第209話 アーデルカート

「ふっ!」 


 白刃が踊り、艷やかな黒髪が舞う。その度に魔物が地へ沈み、物言わぬ素材へと変わってゆく。アーデルブートキャンプの成果とでもいうべきか、一月と少しという僅かな時間で、月姫かぐやの戦闘力は格段に上昇していた。


「はっ!」


 無論、魔力操作など行ってはいない。ただ純粋な剣技のみで、彼女は魔物共を圧倒している。元より才能の塊であった月姫かぐやだ。師であるアーデルハイトの剣技とは比べるべくもないが、しかしその剣の内には、確かに師の教えが活きていた。


「我が刃の錆となれ!」


 以前にアーデルハイトから注意を受けた足運びも、今ではすっかり一端のもの。攻撃から次の攻撃へ。以前のように無理な体勢から攻撃を放つようなことはなく、流麗とまでは言わずとも、隙のない見事な体捌きであった。流石にアーデルハイトから見込まれただけのことはある、と言うべきだろうか。覚えの早さという点で、彼女以上の者はそう居ないだろう。


 彼女が現在相手をしているのは、白亀なばきと呼ばれる亀系の魔物である。本来尻尾が生えている筈の部位からは、にょきりと長い蛇の頭が覗いている。今回の標的でもある霊亀れいきと違い、大きさは精々1メートル程とリクガメ程度。とはいえ、やはり魔物は魔物。見た目は亀でありながら、その動きはひどく素早い。


 走り、跳ね、転がる。果ては甲羅に隠れた状態から、蛇になっている尾の部分を使い短距離ながら飛行突進まで行う。甲羅の縁部分が刃状になっており、甘く見ると手痛い傷を負うことになる相手だ。とはいえ、今の月姫かぐやの敵ではない。驚くほど精密な刀捌きで、甲羅の隙間をするすると切り捨ててゆく。


 更には臀部から生えた蛇に対抗心を燃やしてか、月姫かぐやの右肩には毒島さんが乗っている。月姫かぐやが一体を斬り捨てている間に、毒島さんが別の白亀なばきを絡め取る。そうして毒島さんが自由を奪った相手を、月姫かぐやが順に刈り取ってゆく。肉と毒島さんの連携ほどではないが、即席にしては見事な連携であった。


「あの恥ずかしい掛け声さえなければ、より良かったのですけれど」


「私も詳しくはありませんが、病に侵された者はああいったセリフを言わずには居られないらしいですよ。まぁ、彼女の場合はファッションだった訳ですが」


 家に遊びに来た時や、カメラが回っていないところでは普通なのに。いざ配信となれば、やはりキャラ付けは大事らしい。所属しているパーティの方針もあるだろうが、よくもまぁ上手く使い分けるものである。ともあれそういった部分を除けば、月姫かぐやの成長具合にはアーデルハイトもそこそこ満足している。だからこそこうして先陣を任せ、彼女の好きにさせているのだから。


「私でも動きが見えない時があるわ。前はそんなに差を感じなかったけど、今はちょっと勝てそうにないわね……アンタ達、一体あの子に何を教えたワケ?」


「秘密ですわー」


「ぬっ……まぁ、そりゃあそうでしょうけど!」


 秘密も何も、アーデルブートキャンプの様子は何度か配信されている。異世界方面軍の配信を見ているわけではない莉々愛りりあには分からない事かも知れないが、ヘビーリスナーの莉瑠りるはその大凡を把握していた。故に思う。『並大抵の者では、あの特訓を耐えきれないだろう』と。


「アーさん達のアーカイブ、やっぱり見といた方がいいんじゃないの?」


「うっさいわね! 分かってるわよ! そのうち見るわよ!」


 張り切って戦う月姫かぐやの背中を眺め、そんな雑談を交わす四人。パーティメンバーとの連携など何処にもない。異世界方面軍にとっては普段通りだが、しかし一般的なダンジョン探索とは確実に異なる光景だった。当然、そんな異様な光景に茨の城ファン達も困惑していた。


:なんこの探索

:俺の知ってる探索と違う

:連携とはなんだったのか

:なんなら世間話してるの草

:どうやらイバラーにもバレてしまったようだな……

:ちゃんと連携してるだろ! いい加減にしろ!(毒島並感

:おっ、異世界は始めてか?

