第199話 わたしが保証する
「というわけで、これがその試作品だそうですわ」
アーデルハイトが自らの胸の前で、件の試作品とやらを広げてみせる。それはごくシンプルな、長袖Tシャツのような見た目をしていた。
「へぇー……あれ? そんな言うほどダサくないッスよね?」
「ふむり」
「最初に出されたのは、どうやら彼の普段着だったそうですわ」
「間違いでよかったですね……白一色の全身タイツですよ? あれでは協会の既製品より酷いくらいです。誰も着ませんよ」
二人が声を揃えて『ダサい』と称したのは、
「ある程度の耐久テストは既に行っているそうですが、実戦での試験がまだ行えていないそうです。ただ、そこらの探索者に『実際に着て魔物に殴られてこい』とは頼めない為、こうして我々にお鉢が回ってきたというわけです」
「成程……え、お嬢かクリスがコレを着て、実際に試して来るんスか?」
フィジカルお化けのアーデルハイトやクリスであれば、確かに魔物に小突かれた程度ではびくともしないだろう。しかし逆に、そこらの魔物程度ではダメージを受けない二人では、試用に向いていないのではないか。
「絶対にお断りですわ!! こんなシャツ一枚でダンジョンを練り歩くだなんて、高貴なわたくしがしていい行為ではありませんわよ!?」
「じゃあなんで引き受けたんスか……」
じっとりとした呆れの目を向ける
アーデルハイトに至ってはジャージか、或いは聖鎧を装備する。前者はクリスと同じ理由で。後者は、その上等すぎる性能のおかげで。いずれにせよ、実戦テストとしては両者共、明らかに不向きであった。
「え、まさかウチが着るんスか!?」
「違いますわよ……誰かテストを手伝ってくれる方が居ないか、知り合いを当たって欲しいそうですわ」
「あ、そういう事ッスか。じゃあ
そう言って
「あの子も普段、防具なんて殆ど装備していませんし。というか、わたくしが引き受けたのはもっと他の理由ですわ。そもそもウチには───あら?」
何かを言いかけたアーデルハイトが、先程まで手元にあった試作品を見失う。そうして視線を下げてみれば、アーデルハイトの手から試作品を奪ったオルガンが、何やら興味深そうに白いシャツを眺めていた。
「何か気になりますの?」
「ふむり。なかなか侮れない技術力だな、と」
「あら。そういえば貴女、魔物素材の加工は得意でしたわね」
そういえばも何も、魔物素材の加工はオルガンの専門分野と言っていい。近頃は納豆に狂った姿しか見ていなかった所為か、アーデルハイトはすっかりそのことを忘れていた。
「貴女が褒めるということは、もしかしてこのシャツは見た目よりも凄いんですの?」
「ふむり……いい? 魔物素材の加工は、大きく分けてみっつの方法がある」
そんな何気ないアーデルハイトの問い掛けに、技術屋のオルガンが待ってましたと言わんばかりに説明を始める。普段は口数が少ないくせに、一度語りだすとやたら話が長いのは彼女の悪癖でもあった。
オルガン曰く、あちらの世界に於ける魔物素材の加工法には、3つの方法があるらしい。
一つ、そのまま使用する。
特にこれといった手を加えることなく、多少形を整えたりする程度といった方法だ。これは主に、強固な外殻を持つ魔物の素材を加工する際、多く使用される手法らしい。例えば、鎧や兜といった防具がそうだ。利点はやはり、魔物の強固な外殻をそのまま防御に転用出来る点だろう。欠点は、少々動きづらくなる事だろうか。故に、機動力をそこまで必要としない盾役、または戦士用の装備で使用されることが多い。
二つ、打ち直す。
これは武器などを作成する際に多く採られる手法である。高温で熱して変形させたり、金槌で叩いて鍛えたり、或いは魔法によって変質させたり。恐らく現代人にとって、最もイメージがしやすいのはこの方法ではないだろうか。
三つ、分解する。
これは主に外套やアクセサリーなど、素材の持つ特殊な性質のみを利用したい時に採られる手法だ。オルガンの専門分野がまさにこれである。錬金魔法等により、素材の特性のみを抽出。そうして取り出したそれらを、布や宝石などの異なる素材に付与する。現代風にいうなら、属性防御や異常耐性装備を作る際の加工法、と言えば伝わりやすいだろうか。
素材によって向き不向きがあるが、あちらの世界の装備は概ね、これらの方法によって作られているとのことであった。そして今目の前にあるこの試作品は、魔物の素材を細かな繊維状に加工し、それを布状に織り込んで作られている、とのことらしい。
「これは、今説明したどれにも当てはまらない。強いて言うなら、打ち直しと分解の丁度中間くらいの加工法。あちらの世界にも無いことはないけど、かなり腕のある職人でないと作れない」
そうして一通りの説明を終え、オルガンは喋り疲れたのか、椅子に座り直してお茶を啜る。
「あら、では凄い事ではありませんの。見かけによらず、ただの白Tではありませんのね」
「うむり。この間の……そう、シンカンセン? もそうだったけど、こちらの技術力は凄い。魔法も無しによくやると褒めてもいい」
「なんだか妙に偉そうですわ……それで、結局何が言いたいんですの?」
「低級の魔物程度であれば問題なく機能する。わたしが保証する」
オルガンが椅子の上、無い胸を張って偉そうにふんぞり返る。どうやら橘兄妹の開発計画は、異世界出身の賢者からも一定の評価を得た様子である。オルガンのお墨付きが出たということは極論、誰にテストを頼んでも問題ないということだ。相手の攻撃を防具部分で受ける事が出来る者であれば、それこそ新人でも構わない。
「まぁその、誰かに頼む必要はないんですけどね」
「む……? いや、それは───」
頼む相手の選択肢がぐっと広がったところで、しかし、その必要はないとクリスが言う。一体何のことを言っているのか最初は分からなかったオルガンだが、しかしすぐにクリスが言わんとしていることを察し、そして否定しようとするも───既に遅かった。
「そうですわ!! だってウチには、丁度いいのが二匹居りますもの!!」
アーデルハイトが声を上げ、そうして下方へと手を差し向ける。そこには床に置きっぱなしとなっていた試作品のシャツと、その上で楽しそうにバリバリと前足を動かす肉の姿。そして肉の尻に噛みつき、びたんびたんと上下に揺れる毒島さんの姿があった。
「は……早くも穴だらけですわーーー!?」
アーデルハイトが大急ぎで試作品を取り上げようとするも、肉はシャツを咥えて逃走。そそくさとバルコニーの方へと走り去ってしまう。二匹を追いかけるアーデルハイトの背中を眺めながら、オルガンは呆れたように小さく息を吐き出した。
「……だから低級の魔物なら、と言ったのに」
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