第213話 絶対当て字いっぱいあるやつ
あれはいつだったか。
両親がそうだったというだけの理由で、ただなんとなく始めた探索者という職業。他にやりたいこともなかったし、それになんだか格好良かったから。その上、成功すれば一攫千金も狙えるというのだから、一度くらいはやってみてもいいんじゃないかと思った。探索者をやっている人なんて、大抵がそんな感じだと思う。
刀を選んだのにも理由なんて無かった。強いて言えば『カッコイイ』とか、そんな程度のもので。勿論それまでは刀なんて握ったこともなかったし、剣術道場の跡取りというわけでもない。お父さんに武器の扱いを教えてもらったこともあったけど、殆どは映像や書籍の見様見真似だ。あとはそう、自分でも馬鹿みたいだと思うけど、漫画を参考にしたりとか。そんな適当な理由で選んだ刀だったけど───私は今、『刀剣』という武器種を選んだ当時の自分に心底感謝している。
魔物との戦いを舐めていたわけじゃない。危険な仕事だというのはちゃんと分かっていたし、両親からも散々忠告されていた。それでも、何の根拠もなく出来ると思った。その、まぁ、所謂そういう年頃だったからというのもあるかも知れない。そんな行き当たりばったりで始まった私の探索者生活は、どういうわけか上手くいってしまった。
少し癖は強いけれど、気の合う仲間とパーティを組み。若気の至りというわけじゃないけれど、ダンジョン配信も始めてみたりして。怪我をすることは何度もあったけど、皆で何かを達成したときの喜びに比べれば、そんなもの全然大したことじゃない。そうして一年と少しが経った頃には、探索者界と配信者界の両方でトップクラスの位置に立っていた。日本一とまでは言わないけど、それでも十本の指には入るくらいだ。まだまだ新参といっていい程度にしか活動していない私達からすれば、これは快挙と言ってもいいんじゃないかな。
高尚な目的だとか、壮絶な過去だとか。そんな大層なものはひとつも無い。ただ青春を謳歌する学生のように、探索者生活を送っていた。そんなぼんやりとした毎日の中、その時は突然やってきた。
その日は探索の予定がなくて、私は一日中ゲームをしていた。そのあとはご飯を食べて、お風呂に入って、そうして日課となりつつある、ダンジョン配信の巡回をしていた。何の変哲もない、よくある私の休日だ。あと数時間もして布団に入れば終わる一日。そのはずだった。
最初は容姿に。同性でありながらも目を離せない。それこそ私の大好きなゲームや漫画、ラノベの世界から飛び出してきたお姫様のようで。
そしてその圧倒的な戦闘力に。今までに見たどんな映像よりも、本よりも。漫画よりもゲームよりも。その人の操る剣───その時は木の棒だったけど───は美しく、それでいて鋭かった。華のように流麗でありながらも、氷の刃のように怜悧。華やかさと苛烈さの同居。たった一度見ただけで、私もあんなふうになりたいと、強くそう思った。強烈に憧れた。あんなにも適当に探索者業をやっていたこの私が、だ。
そうして───ああいや、もういいや。
走馬灯でもあるまいし、こんな追想、今は必要ない。つまり何が言いたいかっていうと、ここで失敗するわけにはいかないってこと。私は幸運だった。認めてもらえるだけの才能が自分に備わっていて、本当によかった。今は別居中だけど、両親には感謝しかないよね。
無意識のうちに顔が強張っていたのかもしれない。肩に乗った毒島さんが、私の頬をぺろりと舐める。私がこの『魔法』の特訓を始めてから、どういうわけか毒島さんは私に懐いてくれている。或いは、私を認めてくれたのかも知れない。彼女の写し身とも言える、この『蛟丸』の持ち主として。
「有難うございます! おかげで緊張が解れましたっ」
もちろん、魔物に緊張していたワケじゃない。背後に感じる気配、特に二人の師からの視線に緊張していただけだ。それももう、きれいさっぱり霧散していた。
師匠のように一足で敵の懐に潜り込むなんて芸当は、私にはまだ当分出来そうにない。それでも、国内の探索者であれば誰にも負けないくらいには強くなったと思う。あの大和さんだって、今の私ならきっと勝てる。目下私のライバルになりそうなのは、やっぱりレベッカさんだろうなぁ。あそこも異世界人と現代人のペアだ。師匠の顔に泥を塗らない為にも、彼女には負けられない。こんなところで躓いてなんていられない。ただ硬いだけの亀が倒せなくてどうするッ!!
地面を踏みしめ、腰の回転を使って大太刀を振りかぶる。師匠曰く、大事なのは身体全体を使うこと。生み出した力を逃さず余さず、そのまま刀へと伝えること。全体に魔力を帯びた『蛟丸』が、まるで歓喜の声を上げるように高鳴っていた。攻撃の予兆を感じ取った毒島さんが、肩から胸元へとするりと潜り込んで退避する。この期に及んでまだ余所見をしている、クソデカいだけの
「─────帝国式長剣術・参式改め、白鞘流刀術、壱の型ッ!」
ありったけの声と共に、激しい光を放つ『蛟丸』を振るう。これは先代の剣聖が編み出し、師匠が扱いやすいよう改良し、騎士団員達へと教えている剣術。それを師匠が私向けとして、更に改良して教えてくれた技。両世界でただ一人、私だけの一撃。
「
* * *
「ダサくなくて?」
「お嬢様に言われたくはないと思いますが、あの子のセンスも大概ですね」
「ダッッッサ! あれ絶対当て字いっぱいあるやつじゃない!!」
「ぼ、僕はカッコイイと思う、ような?」
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