第207話 札束砲

 それは、破裂音などという生易しいものではなかった。ダンジョン内に響き渡るのは、身体の奥底を震わせるような重低音。それは金属の咆哮か、はたまた歓喜の声か。耳にするだけで顔を顰めたくなるその轟音は、刹那の内に、遥か遠方に居た魔物の装甲を貫き絶命させていた。


 今しがた莉々愛りりあが仕留めたのは、カトブレパスと呼ばれる牛に似た魔物だ。その体皮は堅牢で知られ、近接攻撃であっても手を焼く相手だ。それが、ダンジョン内では効果が薄いと言われている筈の銃撃で、一撃だった。


 戦果を確認することもなく、莉々愛りりあがボルトを手動で操作し、手早く排莢を行う。膝立ちの状態で射撃を行っていた彼女は、僅かに汚れた膝を手で払い、満足げな表情を浮かべている。弾き出された薬莢は、壁で爪を研いでいた肉の臀部に直撃していた。


「どう!?」


 アーデルハイト達の方を振り返り、ドヤ顔で胸を張って見せる莉々愛りりあ。彼女の武器を知っていた筈のリスナーたちも、何故だか驚きの声を上げていた。どうやら今回莉々愛りりあが持参した武器は、彼らの知っているとは少し違うらしい。


「大した威力ですわね……もしかすると、中級魔法に片足を踏み入れているかもしれませんわ」


「なんとまぁ……というよりも、銃はダンジョン内では効果が薄い筈では?」


 アーデルハイトとクリスの言葉に、莉々愛りりあがうんうんと頷いて見せる。駐車場からここまで、終始異世界のペースに飲まれ振り回されていた莉々愛りりあ。だがここに来て漸く、莉々愛りりあの欲しかった反応を得られたようである。


 無骨でありながらも、どこか洗練されたそのフォルム。殆ど兵器と呼んでも差し支えのない、黒く巨大な銃身。その重量も凄まじいだろうに、身の丈以上に巨大な銃を、まるで自慢でもするかのように軽々振り回してみせる莉々愛りりあ。高レベルの探索者である彼女でなければ、到底出来ない芸当であった。本来であれば伏せて行うべき射撃も、彼女であれば立ったままで行える。


「これが私の武器、対魔物専用狙撃銃『レーヴァテイン』よ!!」


「レー……なんですって?」


「これはまた、随分とベタな名前を出してきましたね」


「れ、レレレレ、レーヴァテイン!? なにそれカッコイイイイ!!! 声に出したい名前上位のヤツ!! ズルい!! いつの間にそんなの作ったの!?」


 馴染みのない言葉に微妙な表情を浮かべるアーデルハイトと、『はいはい出た出た』といった表情を見せるクリス。そして誰もが知る中二ワードに興奮する月姫かぐや。異なる反応を見せる三人であったが、結局のところ言いたい事は同じだ。つまりは『だから一体何だそれは』である。


 ダンジョン内に於いて、銃などといった近代兵器の効果が薄いというのは、探索者達の間ではもはや常識だ。事実、皆無とは言わないまでも、銃を使用する探索者は非常に少ない。それでも尚銃を使用する者など、並外れた射撃の腕をもっているか、或いはただの馬鹿であるかの二つに一つだ。


 魔女と水精ルサールカに所属している紫月しずくのように、精密かつ迅速な射撃で魔物の弱点を狙うことが出来て、漸く一端の武器たり得る。それが銃という武器であり、一般的な評価である。


 だが、たった今見せられた光景には、そういった評価を一変させるだけの衝撃があった。現代に疎いアーデルハイトは特になんとも思っていなかったが、しかしクリスやリスナー達は違う。これが異常な事だということを、誰もが認識していた。


「随分前の話になるけど、構想事態は昔からあったのよ。魔物の素材を使用すれば、銃も一定以上の殺傷力を発揮するのでは、ってね。もちろん最初は注目を浴びたわ。でも銃への加工が難しい所為で、実験段階では満足な結果が得られなかった。かかるコストも馬鹿げていたしね。結果、それほど話題にならず終わってしまったの」


 ダンジョンが出現した当初は、どうにかダンジョン内でも銃を使おうとする者が多かった。しかし当時は魔物素材の加工技術がそれほど発達しておらず、探索者達の実力も今程ではなかった為に、得られる素材の質も低かった。そうしている内にレベルアップという現象が確認され、近接武器を使って魔物と戦うのが主流となっていったのだ。今では遠距離攻撃と言えば、専ら弓や投槍のことを指すようになっている。


「それを掘り起こし、かつ実用段階まで仕上げたということでしょうか」


「そういうこと。うちのお抱え技術者と長い間研究して、漸く形になったってところよ。まだまだ改良が必要な部分も多いけど、一先ずはちゃんと通用するみたいね」


 どうやら実際に使ったのはこれが初めてらしく、先のドヤ顔は強がり半分であった様子。莉々愛りりあ本人もどこか安堵した顔を浮かべていた。


 これまで彼女が使用していたのは、ごく普通の対物ライフルであった。ダメージこそ通りにくいものの、その物理的な衝撃自体は魔物相手でもきちんと作用する。故に牽制や、数が多い代わりに個々の耐久力が低い魔物の処理を莉々愛りりあが担当していた。しかしこの『レーヴァテイン』があれば、彼女はメインの火力たり得る。


「淫ピー、実は結構凄い方でしたのね……」


「別に私が開発したわけじゃないわよ。私はただ、資金と素材を出しただけ」


「そうだとしても、十分凄いことだと思いますよ。これ、探索者業界を大きく発展させる可能性を秘めているのでは?」


 魔物素材と高度な技術を必要とする以上、量産化は難しいかもしれない。だがこの『レーヴァテイン』は、探索者にとっての大きな武器となる可能性があった。無論射撃の腕は必要になるだろうが、パーティの後衛に持たせれば大きく戦力が向上するだろう。そう考えて発したクリスの言葉は、しかし莉々愛りりあによって即座に否定される。


「ああ、それは多分無理ね」


「あら? どうしてですの? 銃とやらのことをあまりよく知らないわたくしでも、便利な武器だと思いましたわよ?」


「だって、今の一発で800万円するのよ?」


 こともなげにそう言った莉々愛りりあの言葉を、ニコニコと微笑みながら隣で聞いていた莉瑠りるが引き継ぐ。


「つまり『札束ビンタ』ならぬ『札束砲』ですね」



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