第139話 よきにはからえ

 月姫かぐや、レベッカと別れたその日の夜。

 異世界方面軍の三人はオルガンを連れて帰るなり、早速とばかりに彼女を取り囲んでいた。移動中の彼女は『あれはなんだ』『これはなんだ』と事あるごとにはしゃいでいたが、今となってはすっかり落ち着きを見せている。


「というわけで、洗いざらい吐いてもらいますわよ!」


「それよりお腹が減った。わたしは食料を所望する」


 アーデルハイトの追求にもまるで怯まないあたりは流石『六聖』といったところだろうか。もとよりオルガンは自分の研究にしか殆ど興味を示さない、謂わばマイペースエルフだ。ふんぞり返ったアーデルハイトに凄まれたところで、別段何も感じていない様子である。そんなオルガンの様子にアーデルハイトがぷぅと頬を膨らませるが、柳に風、暖簾に腕押し状態だ。


 座布団の上にちょこんと座り込むオルガンは、どこか小動物的なところがある。だからというわけではないが、クリスは別角度からの責めを用意していた。


「ここに焼きたてのウィンナーがあります」


「……よい匂いがする」


 ふすふすと小さく鼻を鳴らすオルガン。彼女にとっては見たことがない食べ物の筈だが、しかしその匂いだけですっかり気が緩んでいる。アーデルハイトが初めてウィンナーを食した時もそうであったが、どうやらウィンナーには異世界人を惑わせる効果があるらしい。


「ちょっと!それはわたくしの備蓄ではありませんの!?」


「心配しなくてもまだ冷蔵庫の中に大量にあるッスよ!!マジでアホみたいな量が!!」


 みぎわの言葉は殆どクレームに近かった。それもそのはず、異世界方面軍の住居には大型の冷蔵庫が設置されているが、そのうちの一段をアーデルハイトのウィンナーが占領しているのだ。お歳暮やお中元などで送られるようなお高いものではなく、そこらのスーパーで2パック300円ほどで売られている『暴薫ぼうくん』という商品だ。噛むと口いっぱいに暴力的なまでの薫製の香りが広がる、アーデルハイトのお気に入りである。


 確かにみぎわもウィンナーは好きだが、いくら何でも買い溜めし過ぎである。ともすれば、消費がしっかりと追いついているのが不思議なくらいであった。それだけ貪っていながらもまるで太る気配のないアーデルハイトが、みぎわからすれば酷く羨ましい。実際にはアーデルハイトのみならず、肉と毒島さんも夜中にこっそりと貪っていたりする。閑話休題。


「働かざる者食うべからず。コレを食べたければ……聡明なオルガン様なら、理解りますよね?」


「話してもよい」


「チョロ過ぎて草ッス」


 クリスの見事な策略によって、オルガンは秒で陥落した。

 そもそもオルガンは情報を秘匿していたわけではなく、言葉通りにお腹が空いていただけなのだ。マイペースかつ表情の変化に乏しい為分かりづらいが、彼女は少なくとも悪人ではない。


 そうして無事に獲得したウィンナーを頬張りながら、オルガンが語り始める。彼女がここに来た経緯と、その目的、そして先の『予想通り』という言葉の真意を。


「アーデの消息が途絶えたあの日から、わたしたちは既に聖女を怪しんでいた。偉い」


「わたしたち、というのは……シーリアですわね?」


「それとアスタも。むしろ最初に聖女を疑ったのは彼」


 オルガン曰く、『六聖』のうちシーリアとアスタリエルは、そもそも聖女の事を疑っていたらしい。『聖炎』シーリアと『聖王』アスタリエルは、聖女の裏側の性格に薄々気がついていた。

 表向きの姿だけを見れば、民から慕われている立派な聖女。だがその裏側にどす黒い感情が渦巻いていることが、比較的聖女と接する機会の多い二人には分かっていた。確たる証拠はないが、『アレ』はきっと碌でもないモノだ、と。故にアーデルハイトが勇者に同行すると聞いた際、二人には嫌な予感があったそうだ。


