第215話 キモい、キモいぞレナード(閑話)

「お、アレじゃないか?」


「ああ、探索者が集まってる。間違いないだろう」


 ウィリアムとレナードの二人が見つめる先に、小さな人集りが出来ていた。といってもここはダンジョン内。常に警戒を怠ってはならない危険地帯だ。そんな場所で人集りが出来ているのだから、普通は何か緊急事態でも起きたのかと疑うところだろう。しかし二人にそんな様子は微塵もなく、ともすれば外国人観光客のような気楽さであった。


 先に集まっていた探索者達がゆっくりと近づいてくる二人に気づき、俄に色めき立つ。世界的に名が知られ、ファンも多い。集まっていた探索者達にとって、そんな有名人の登場はまさに青天の霹靂といったところか。


「ぅわ、本物のウィリアムだ。デッケーしカッケー!」


「うっそ、マジ!? ガチのレナ様!?」


「何でこんなトコに!?」


 まるで人気アイドルか、はたまた映画スターの登場だ。ここが危険地帯だということもすっかり忘れ、探索者達は皆一様に黄色い声を上げる。男女問わずに声を掛けられているところを見れば、それだけで『魅せる者アトラクティヴ』の人気が窺えるというもの。そんなファンたちに軽く手を振りつつ、しかしをしっかり守って列の最後尾へと並ぶウィリアムとレナード。そうして遠巻きに、目的の場所へと視線を送る。


「あれが例の……しかし、見れば見るほど場違いだな」


「……」


「階層も浅い。こうして探索者達が見物に来るのも無理はないか」


「……」


「それにしても、無駄に精巧だな。遠い未来に発掘された時、一体なんと言われることやら」


「……」


 鍛え抜かれた太い腕を胸で組み、しげしげとを眺めて感想を口にするウィリアム。しかし隣の相方からは何の返事もなく、ただ沈黙が返ってくるのみ。それなりに長い付き合いな為、その理由には大凡の予想がついていたが。


「……おい、聞いているのかレナード」


「美しい……」


「おい」


「なんという美しさだ! 薄い身体に長い髪! どこかあざとくありつつも、それでいて自然体であることが一目で分かる! そして何と言ってもこの尖った耳だ! まさに神が与え給うた、非の打ち所がない完璧な造形!」


 ウィリアムの問いかけに答えることなく、突如として豹変し、なにやら矢継ぎ早に捲し立て始めるレナード。普段の怜悧な表情は一切なく、ただただ興奮を顕にして喚いている。当然ながら集まっていた探索者達は『一体何事か』と二人に注目する。こうなる気はしていたが、しかし初めて見るレナードのそんな姿に、ウィリアムはため息を禁じ得なかった。


「はぁ……オイ、周りの目がある。少し落ち着け」


「これが落ち着いていられるか! 訪ねるタイミングがもっと遅ければ、或いは直接会えたのかもしれんのだぞ!? 何故、何故あの時は居なかった!? ああ、くそっ……なんて間の悪さだ!」


「キモい、キモいぞレナード」


 興奮冷めやらぬレナードの眼前にあったもの。それはよく分からない謎の材質で作られた4の彫像だった。ポーズや表情こそは制作者のオリジナルだが、細部にわたって無駄に精巧に作られている。


 二人が今回訪れた場所。それは神戸ダンジョン4階層に出来た、異世界方面軍の新たな聖地であった。どうやら探索の帰り際にでも追加で作成したらしい。配信時にはひとつしかなかった筈の彫像が、今ではしっかりと全員分が鎮座している。どれも素晴らしい出来だが、特にレナードの目を惹いたのはやはりオルガンの像であった。


 レナードはファンタジーに登場する生物の中でも、特にエルフには目がないのだ。とりわけ、それがロリフなら尚良しである。以前にレベッカが零した言葉の通り、オルガン像を目の当たりにしたレナードは感涙すらしていた。普段が冷静な彼だけに、その変わり様には若干恐怖を覚える程である。


 ただでさえ知名度のある二人だが、待機列の最後尾で騒げばより目立つ。そんなレナードの怪しい気配が伝わったのか、自分達の順番が回ってきた探索者はひどく落ち着かない。彫像をバックに記念撮影を行えば、感涙に咽ぶ怪しい美丈夫が嫌でも目に入るのだから。


 それはさておき。等身大の美少女像ともなれば、誰もがやりたくなってしまう行為がひとつ。記念撮影を終えた若い探索者が、なんとなくそわそわしつつも『それ』を行おうとした時だった。


「あいや、待ちたまえぇぇぇぇィ!!」


「!?」


「もはや何語なんだそれは……」


 怪しい日本語の叫びと共に、レナードが探索者達の方へと歩み寄る。怪しく光る眼鏡のおかげで表情は窺えないが、どうやら彼は憤慨しているらしい。二本指で気障ったらしく眼鏡の位置を直し、背筋を伸ばして近づいてくるレナード。その姿を見た探索者達は、ひどく狼狽───別に悪事を働いたわけでもないのに───していた。


「俺の目が黒いうちはそんな不埒な真似は許せんよ。これだけ立派な彫像だぞ、それ自体の造形美を愛でずしてどうする?」


「え、あ、いや……す、スイマセン……?」


「まぁ俺も男だ、キミの気持ちも分かるがね。だがエルフとは精霊の一種、或いは神聖な種族だと聞く。他の三人ならばともかく、彼女のスカートを覗くことだけは看過出来ない」


「うっす……」


「分かってくれたようで何よりだ。では、俺は列に戻るとしよう」


 彫像のスカートを覗こうとした探索者を諌め、列に戻ると宣言したレナード。だがしかし、彼は一向にその場から動こうとしない。そればかりか、なにやら小刻みに身体を震わせていた。まるで何かの誘惑に耐えるかのように。そんなレナードの姿にどこか不穏な気配を感じたウィリアムが、怪訝そうな顔をしつつ声をかける。


「レナード?」


「……」


「オイ」


「……」


「まさかお前───」


 瞬間、レナードが凄まじい速度で振り返る。それは世界に誇る身体能力を駆使した、無駄に素早い動きであった。そこに集まっていた若い探索者達では目で追えない程の、だ。先程探索者の行動を諌めたのは一体何だったのか。棚に上げるとはまさにこのことである。


 ウィリアム以外にはバレないような、そんな刹那の振り返り。そうして禁断のスカート内部を視界に収めたレナードは、直後に顔を真っ赤にして崩れ落ちていた。呆れ顔のウィリアムがゆっくりと近づき様子を見てみれば、どうやらレナードは羞恥で気絶している様子だった。一体何があったのかと、ウィリアムもまたオルガン像のスカート内部へと視線を送る。


 そこに本来あるべきものパンツは存在しなかった。というよりも、そもそも再現がされておらず、空洞ですらなかった。そしてオルガン像の太もも部分には、ただ『変態』という二文字だけが彫刻されていた。


「成程。お見通しというわけだ」


 その後、ウィリアムは情けなくも失神したレナードを肩に背負い列に戻った。そうして近くの探索者に頼み、居合わせた『魅せる者アトラクティヴ』のファンだという数人の探索者達と共に記念撮影を行う。その間にレナードが目を覚ますことはなかったが、しかし結果としては実に健全な聖地巡礼であった。




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