第205話 ド高貴に登場しろ

 時は少し遡る。


 近頃は日常配信ばかりを行っていた異世界方面軍も、月姫かぐやの魔力操作に一応の目処が立ったことで、漸く本業のダンジョン探索に乗り出せるようになっていた。そんなアーデルハイト一行が今回やって来たのは、探索者協会茨城支部であった。異世界方面軍の四人に加え、肉と毒島さんも一緒である。


 アーデルハイト達が近頃月姫かぐやにつきっきりとなっていたのには、もちろん理由がある。月姫かぐやが練習していたのは魔力の操作、つまりはこちらの世界で確立されていない、まだまだ未知の技術だ。魔力枯渇による昏倒や、操作を誤れば怪我をする恐れもある。月姫かぐやの自主練に任せてしまうと、そういった事が起きた時にカバーすることが出来ないからだ。


 これらはアーデルハイト達がこちらの世界で魔法を広めようとしない、その理由の一つでもある。魔力操作の修練方法を、配信や単発動画として紹介することは出来る。そうして魔法を広めれば探索者の実力水準は上がり、ダンジョン攻略もより一層の進展を見せることだろう。だが、それ以上に怪我人が出るだろう。下手をすれば死人まで出かねない。


 そうなった際、アーデルハイト達は責任を取ることなど出来ない。取るつもりも毛頭ない。だから安易に教えない、広めない。もちろん、自分達だけが持つ配信者としての『武器』を手放すつもりがない、という思惑もあるが。なによりも安全面に配慮したが故の方針だった。


 あちらの世界でも、子どもたちが魔力操作を覚える際には必ず指導役を付けて行うのだ。親であったり、先生であったり、或いは既に魔法を習得した年上の子であったり。誰かしらの監督の下でのみ練習するよう、幼い頃から厳しく教えられる。


 つまり『魔法』などと言っても、所詮はひとつの技術に過ぎないということ。魔法に限らず、新たな技術の習得というものは、時間をかけて慎重に行うものなのだ。それは異世界だろうと現代だろうと変わらない。総じて『魔法』というものは、現代人がイメージする『便利』で『何でも出来る』ような万能の力ではないということだ。


 ともあれ、月姫かぐやの修練は無事、そういった初期の段階を超えることが出来た。となれば、次はもちろん実践である。当初の予定では、慣れ親しんだ伊豆か、或いは近場の渋谷ダンジョンで、月姫かぐやの実践テストを行おうかと考えていたアーデルハイト達。


 そんな時、折よくも淫乱ピンク知り合いからDMが届いていた。内容を見てみれば、そこには『試作回復薬のテストと、材料集めに付き合って欲しい』との一文があった。文面だけを素直に受け取れば、ただの探索の誘いに見えないこともない。だがあの気の強い淫ピのことだ。裏の思惑もあるに違いなかった。


 ただのテストであれば、わざわざダンジョンに潜る必要はない。以前にもそうして見せたように、適当に指なりを傷つけて試せばいいだけなのだから。恐らくは『回復薬作りのアドバイスが欲しいが、素直にそう伝えれば断られるかも』といったところだろうか。


 そういった思惑はさておいても、今回の誘いは丁度良かった。月姫かぐやの実践テストも行えるし、そもそも莉々愛りりあたちとは、ある意味協力関係にあるのだ。そうである以上、アドバイスを与えることも吝かではない。


 そうして茨城支部へとやってきたアーデルハイト達は現在、だだっ広い駐車場にて、この後の段取りを説明されているところであった。なお今回は月姫かぐやが居るため、未だ整理される様子のないみぎわの車ではなく、大きめのレンタカーを借りている。


「───とまぁ、そんな感じでお願いするわ。ウチは台本とか特にないから、出るタイミングだけちゃんとしてくれればあとは適当でオッケーよ」


「委細承知しましたわ! 淫ピーに紹介された後、ド高貴に登場しろということですわね? わたくしが一番得意なやつですわ!」


「話聞いてた!? 普通に出てきてくれればいいのよ!! うちは結構ストイックにやってるチャンネルなの!」


 説明が終わるなり、駐車場内に建てられた巨大なアーチにいそいそと登り始めるアーデルハイト。その足をひっつかみ、どうにかやめさせようとする莉々愛りりあ。先行きに不安しかない、そんな雰囲気が既に匂い立っていた。


「今回はゲストだし、好き放題しようと思ってる顔ッスね……」


「まぁ、お嬢様はいつも好き放題している気もしますが……」


 とはいうものの、ぎゃあぎゃあと喚いているのは莉々愛りりあ一人であった。弟である莉瑠りるも、そして『茨の城』のスタッフ達も、二人の様子を横目でみつつ、笑いながらそれぞれの作業を進めている。


莉々愛りりあ、そろそろ始めるよー」


「ちょっと待って!! ああ、もう!」


 ドタバタとしつつも、『茨の城』の配信はこうして始まってしまった。流石は人気配信者というべきか、莉々愛りりあのオープニングトークは堂に入ったものであった。そんな莉々愛りりあの姿をアーチ上から眺めつつ、アーデルハイトが登場の仕方を考えているときであった。


「やはり上空から現れるのがスマートですわね───あら?」


 彼女のすぐ下を、オルガンがゆっくりと通り過ぎてゆく。彼女お手製の荷車に乗り、肉に牽かれ、角笛を吹きながら。みぎわによって『エルフフェアリー荷車チャリオット』と名付けられたその荷車は、本来はダンジョン内で得た物資を持ち運びするためにと、オルガン本人が開発したものである。特殊な機能は特になく、強いて言えば妙に軽くて頑丈なのが特徴の、ごく普通の荷車である。


 なおオルガンが吹いている角笛は、巨獣ベヒモスの角の変わり果てた姿である。肉がしこたま齧ってしまい、使い道が難しくなった例のアレである。錬金術で楽器を作るのは難しい筈なのだが、アレを作るためだけに、オルガンはネットで角笛やら法螺貝やらを大量に注文したのだ。それらを分解し、解析し、無駄な労力を費やして作成されたのがあの角笛だったりする。閑話休題。


「……わたくしの登場を邪魔するつもりですのね!?」


「おさきー」


 そんなオルガンの姿を認め、急ぎアーチ上から跳躍するアーデルハイト。莉々愛りりあの事前説明は意味を成さず、結局『茨の城』の配信は、これまでに無いような騒がしいスタートとなるのであった。


 オープニングの後、アーデルハイトは登場方法が月姫かぐやと被っていたことに酷くショックを受け、暫くの間はぷぅぷぅと頬を膨らませていたという。

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