第214話 闇の炎に抱かれて

 空高く舞い上がるのは、べちゃべちゃと湿った泥の塊。雨のように降り注ぐのは、強力な一撃に撒かれた大量の水。湿気に塗れた陰鬱な沼地には、魔力枯渇によってへにゃりと座り込む月姫かぐや。その眼前には、鼻面から尾の先にかけ縦に割断された霊亀の姿があった。死体には黒い炎のようなものがまとわりつき、今なお断面をゆっくりと焼き続けている。


 『黒白龍帝・夜天の翼バハムート』とやらによって生み出された破壊の圧は、霊亀の持つ強固な甲羅を一撃のもとに打ち破った。アーデルハイトが斬ったときのような、綺麗な切断面とはとても言えない。しかしどちらも結果は同じ。なんだかんだといいながらも、月姫かぐやは霊亀を撃破してみせたのだ。


「ククク……ッ! 闇の炎に抱かれて消え───ぶべっ! 口に泥入った!」


 魔法と聞いてイメージされるのは、やはり炎や雷を放つような、なものが一般的だろう。しかし月姫かぐやが習得したのはそういったものとは違い、少し特殊な戦闘用魔法だった。


 現代人がイメージし易いよう例えるなら、『付与魔法エンチャント』が最も近いだろうか。あちらの世界の剣士ならば、誰もが最初に習得を目指す付与魔法『斬撃強化』。それを現代風にアレンジしたものが、先の『『黒白龍帝・夜天の翼バハムート』』の正体だ。『斬撃強化』よりも燃費が悪く無駄に難度も高いが、アーデルハイトからお墨付きをもらえる程度には威力の高い魔法となっている。といっても、しっかりと名前負けはしているのだが。


『魔力操作』という言葉からも分かるように、魔力とは術者の技術によって、形状と性質を変化させることが出来る。術者の持つ技術や才能、適正によってそれらの難度は如何様にでも変化するが───とにかくそれによって『炎のような性質を持った魔力』へと変質させて放つのが、所謂火炎魔法である。そうした魔力操作技術を応用して編み出されたのが『斬撃強化』であり、『黒白龍帝・夜天の翼バハムート』である。


 簡単に言えば、極度の集中で以て練り上げた魔力で『蛟丸』を覆い、強度や切れ味はもちろんのこと、刀身の長さまでもを伸長させたというわけだ。対多数でも応用可能な、なかなかに汎用性の高い魔法といえるだろう。おまけにほんのりと燃焼効果付きである。難易度が上がる割に付加能力としての意味は殆どないが、フレーバー的な効果は見ての通り抜群だ。故にか、月姫かぐやはこの黒炎エフェクトの付加を頑として譲らなかった。


 サポート能力を求めたみぎわと、一撃の殲滅力に重きを置いた月姫かぐや。求めたものは互いに異なるが、現代人の魔法習得としてはどちらも大成功といえる結果だ。これにはアーデルハイトもクリスもにっこりである。


月姫かぐやがやり切りましたわ! 素材回収班、かかりなさーい!」


 魔法の成功と霊亀の沈黙。その両方を確認したアーデルハイトが、肉をパントキックよろしく蹴り出した。綺麗な放物線を描いて飛んだ肉は、そのまま霊亀の死体上へと着地。むしゃむしゃと凄まじい勢いで亀を貪り始める。解体班であるクリスと莉瑠りるがその後に続く。発射台アーデルハイト金持ちリリアは高みの見物だ。


「こうして自分の目で見ても、まだ信じらんないわね……どう見ても刀より霊亀の方がデカいじゃない。あのダサい名前からこの戦果って、どういう原理なのよ」


 :カグーは無事人間を辞めたようだぞ

 :KGY! KGY!

 :まだ理解が追いつかないんだけど……どういう?

 :残念だったな。トリックだよ

 :おっ、異世界は始めてか? 力抜けよ

 :カグーかっこEEEEEEE!

 :威力良し、見た目良し、名前……悪しッッッ!

 :さす団(違

 :人間は理解が追いつかないと、一周回って冷静になると聞く


 多少レベルが上がった程度では、真似出来るなどと到底思えない。月姫かぐやの作り上げた光景は、現代基準で言えば明らかに人智を越えていた。莉々愛りりあが思いの外冷静で居られたのは、以前に『魔法』の存在が───その真偽はともかくとしても───話題となったからだ。莉々愛りりあ自身も眉唾な話だと思っていたのだが、道中に見せられたあれやこれやで徐々に考えが変わっていた。

 そうして実際に目の当たりにした今となっては、『魔法』の存在を信じる他無かった。


「名前は関係ありませんけど……淫ピーから見て、わたくし達はどう映っていますの?」


「……まるでファンタジーから飛び出して来たみたいだわ」


「では、今見た光景は?」


「ファンタジーそのものね」


「そう、つまりはそういうことですわ!」


「ああ、なるほ……どういうことよ!? そんな説明で納得するわけないでしょ!?」


 魔法の存在は既に公にしているが、だからといって毎度説明するのは面倒だった。そう考えたアーデルハイトは腕組みをしたままうんうんと頷き、死ぬほど適当な説明を行う。そのままファンタジーの一言で済まそうとしたが、しかしどうやら無理があったらしい。とはいえ、それ以上の詳しい説明を行うつもりなど端からないのだが。


 などと無駄話をしている間にも解体は進む。そうして暫くの後、巨大の甲羅の一部をいくつか積み込んだ荷台と共に、解体班がアーデルハイト達の元へと戻ってきた。大戦果を上げた月姫かぐやなどは、魔力枯渇による疲れなど微塵も感じさせない程の喜色を浮かべながら。


「やりましたよ師匠ー! 見ててくれましたか!?」


「えぇ、悪くありませんでしたわ。良く頑張りましたわね。もう少し練度が上がれば、連続使用も出来るようになりましてよ。これからも精進するように」


「はい!!」


 アーデルハイトに褒められたからか、満面の笑みでいい返事を返す月姫かぐや。その様子はまるで大型犬のようで、もしも彼女に尻尾がついていれば、それはもう盛大に振り回していたことだろう。


 霊亀の甲羅を全てを持ち戻ることは流石に出来ないため、クロエに頼まれていた分だけを回収。更に一部の素材を欲しがった莉瑠りるへと譲渡し、残りはまるっと肉の腹の中だ。月姫かぐやが必死に割った甲羅をバリバリと食らう姿は流石というべきか。異世界方面軍の残飯処理班は非常に優秀であった。


 霊亀の素材獲得と、月姫かぐやの実戦テスト。当初の目的を達成した一行は、そのままのんびりと帰路へとついた。帰る道すがら、莉々愛りりあ達の目的でもある回復薬用の素材を採取しながら。途中すれ違ったいくつかの探索者パーティは、荷台の上に山と積まれた霊亀の素材に、ただ目を丸くするばかりであったという。


「うーん……今回はわたくしの出番が少なかったですわ……物足りませんわ……」


「嘘でしょ? アンタ亀投げまくってたじゃない!」


「アレは別腹ですわ……もっとこう、イレギュラーとかが欲しいですわ……」


「やめなさいよ! 縁起でもない!」


 こうして月姫かぐやは無事に変態の仲間入りを果たし、その一方で異世界方面軍と獅子堂の双子は、少しだけ仲が良くなったのであった。

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