第208話 アデノパイブルン(閑話)

 荒れた岩肌の上、ガタガタと揺れる荷車。荷台には『レーヴァテイン』を乗せ、その隣にはアーデルハイトが座っている。どうやら莉々愛りりあはこれ以上『レーヴァテイン』を使うつもりはないらしい。


「淫ピー、これはもうよろしいんですの?」


「ええ。実戦のデータは取れたし、弾も5発しか持ってきてないのよ。というより、それだけしか作れなかったんだけど……どっちにしろ、ただの試射でそう何発も撃っていられないの」


「へー」


「興味ないなら聞くんじゃないわよ!!」


 肉が牽く荷車の隣で、歩きながら器用に地団駄を踏んでみせる莉々愛りりあ。ちなみに彼女は先程、肉の尻に薬莢をぶつけた報復として、腹部への体当たりを受けていたりする。それはさておき、彼女がたった一発で試射を打ち切ったのには幾つかの理由があった。


 1つ目は、彼女が今口にしたように効果の程が確認出来たが故。魔物の中でも比較的硬い種類に分類される、カトブレパスの装甲を貫いたのだ。とりあえずの威力試験としては十分といえるだろう。


 2つ目は、やはりコストの問題だ。軍隊が使用する兵器等と比べれば、一発800万という数字はそれほど高くはないかもしれない。だがそういった兵器は、ただの一発で何十、何百といった人間や建造物を破壊することが出来る。


 対して対魔物専用狙撃銃『レーヴァテイン』は、随分とご大層な名前が付いてはいるが、所詮はただの探索者用携行武器である。一発で仕留められる敵の数は基本的に一体。どれほど上手く使っても2、3体程度が限度であろう。その度に800万が消し飛ぶのだから、費用対効果という面ではもはや比べるべくもない。『近代兵器の効き目が薄い、魔物に対する有効な攻撃手段』という意味では計り知れない価値を持つ武器ではあるが───いずれにせよ、そう景気よく撃ち続けられるものではないということだ。


 そして3つ目。ある意味では、これが最も深刻な理由かもしれない。レーヴァテインはその銃身自体もさることながら、銃弾にも特殊なものを使用している。魔物の素材を惜しみなく注ぎ込んで作られたそれは、そもそも大量生産が出来ないのだ。加工技術の問題もあり、莉々愛りりあの研究チームが作れた銃弾の数はたったの5発。先の一射分を引けば残りは4発。これが在庫の全てである。無論素材が集まり次第増やしていくつもりではあるが、それまでにも研究を続けることを考えれば、今ここで使い切ることなど出来る筈もなかった。


 そういった諸事情により、レーヴァテインの出番が無くなったというわけだ。


「オルガンに相談してみては如何ですの? あの子はアレで、謎の怪しい技術力の塊みたいな、とても胡散臭い女ですわよ?」


「え、ホントに!? 何かの間違いで協力してくれないかなぁとか、実はちょっと考えてたんだけど……ほら、あの子いつもムスっとした仏頂面で、何考えてるかよくわかんないし」


 莉々愛りりあがそんなアーデルハイトの提案を聞き、顔を綻ばせる。本当は自分から尋ねるつもりでいたのだろう。しかし自らが面倒な性格をしていることを自認している莉々愛りりあは、素直にそれを言い出せなかった。何よりも、回復薬の件で異世界方面軍には既に借りがあるのだ。あれもこれもと頼んでは、図々しいどころか恥知らずと思われても仕方ないのではないかと、莉々愛りりあはそう考えていた。


 常に自信満々で、ともすれば高慢とも思えるような性格をしている莉々愛りりあだが、実際には臆病の裏返しなのかもしれない。妙にしおらしい莉々愛りりあの態度に、アーデルハイトはそう感じていた。


「自身の興味がない事には、とことん無関心な方ですからね。ですが───」


「納豆を渡せば、何でも手伝ってくれそうな気もしますよね……」


 興味がないことに無関心ということは、好きなものを与えておけばうまく操れるということだ。あちらの世界でのオルガンを知っていたクリスは勿論の事、以前にも増して異世界方面軍の家に入り浸っていた月姫かぐやもまた、オルガンの扱い方をすっかり心得ていた。


「な、納豆……? え、何? どういうこと? 好きなの?」


「どういうわけか、妙に気に入ったみたいですわね。確かに、納豆を与えておけば機嫌は取れると思いますわ。手伝ってくれるかは保証しかねますけど。ちなみに、わたくしはウィンナーがお気に入りでしてよ?」


「何の催促よ! ……でもまぁ、考えておくわ」


 それきり、ぷいと顔を背けてしまう莉々愛りりあ。最後尾を歩いていた莉瑠りるは、普段見ることのない姉のそんな姿に顔が緩みっぱなしである。莉々愛りりあに友人が少ないのは事実だが、それにも事情があるのだ。


 その最たるものが、やはり大企業の娘だからという部分だろう。ちょっとした金持ちの娘ならばともかく、獅子堂家はちょっとしたどころの家ではない。その上莉々愛りりあ自身も多くの研究で成果を出しており、個人的な資産も相当なものだ。故に、誰もが遠慮がちな態度をとってしまう。そういった事情を知っている莉瑠りるにとって、姉と対等───否、弄り倒して遊んでいる異世界方面軍の存在は、素直に有り難かった。


(漸く莉々愛りりあにも友達が……ちょっと感動だなぁ)


 自分の弟が生暖かい視線を向けていることにも気づかず、莉々愛りりあはずんずんと進んでゆく。気恥ずかしさからか、顔を見られないよう隊列の一番前で。そんな彼女が考えていることなど、莉瑠りるには全てお見通しだったが。


(とりあえず最高級の納豆を用意しておけばいいのかしら……? ウインナーは何を……こういう時、高すぎるものだと逆に良くないんだったかしら……ああもう!)


(アレは絶対何送るかで悩んでるな。だから配信アーカイブ見ときなって言ったのに……市販のやつで良いんだよ。暴燻とかアデノパイブルンとかで良いんだよ……)


 ダンジョン内にあって、しかしまるでそうとは思えないような。そんな呑気な道中であった。コメント欄では視聴者からのアドバイスも飛んでいたが、既にいっぱいいっぱいの莉々愛りりあがそれに気づくことはなかった。




 * * *




 一方地上では、みぎわとオルガンの二人が昼食をとっていた。みぎわには『魔力振伝播ソナー』を使用するという仕事もあったが、まだ目的の魔物が現れる階層ではない。更にはメインの配信補助を『茨の城』スタッフが行ってくれている為、二人はすっかり暇を持て余しているのだ。


「むっ」


「お? どうかしたッスか?」


「なにやら良い納豆の気配がする」


「いや全然意味分かんねーッス。あ、これ美味しいッスよ」


「む、どれどれ……」


 厳かな顔でそう呟くと、みぎわが勧めてきた生姜焼き定食へ、ねろねろと納豆を投入するオルガン。


「おぉーい!? うちの生姜焼きに何してんだコラァ!」


「む……うまい」


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