第140話 くるしゅうない

「くるしゅうない」


 クリスお手製の夕食を平らげた後。

 腹をパンパンに膨らませたオルガンが、ソファの上でふんぞり返っていた。満足気に腹をポンポンと叩く彼女は、さながら小さなアザラシの様であった。


「なんという態度ですの……」


「お粗末様です」


「エルフってお肉食べないイメージだったんスけど、がっつり食うんスねぇ」


 地球人であるみぎわからすれば、やはりエルフといえば菜食主義なイメージだった。『暴薫』を美味しそうに頬張っていた時から気にはなっていたが、実際のところ、オルガンは好き嫌いすることもなく何でもモリモリと胃に収めていた。どうやらエルフが菜食主義というのは勝手なイメージに過ぎないらしい。そもそもが想像上、神話上の生物であるが故に、イメージも何もあったものではないのだが。


「さて、それでは先程の続きですわ。貴女がこちらに来た経緯と理由を話して頂きますわよ」


「うむり」


 腹を擦りながら鷹揚に頷いて見せるオルガン。非常に態度がデカい。

 だがいちいち突っ込んでいては話が進まない為、アーデルハイトはもはや何も言わなかった。


「といっても、後は簡単」


 オルガン曰く、聖女が次に何かをするなら、その対象が恐らく自分だろうということは分かっていたらしい。というのも、オルガン以外の二人は隙が少なく、また公的な立場も持ち合わせている為に、手が出し難いと予想されたからだ。

 シーリアは王宮魔道士筆頭兼、魔道師団長という立派な肩書を持っている。アーデルハイトの時のように外部へ連れ出してから犯行に及ぶならばともかく、王国の宮廷内に居る彼女にはその手が使えない。


 アスタリエルも同様だ。一国の王である彼に対して事を起こすのは、如何に聖女と謂えどもリスクが大きい。もし聖女との会合でアスタリエルの身に何かが起こったとなれば、いよいよ言い逃れが出来なくなる。そして何よりも、二人きりになることが難しい。城を度々抜け出す等、それなりにフットワークの軽い男ではあるが。


 アーデルハイトとウーヴェが立て続けに消息を絶ったのだから、聖女の狙いが『六聖』であることは状況的に明らかだ。必然、残った候補はオルガンだけとなる。普段からエルフの森の奥で半分隠居生活を送っているオルガンは、聖女からしてみれば最後の安牌といえる。

 故にオルガンとシーリア、アスタリエルは互いに連絡を取り合い、そうしてある対策を立てた。聖女の狙いが分かっているのだから、前もって準備をしておくのは容易いことだ。


 そうして準備を万端整え、オルガンはある種思惑通りにこちらの世界へとやって来た。送られる先が異世界だという確証はなかったが、もし行き先が同じ世界なのであれば瞬時に戻れるよう手筈は整えていた。仮に行き先が異世界であったとしても、少なくともアーデルハイト達と同じ場所へ送られるということは分かっているのだ。合流さえ出来れば目的は達成している。


「その結果がこれ」


「全裸スカイダイブですの?」


「そ───違う。私がこちらの世界に来た。これが対策」


「話が見えませんわ。生活力皆無の駄エルフが来て、それで一体どうしますの?」


「……」


 アーデルハイトの辛辣な物言いにムスッとした表情を作るオルガン。あちらの世界で最高の魔法技術を持つ彼女が、こうしてこちらの世界へ敢えて送られて来たその理由。つまり彼女は、異なる二つの世界を繋ぐ方法を探すためにやってきたのだ。


「これをみたまへ」


 そう言って耳に付けたイヤリングから小さな石を取り外すオルガン。彼女の手のひらに収まるそれは、紅い光を放ちながらゆっくりと明滅していた。


「それは?」


「これは『比翼のたま』という。互いの反応を認識し引き合う、二つで一つの魔導具。片割れはシーリアが持っている」


「成程。話が見えてきましたわね」


「そう。これが反応しているということは、両世界はどこかで繋がっているという証拠。後はわたしが、どうにかして繋ぐだけ」


「簡単に言いますわね……反応がなければどうするつもりでしたの?」


「アーデに持たせた魔導具が反応していた時点で十分に勝算があった。それにその時はその時。わたしに不可能はない。どや」


 長く話して疲れたのか、オルガンはソファへと体重を預け再び腹を擦る。対策と言えば聞こえは良いが、結局の所オルガンの能力に全てを任せた、半ば賭けに近い計画のように感じられる。アーデルハイトからすれば正気を疑う体当たり作戦にしか思えないが、眼の前の銀髪腹出しエルフは並々ならぬ自信に満ちあふれていた。


