第200話 ついにバレましたのね

 Luminous製の新型インナー。その試作品を作る為に、数々の試行錯誤が繰り返された。そうして漸く形となったそれは現在、見るも無惨な姿となってカメラの前に鎮座していた。


 勿論、橘兄妹にはその日の内に謝罪をした。顛末を聞いたクロエと一颯の二人はゲラゲラと大笑いし、まるで気にした様子もなかった。それどころか『上位の魔物が相手では、何の役にも立たないことがよく分かった』などと言ってのけ、次なる試作に意欲を燃やす程であった。


 そこで橘兄妹から、アーデルハイト達へと新たな指名依頼が出された。曰く、『外殻の硬さで有名な、とある魔物』の素材が欲しい、と。以前にアーデルハイト達が提供した白蛇の鱗であれば、さらなる防御力を得ることも可能だろう。だがインナー製作自体がまだまだ試験段階の今、希少な素材である白蛇の鱗は使えない。故に、まずはその代替となりそうな素材で試したい、とのことである。


 唯一の試作品を駄目にしてしまった以上、流石のアーデルハイトも責任を感じて『お断りですわ』が出来なかった。そうして橘兄妹の依頼を引き受け、今後の活動予定として組み込まれたというわけだ。


「というわけでして、近いうちにまた茨城へ行きますわ」


 アーデルハイトがカメラの前に座り、おしおきをするかのように肉の顔を捏ね回す。本能的な恐怖を覚えているのか、肉はされるがままである。巨獣ベヒモスとしての、かつての姿はどこへやら。すっかり悪戯好きのペット扱いとなっていた。


 :草

 :もうただの犬猫やんけw

 :オルたそのお墨付きは低級までだったか……

 :今はこんなんでも、当時は滅茶苦茶強かったもんなぁ

 :現在は専ら投げ物として活躍中です

 :魔物ならなんでも良いと思ったアデ公の落ち度

 :こんなマスコット顔でも俺等じゃ倒せないんやろなぁ……


「働かざる者食うべからず。この子には自分で責任を取って頂きますわ」


 :当たり前だよなぁ?

 :ちゃんと躾けてもらって

 :茨城で硬い魔物っていうと、霊亀かな?

 :あの放置安定で有名な奴ね

 :別に襲いかかってくるワケでもないしな

 :でも面倒臭くて誰も相手しないから、素材は希少なんよな

 :だからこその指名依頼ってことか


 特に狙いまでは伝えていなかったが、しかし流石は歴戦の配信視聴者だ。茨城ダンジョンに向かうと聞いただけで、すぐにそのターゲットに辿り着いてしまう。彼等の中には現役の探索者も居るということを考えれば、ほぼ素人のアーデルハイトなどより余程、ダンジョン情報に詳しいと言えるだろう。


 霊亀とは、古代中国に伝わる亀の怪物である。伝説上ではその背に巨大な山を背負っているとされているが、魔物の霊亀は流石にそこまでではない。


 現代における魔物の名称は、神話や伝説等に出てくるモンスターに因み、協会によってつけられる場合が殆どだ。霊亀もその例に漏れず、『巨大な亀』という特徴からそう名付けられたに過ぎない。亀といえば、かの有名な『玄武』などが真っ先に挙がりそうなものだが───そのあたりは協会のネーミング担当のセンス次第である。


 呼び方はともかく、霊亀は魔物としての危険度は低く設定されている。皮膚から甲羅に至るまで、その堅牢さはかなりのものであるが、しかし基本的に襲いかかってくることはなく、こちらから攻撃しなければ大人しいからだ。


 そんな霊亀ではあるが、素材が出回ることは珍しい。視聴者の話にもあったように、どこを殴ってもやたらと硬いおかげで、倒すのがひたすら面倒なのだ。故に誰も相手にせず、素材が協会へ持ち込まれることもない。


「そうそう! 丁度いいですし、今回は月姫かぐやも連れて行こうかと思っておりますの。攻略目的でもありませんし、特訓の続きですわね」


 :すっかり舎弟が板についてて草

 :他パーティなのに好き放題連れ回されるの草

 :しっかり異世界殺法学んでもらって

 :実際、前回の軽井沢の時は凄かったよね

 :元々強かったけど、アデ公に師事するようになってからの伸びはすげーわ

 :アデ公には見どころある探索者をどんどんシゴいて頂きたい

 :ん? 下ネタかな?

 :とりあえず服脱ぎました

 :心が穢れきってて草


 アーデルハイトの弟子となってから暫く。すっかり視聴者達にも受け入れられ、半ば『†漆黒†』と兼部のような形で異世界方面軍に入り浸っている月姫かぐや。彼女の魔力操作特訓もまた、一段階上のレベルへと進む予定であった。


 補助魔法を望んだみぎわとは異なり、月姫かぐやには近接戦闘に於ける魔力運用を仕込まなければならない。故にどうしても実地での練習が必要であり、スパルタ気味の指導にならざるを得ないのだ。そうでなくとも、アーデルブートキャンプはスパルタ気味なのだが。


「訓練を開始してからもう一ヶ月は経ちますもの。今回で仕上がるとは思っておりませんけど……そろそろ、ある程度はモノにして頂かなければ困りますわ」


 :居ないところでハードルを5mくらいまで上げられたカグー

 :てか、モノになったらこの世界で二人目の魔法習得者なのでは?

 :なんかヌルっと特訓始まったから実感なかったけど、そういえばそうよね

 :何故かミギーのときよりは落ち着いた気持ちで居られる

 :伊豆でクリスのガチ魔法みちゃったし……

 :アデ公には見どころある探索者をどんどんシゴいて頂きたい

 :ん? 下ネタかな?

 :とりあえず服脱ぎました

 :心が穢れきってるんだよなぁ……


 そうして暫くの雑談を行いつつ、今後の大まかな予定を伝えたところで配信は終了。たっぷり揉み込まれて柔らかくなった肉をソファへ投げ捨て、アーデルハイトは配信部屋を後にする。そうしてリビングへ出たところで、丁度パソコンの画面を見ているオルガンの姿を発見した。


「ん、終わった?」


「ええ。今回はただの雑談配信ですし、それほど長く枠もとっていませんでしたから。ところでオルガン、貴女何を見ていますの?」


「ん」


 アーデルハイトの問い掛けに、オルガンはむっつりとした表情でディスプレイを指差す。そこにはとあるネットニュースの記事が表示されており、見覚えのある支部の写真が掲載されていた。そしてそのネットニュースの見出しには、大きな文字でこう書かれていた。


 ───いつの間に? 何者かの手により、軽井沢ダンジョン制覇!!


「あら……ついにバレましたのねー……」



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