第206話 ハレンチトースト

 ゲスト紹介とオープニングを撮り終えた一行は、そのまま併設の食堂へと移動していた。食堂と支部が分かれているといっても、食堂をベースにするという点は他の支部と変わらない。配信を行っている間、地上待機組は地下の様子を長時間モニターしているのだ。食事や休憩はスムーズに行える方が良い。


『茨の城』のサポートチームとみぎわが準備を行っている間、莉々愛りりあはリスナー達からしこたまイジられていた。


:まさかあのリリアに友達がなぁ

:中二のカグー以外にもやっと……

:それも今話題の異世界お嬢様だぜ

:俺は本当に心配してたんだ

:すーぐツンツンするからなぁ

:オファー出したってだけで、友達かどうかはまだ……


「ホントに失礼なヤツらね! それでも私のファンなワケ!?」


 これまで他の探索者と絡むことの少なかった莉々愛りりあは、どうやらリスナー達から『ボッチ』だと思われていたらしい。実際、回復薬の研究に没頭するあまり、彼女には友人と呼べるほどの相手が月姫かぐや以外に居なかった。そんなボッチの莉々愛りりあが新しい知り合いを、それも今話題の異世界人を連れて来たのだ。ファン達が喜ぶのも無理はないだろう。さしずめ、子供が初めて家に友人を連れて来た際の親の気持ち、といったところか。


「誰がボッチよ!? 私だって、べ、べつに、とも……と、友達くらい居るわよ! ねぇ、その、え、っと……ア、アーデ……?」


 誰が見ても分かる程の緊張と共に、ひどくぎこちない様子でアーデルハイトに同意を求める莉々愛りりあ。そうして隣へ視線を向けてみれば、フォークとナイフを優雅に操り、フレンチトーストを行儀よく食べるアーデルハイトの姿があった。


「甘くておいしいですわー……え? なんですの?」


「聞いてないし! っていうか、今から探索行くっつってんのに何食べてんのよ!?」


「確か……ハレンチトースト? そんな感じのやつですわ」


「何食べてんのかって聞いたワケじゃないわよ!! 破廉恥はアンタでしょ!?」


 勇気出して愛称を呼んでみたはいいが、しかし当の本人はまるで聞いていなかった。月姫かぐやと初めて『ロイヤルバスト』で会った時もそうであったが、大事な話をした時に限って、アーデルハイトは話を聞いていなかったりする。それも大抵、食事絡みで。食い意地が張っているというわけでは断じて無いが、とにかく間が悪いのだ。


:うちのお嬢様がスイマセン……

:無駄に行儀が良いの草

:もぐもぐたすかる

:流石の公爵家ご令嬢

:普段ハチャメチャなのにこういうとこでドキッとするわ

:日本屈指の有名配信者に恥かかせて……いいぞもっとやれ

:ゲストで出演してもいつも通りの団長で何よりです

:しっかり破廉恥扱いされてて草


『茨の城』チャンネルでの配信な所為か、ここまで空気を呼んで大人しくしていた団員達。そんな彼等も、これには流石に突っ込まずにはいられない。久しぶりとなるアーデルハイトの食事シーンに喜びつつも、徐々に化けの皮が剥がれつつあった。


 とはいえ、両チャンネルのリスナーの仲は比較的良好だ。アクの強い団員たちが『茨の城』チャンネルでも馴染めるかは不安だったが、どうやらその心配は無さそうである。そもそも彼等は日頃、異世界方面軍の配信だけを見ている訳では無い。当然ながら、どこのチャンネルでも山賊ムーヴをしている訳ではないのだ。


 そしてそれは、月姫かぐや目当てでやって来た『†漆黒†』ファンも同じであった。3つの異なるチャンネルから、それぞれのファンが集まった形となる今回。演者間の相性はまだ分からないが、少なくとも視聴者間での摩擦はなさそうである。


 アーデルハイト達がわちゃわちゃと騒いでいる間にも、裏ではそれぞれの準備が進んでいた。今回は『茨の城』主導の配信となるため、機材関係でのみぎわの仕事は特にない。だが今回は『魔力振伝播ソナー』の使用を予定しているため、彼女はゲーミング木魚とお鈴を持参している。無論『護身用魔導人形ちゃんアストラペーちゃん』ではなく、普通のゲーミング木魚である。


「お嬢様、準備出来ましたよ」


莉々愛りりあ、こっちもいつでも行けるよ」


 準備完了を告げに来たクリスの隣には、見るからに頑丈そうな、細長いアタッシュケースを抱えた莉瑠りるの姿もあった。そのケースの長さたるや、莉瑠りるの身長よりも大きい程である。開口部には二つの厳つい鍵がついており、厳重に施錠されているのが見て取れた。


 その大きさに比例して、重量もどうやらかなりのものらしい。莉瑠りるがケースをテーブルの上に置けば、ずっしりとした振動がアーデルハイトにまで伝わる。そんな怪しいケースを莉々愛りりあが受け取り、手早くロックを解除する。


「ちょっと淫ピー、その怪しいケースは一体なんですの?」


「誰が淫ピーよ!! お互いの呼び方に差があり過ぎよ! っていうか、これも別に怪しくないわよ!」


「誰がどう見たって怪しさ満点ですわよ?」


 これはアーデルハイトが正しいだろう。自らの身長よりも巨大な、ロック二個付きのケースが怪しくないわけがない。しかしそんな怪しさ満点のケースの登場にも、リスナー達は取り立てて騒ぐことはなかった。彼等は知っているのだ。コレが一体なんであるのかを。


「ふふん! 流石のアンタも驚いたみたいね? いいわ、教えて上げる。これはね───」


 眉を顰めて訝しむアーデルハイトの様子に、何やら満足げな表情を浮かべる莉々愛りりあ。アーデルハイトを驚かせることに成功したのが、殊の外嬉しかったらしい。そんな、つい引っ叩きたくなるようなドヤ顔を披露しつつ、少々勿体をつけるように莉々愛りりあがケースを開けてみせた。


「これは───私の武器よ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る