「というわけで協力を要請する」


「まぁ構いませんけれど……具体的には何をすれば良いんですの?」


「研究場所が欲しい。ついでにあちらの世界の痕跡を見つけられれば幸せ」


 研究場所に関しては部屋が余っているので問題ない。オルガンの怪しい実験に耐えうる程の強度があるかは不明だったが。

 そしてもう一つの『あちらの世界の痕跡』について。これには一つ心当たりがあった。それに思い当たったアーデルハイトとクリス、そしてみぎわの三人は互いに顔を見合わせ、あの時の判断を後悔した。とはいえ、当時は協会へ提出を求められる可能性が高かった。実際伊豆の支部長である国広燈くにひろあかりにはそう頼まれたのだ。それを考えれば、ある意味ではファインプレーだったのかもしれない。


「痕跡については心当たりがありますわね」


「ですが、複雑な心境ですね。もう一度取りに行く手間を考えれば、良かったような悪かったような……」


「協会に押収されたら面倒ッス。結果オーライなんじゃないッスか?」


 そんな三人のなんとも言えない微妙な顔を見て、オルガンが首を傾げる。どうやら既に痕跡を見つけているように聞こえたのだが、何故そんなに面倒そうな顔をするのか、と。そんなオルガンの疑問はそのまま口から漏れ出した。


「……?説明を求める。何故そう嫌そうな顔をするのか」


「面倒だからですわ!!」


「面倒だからです」


「面倒ッスからね……」


 異口同音に、三人はそう答えた。




 * * *




 情報交換を終えた四人が寛いでいると、室内にインターホンの音が鳴り響いた。そうしてクリスが玄関まで様子を見に行った数分後、彼女の腕には肉と毒島さんが抱きかかえられていた。


「あ」


「銀髪ロリエルフの衝撃で忘れてたッス……」


 この二体はイベントの間、下の階の七々扇天音ななおうぎあまねに預けられていたのだ。オルガンを問い詰めるのに気を取られ、三人は今の今までそのことを忘れていた。それどころか夕食まで済ませてしまう始末である。

 帰ってきた気配があるのに一向に引き取りに来ないので、見兼ねた天音が自ら連れてきてくれたというわけだ。


「これは明日にでもお礼に伺わなくてはなりませんわね……」


「そうですね。天音さんは『楽しかったから気にしないで』と言ってくれましたが……忘れていたのは流石にちょっと申し訳ないです」


 そんな反省する三人を他所に、何やらじっとりとした瞳で肉と毒島さんを見つめるオルガン。研究職としての血が騒ぐのだろうか。魔物のような、そうではないような、なんとも微妙な見た目の二体に興味津々といった様子だ。


「んぉ、なにそれ」


「お肉と毒島さんですわ」


「……魔物?」


 眠そうな半開きの目を更に細め、抱きかかえられた肉をじっと見つめるオルガン。そうして観察すること暫し、彼女の洞察は答えへと至り、そうして瞳は驚きと共に見開かれた。


「……巨獣ベヒモス!?」


「あら、流石というべきですの?こんなナリなのによく理解りましたわね」


「とてもそうは見えない……でも細かい特徴が一致する。他に該当する生物も思いつかない」


 小さな角、短い手足、もさもさの毛皮。

 随分と愛くるしい姿へと変わった最強の魔獣は、クリスの腕の中で偉そうに鼻を鳴らしていた。なんとなくオルガンを見下しているような怪しい目つきで。


「すごい。研究していい?」


「いいわけありませんわ。お肉ちゃんはわたくしの大事な投擲武器ですのよ」


「おぉ……なんと痛ましい」


 そういってオルガンが肉へと手を伸ばす。

 彼女の小さな手は、次の瞬間には肉の口の中へと吸い込まれていた。


「……いたい」


「格付けが済んでしまったッス……」


 そんな肉と戯れるオルガンを横目に、アーデルハイトは先の会話の内容を反芻する。正直なところ、彼女はあちらの世界に帰るつもりは無かった。とはいえ、残してきた騎士団員や家のことが気がかりだということもまた事実。戻る戻らないは別にしても、行き来する方法が見つかればアーデルハイトにとっても利点がある。それを考えれば、両世界を繋ぐ為に来たというオルガンに協力するのも吝かではなかった。


「まぁ……何れにしても、やるべきことはそう変わりありませんわね」


「そうですね。普段通りに配信しつつ、あちらの世界の痕跡とやらを集めましょう。働かざる者食うべからず。ついでに彼女にもお金を稼いで頂きましょう」


「これは……次の配信もまた大変そうッスね……」


 これからの方針をおおまかに纏め、長かった一日が漸く終わりを告げる。イベントへの初参加から、突如現れた魔法生物との戦い。そして新たな情報と、新たな目的。考える事は増えたが、しかし彼女達のやることは変わらない。これまで通り、異世界方面軍として配信活動を続けるだけだ。


「あ、『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』の事を聞き忘れましたわ……」


 ともあれ、こうして異世界方面軍に新たな仲間が加わったのだった。

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