:隙あらば古参マウントだもの


 一方で、異世界方面軍のファン達はすっかり訓練済みである。そも、異世界方面軍ではアーデルハイトによるソロ探索がデフォルトなのだ。クリスが参戦する場合もあるが、それは極々稀な事。そんな異世界産のパワープレイに慣れた彼らからすれば、むしろ今の光景こそが普通であった。唯一いつもと違う部分があるとすれば、肉が退屈そうにしていることくらいだろうか。


 そうこうしている内に、魔物の一団を殲滅し終えた月姫かぐやが戻ってきていた。その両脇に、丁度いいサイズの甲羅を抱えて。


「師匠! 亀の甲羅をゲットしました!」


「お疲れ様ですわ。ところでコレ、ちゃんと売れますの?」


「勿論売れるわよ? 安いけど」


 白亀の甲羅は安い。これは茨城ダンジョンに潜るものなら誰でも知っていることだ。亀の素材と言われれば、誰もが防具への流用を考えることだろう。しかしこの魔物の甲羅はそれほど頑丈ではなく、その割には加工が難しい。そういった理由から、協会では高値での買取を行っていないのだ。


「仕方ありませんわね……折角ですし、投げて遊びますわ」


「……何言ってんのアンタ」


 とはいえ、一筋縄ではいかないのが異世界方面軍である。折角月姫かぐやが拾ってきたアイテムだ。価値が低いというのであれば、その場で使えばいいだけのこと。霊亀の素材以外に興味のないアーデルハイトは、何時ぞやの蟹よろしく投擲武器として使用するつもりらしい。


 そんな彼女の言葉が聞こえたわけでもあるまいに、一行の進む先に、都合よく一体のカトブレパスが姿を見せた。先程莉々愛りりあが『レーヴァテイン』で仕留めてみせた魔物と同種である。『コイツは何を言っているんだ』とでも言いたげに、じっとりと呆れるような視線を向ける莉々愛りりあ。そんな彼女を他所に、アーデルハイトは白亀の甲羅を月姫かぐやから受け取った。荷台の上に立ち、軽く足を開き、身体全体を引き絞るようにゆっくりと振りかぶる。


 瞬間、アーデルハイトの右腕がブレて消えた。


「ふんッ!!」


 弾の大きさ故に、辛うじて肉眼で捉えることは出来る。だがそれも、何かの影が視界の端を僅かに過ったという程度。音を置き去りにしたそれは、レーヴァテインの弾丸も斯くや、といった凄まじい速度でカトブレパスへと迫る。刹那、けたたましい轟音と共に、カトブレパスが爆散した。


:ん?

:は?

:え?

:初見組が困惑してて草

:実家のような安心感

:こういうのでいいんだよ

:ほう……どこかで見たような光景ですね

:カートの上から亀投げるのやめろw

:アーデルカートかな?


 大凡100メートル先。もうもうと砂煙を上げる着弾地点を、アーデルハイトが覗き込む。放った甲羅は見事、目標を倒すことに───否、跡形もなく消し飛ばすことに成功していた。


「やりましたわー!! 蟹さんよりも投げやすいですわー!」


「……」


「あら、淫ピー? どうしまして?」


「……私の苦労はなんだったのよ!! 一発800万なのよ!?」


 自らの新武器より余程凄まじい戦果を前に、ぎゃあぎゃあと喚き始める莉々愛りりあ。長い時間と莫大な資金を費やした研究が、異世界から来た怪しい女の腕力に負けたのだ。アーデルハイトに非がある訳では無いが、莉々愛りりあの悲しみは推して知るべしであった。

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