第198話 ただ淫猥なだけ

 月姫かぐやの鍛え直しを始めてから暫く。今日も今日とて、月姫かぐやはオルガンとみぎわからバシバシと叩かれている。身体を動かすことに無類のセンスを発揮する彼女だが、魔力の操作に関してはいまひとつセンスがない様子であった。徐々に進歩はしているものの、戦闘中に活かせるようになるには、もう少し時間がかかりそうである。


 そんな月姫かぐやの訓練を二人に任せ、アーデルハイトとクリスの二人は『Luminousルミナス』へと足を運んでいた。魔物素材を使用したインナーの試作品が完成したので、是非見に来て欲しい。クロエからそう連絡があったのだ。


 自分達が渡した素材がどんなものになったのか、アーデルハイト達としても非常に興味があった為、クロエの申し出を二つ返事で承諾した。


 現代の兵士達が鎧などを着ることが無いように、そもそも探索者は防具に重きを置いていない。単純に効果が薄いことや、機動性を重視しているというのが理由だが、それ以上にコスト面の問題があった。


 近頃話題の探索者という職業だが、探索自体でちゃんと稼げている者はそれほど多くない。その殆どが、得た収入をそのまま次の準備に吐き出してしまっており、収支で言えばトントンといったところなのだ。配信業でも成功している者はその限りではないが、それも限られた上澄みでしかない。


 そうである以上、防具よりも武器に資金を費やしがちなのは、ある意味では仕方がないことなのかもしれない。そんな探索者業界に一石を投じようというのが、Luminousルミナスのインナーである。命を守るだけの最低限の防御力を持たせ、かつ安価で販売出来るように。そんな理想の元に始まったのが、この計画である。その出来如何では、もしかしたら探索者業界に革命が起こるかもしれないのだ。


 そもそもあちらの世界に於いては、防具にコストを費やすのは当然のことであった。似ているようでどこか異なる、あちらとこちらのダンジョン事情。その差異と言えるだろう。

 

 今のところアーデルハイト達は必要としていない───聖鎧がある以上、この先も必要ないかもしれないが───が、もしかすると後々、この装備が必要になるかもしれない。そんな装備を開発中の橘兄妹に協力している身としては、試作品が出来たとあらば、見に行かずにはいられないというわけだ。


「ごきげんアーデルハイト、ですわー!」


 実は気に入り始めているのだろうか。配信時に行っている怪しい挨拶と共に、アーデルハイトが店の扉を勢いよく開く。そうして店内を見回せば、そこには数人の客の姿があった。そしてその奥には、丁度接客をしているクロエの姿が。


「どうやら、少し間が悪かったようですね」


「ですわね。急ぎでもありませんし、少し店内を見ておきますわ」


 店員が少ないのは、ネットが主な販路であるLuminousの弱点といえるだろう。無論他の店員も居るには居るが、折り悪く今はクロエ一人だけだったらしい。申し訳無さそうにこちらへと視線を送りつつ、『少し待ってくれ』と手振りで伝えるクロエ。それに応えるように、ひらひらと手を振りながら店内を見て回るアーデルハイト。以前に来た時はゆっくりと見ることも出来なかった為、ある意味ではいい機会であった。


 前述の通り、Luminousの主な販路はネット上である。故に、店舗こそ構えてはいるものの、ここにあるのはそのどれもが一点モノの最高級品ばかりだ。


「ちょっとクリス! この破廉恥衣装は一体いつ着るものですの……?」


 アーデルハイトが若干興奮した様子で、一つの衣装を指さした。そこにはトルソーに着せられた真っ赤な衣装があった。一見すればドレスのようだが、しかしどうみても布が足りない。背部が大胆に割れている、といったレベルではない。両サイドが見事にガラ空きである。もしもみぎわはこの場にいれば『SBサイドバックがオーバーラップし放題ッスね』などと言っていたことだろう。


「何かの衣装だと思いますよ。私達がコミバケで着たのもそうでしたけど、Luminousはそっち方面でも有名なお店ですからね」


「それにしたって、これは流石に……」


「もしお嬢様が着れば、いろいろなものがボロンしそうですよね」


「誰が着ても同じですわよ!?」


 などと言いながら二人が次に見つけたものは、これぞまさにドレスといったような、正統派の衣装であった。輝くような純白に、各部に散りばめられた細かな意匠。

 それだけを見れば、誰もが一度は憧れるウェディングドレスのようで。だが、しかし───。


「どうしてこんなに丈が短いんですの?」


「……短いほうが可愛いから、では?」


「これは可愛いというより、ただ淫猥なだけではなくて?」


「……白いからセーフです」


「色の問題ですの……?」


 アーデルハイトの素朴な疑問に、クリスはそう答えることしか出来ない。全てがそうだというわけではないが、コスプレ系の衣装とは基本的に、得てして各部が短いものである。


 そうして二人が店内を回っていると、奥からバタバタと駆け寄ってくるクロエの姿が見えた。どうやら客対応が終わったらしい。


「すみません、遅くなりました!」


「いえ、お気になさらず。色々と見させて頂いてましたので」


「中々に楽しめましたわ」


「それなら良かったです。それでは、地下のアトリエへどうぞ」


 そう言って二人を引き連れ、クロエはアトリエへと向かう。以前に着た時もそうであったように、アトリエは相変わらずの散らかり様であった。そこではクロエの兄でありLuminousのデザイナーでもある、橘一颯いぶきが二人の到着を待っていた。


「やぁやぁ! 二人共、良く来てくれたね!! それにしても、相変わらずビジュアルがヤバいねぇ!!」


「貴方の方こそ、相変わらずお元気そうで───」


「ああいや、そんなことはどうでもよかったね! まずは見てくれ、それが一番手っ取り早い。ほら、これが例の試作品さ!!」


「相変わらず、人の話を聞かない方ですわー……」


 矢継ぎ早に、かつやたらと高いテンションで捲し立てる一颯いぶき。以前と何一つ変わらない、そんな一颯いぶきの様子に呆れつつ、アーデルハイトは差し出された試作品とやらを手に取った。綺麗に折りたたまれていたそれを、アーデルハイトが広げてみせる。そうしてしげしげと試作品を見つめ、クリスと二人、声を揃えてこう言った。


「え───ダサっ!!!」

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