは逃れられない。当然だ。自身の剣閃も、拳聖の拳も、これとは比較にならない程速い。近接戦闘は『眼』が命なのだ。この程度が避けられなくて、一体どうして剣聖を名乗れるだろうか。
至近を通り過ぎてゆく暴風に黄金の髪を靡かせながら、再度上空へと翔け上がってゆく
上空を旋回し、再度攻撃の機を伺う
「
アーデルハイトは
故に、アーデルハイトは
『速過ぎィ!!』
『こっわ……』
『遅かったかぁ……遅かったかぁ?』
『なんで事も無げに避けられるんですかねぇ……』
『あのデカさでほとんど見えなかったんですが』
『俺だったら今ので死んでる』
『実物初めてみたけど
『自由に飛べるとこんな事してくるんですか……?』
『閉所以外での討伐報告が無いわけだわ』
『うぉぉぉ団長最強!』
『さすアデ!』
カメラ越しでも伝わる速さの暴威に、然しもの視聴者達も俄に恐怖を覚える程だった。だが今アーデルハイトが戦っているのは変異種であり、通常種の
「空を飛ばれるということは、わたくしたち人間にとって頭を抑えられる事と同義ですわ。飛ばれた時点で不利。その認識は間違ってはおりませんわ。銃……でしたっけ?アレが効果的でない以上、魔法の無いこちらの世界の人間では対処が難しいかもしれませんわね」
魔法があれば、
「ですがご安心くださいまし。わたくしがこれから見せる方法は、魔法や銃といった遠距離攻撃に頼る必要がありませんわ。誰にでも可能な、ごく単純な方法で討伐してご覧にいれましょう。コレを見ている皆さんも、きっと目から……ウホホ?ですわ」
『草』
『無理してこっちの
『くそwいい加減にしろ!!』
『この状況で笑わせんな』
『エテ公』
『エテ公かわヨ』
『目からウホホは流石に草』
『真面目な顔して解説してるかと思ったらすぐコレ』
『もう台無しです……』
『あと団長が簡単って言った時、ほんとに簡単だった試しないから!!』
『目から鱗が落ちる、な?』
そんな馬鹿げたやり取りも、異世界方面軍にとってはいつものことだ。拾った木の棒でゴーレムを両断してみせたあの時から、アーデルハイトの言葉はとうに信用を失っている。
「そ、そうとも言いますわね。えぇ、勿論知っておりましたわよ。わざとですわ……っと、次の攻撃が来ますわよ!!」
少々強引な誤魔化しではあったが、
そうして行われた二度目の急降下は、先のものよりも速度が数段上昇していた。あまりの速さ故か、耳障りな風切り音はすっかり置き去りになっている。視聴者のコメントなど追いつく筈もない。ほんの数瞬の間には、アーデルハイトの目と鼻の先にまで鋭い嘴が迫っていた。
「お別れでしてよー!!」
しかし標的となったアーデルハイトはといえば、いつもと変わらぬ表情でローエングリーフを振るっていた。驚きなどあるはずもない。降下速度が上がっているからといって、彼女の眼から逃れられた訳ではないのだ。そうして上段から振り下ろされた聖剣による一撃は、まるで吸い込まれるように、殆ど残像と化した
嘴と聖剣が交差したその刹那、周囲には凡そ剣撃によるものとは思えないような爆音が鳴り響いていた。その様子は、もはや大型トラック同士による交通事故以上である。爆心地に居たアーデルハイトと
草原に吹く風によって砂煙が長い尾を引き、ゆっくりと晴れてゆく。
そこには剣を振り下ろした姿のままで静止しているアーデルハイトの姿と、地面に叩きつけられ、そのまま引きずられて倒れ伏す
ゆっくりとローエングリーフを持ち上げ、流れるような優美な所作で鞘に収めるアーデルハイト。その身には傷の一つもない。ただ巻き上げられた砂埃によって、ジャージが少々汚れてしまっただけであった。
「……と、まぁこんな感じですわね。簡単でしょう?」
そう言ってカメラに微笑むアーデルハイト。誰もが目を奪われるような美しい笑顔であったが、しかし見ている側からすればそれどころではなかった。アーデルハイトの言う『簡単な方法』とはつまり、『上空に居て攻撃が届かないのなら、下りてきた時にぶちのめせ』というものであった。確かに彼女の言葉通り、『簡単』で『単純』な方法と言えるだろう。一つ問題があるとすれば、『誰にでも可能』という部分が大嘘であったことくらいだろうか。そんなアーデルハイトの一言を受け、次いでコメント欄に投稿された視聴者達の反応は、当然ながら全て同じ内容であった。
つまりは───。
『出来るわけないだろ!!いい加減にしろ!!』
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