 アーデルハイトが消息を絶ったと聞いた時、アーデルハイトの事をよく知る二人は、彼女が魔物や魔族如きに遅れを取ったとはどうしても思えなかった。故にシーリアとアスタリエルの二人はすぐに気づいた。これは聖女の仕業である、と。


 そんな聖女を警戒していた二人が、何の対策もしていない筈がなかった。警戒していたが故に、あるものを前もって用意していたのだ。


「アーデ。貴女が遠征の時に付けていた手袋はどうなった?」


「え?あぁ、シーリアから頂いた手袋ですわね?」


 そう言って自室へと向かい、すぐに戻って来るアーデルハイト。その手には純白の手袋が握られていた。甲の部分に小さな青い宝石が取り付けられており、薄ぼんやりと光を放っている。


「そう、その装飾。それはわたしが作った魔導具。装着した者の状態と場所を遠隔で把握出来る優れもの。凄い」


「クリス……わたくし、知らない間に監視されていましたわ!!」


 知らぬ間にストーキングされていたという事実を知らされ、ぶぅぶぅと頬を膨らませるアーデルハイト。こっそりと監視されていたこともそうだが、アーデルハイトにとってはそれに気づかなかったことが何よりも腹立たしかった。


「アーデが消えた後、二人がわたしのところにやって来た。それで反応を確認してみたら、アーデの生命反応は正常だった。まぁ一瞬危なかったけど」


「あぁ、崖から落ちた時ですわね……」


「ださ」


「は?運動音痴エルフの分際で、ぶん殴りますわよ?」


 そう言ってオルガンを睨みつけるアーデルハイト。しかしオルガンはやはり気にした様子もなく、ただ淡々と話を続けた。どうやらその仕込みのおかげで、少なくともシーリアとアスタリエル、そしてオルガンの三人はアーデルハイトが生きていると知ることが出来たらしい。


「生命に異常がないのに、位置情報が全く届かなくなった。シーリアはわたしの魔導具が故障したなんて言ってたけど───舐めるな、という気持ちで胸がいっぱい」


「まぁ、貴女は胸ありませんけれど」


「うるさい」


 背後からもうひとりのナイチチが放つ怒りが感じられたが、アーデルハイトがそれに気付くことはなかった。


「生きているのに、居場所が分からない。けどわたしの魔導具は故障なんてしない。たとえ世界中の何処に居たって、それこそ魔族領の最奥にいても補足出来る。つまり───」


「成程、『予想通り』とはそういうことですのね……それでわたくしが別の世界に居る、と?……流石に飛躍し過ぎではありませんこと?」


「もちろん他のケースも想定はしていた。ただ可能性の一つとしては十分あり得ると判断した。なにしろ相手はあの聖女。アレは魔法とは異なる概念を用いるから」


 そう考えていたところで、次はウーヴェの失踪だ。彼がふらふらと姿を消すのはいつものことであったが、今回ばかりはそれでは済まない。最後に姿を目撃されたのが聖国だというのだから、いよいよもって聖女の疑いは濃厚だった。


「まぁいいですわ……それで?まだ貴女がここにいる理由が分かりませんわよ?」


「……この食料で語られるのは、どうやらここまでらしい。どんまい」


 そう言ってそっぽを向くオルガン。

 要するにもっと食い物を寄越せということなのだろう。


「この駄エルフは……シェフ!シェフぅー!!」


「よきにはからえ」


 アーデルハイトの高らかな呼び声と共に、クリスがキッチンへと消えてゆく。これからオルガン用の餌を作ろうというのだろう。というよりも、アーデルハイトもみぎわも、勿論クリスもまだ夕食を食べていない。


 結局そのまま全員で夕食を摂る運びとなり、オルガンによる情報開示は一時休止となったのだった。

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