200回記念SS 前編
伊豆ダンジョンを攻略した、その翌日のこと。一行がホテル内のレストランで朝食をとっていた時、
「いやいやいや!! 海行きましょうよ!!」
比較的近場であるとはいえ、折角の伊豆である。伊豆といえば、水質ランクの高い綺麗な海水浴場が多いことで有名だ。勿論海だけではなく、それ以外にも多くの観光スポットが存在する。そんな観光地として名高い伊豆まで来ておいて、ただダンジョンを攻略し、そのまま帰宅するなどあまりにも勿体ない。
「こんな綺麗な海を前にして、何そのまま帰ろうとしてるんですか!!」
「あんなベタついた水、髪が痛みそうですもの」
「ウチ、こう見えてインドア派ッスから」
一般的な若者であれば、海を前にしてテンションが上がらないなどあり得ない。そう言いたげな
一方のアーデルハイトは、実際にはそこまで嫌というわけではなかった。だが貴族家に生まれた子女として、海で遊ぶなどという習慣は持ち合わせていない。何より、彼女にとって海や湖というものは、行軍の邪魔になる『障害物』でしかないのだ。遠征中に水浴びをする事こそあったが、しかし今はそのように差し迫った状況ではない。
「くッ……そういえばそうでした……この人達、根っからの変人でした……」
どうしても遊びに行きたいらしい
「どうなんですか、クリスさんは!?」
「……
「ッ!! でも……折角……」
「そんな私がまさか───お嬢様の水着を用意していないとでも?」
「や、やったァーーーッ!!!」
逆転勝利を収めた
「なっ……おのれ裏切り者めが! お嬢、裏切り者が現れたッスよ!」
「正直なところ、わたくしはどちらでもよくってよ。遊びに行くなら行くで構いませんわ」
「き、貴様ァーッ!」
賛成二、中立一、反対一。
異世界方面軍の本日の予定は、こうして決定したのであった。ちなみにこの時、東海林はまだ部屋でいびきをかいていた。その後、起床し四人と合流した彼は、荷物をどっさりと渡されることになるのであった。
* * *
夏本番というにはまだ少し早いが、それでもジリジリと照りつける日差し。伊豆ダンジョンも斯くや、といった様子の広大な砂浜は、カップルや家族連れなど、多くの海水浴客で賑わっていた。とはいえ、時期が時期だけにまだまだ混雑と言う程ではなく、遊ぶには絶好のコンディションだと言える。
そんな伊豆の海辺に、異世界からやってきた黒船───否、黄金船が姿を見せる。
「うぉ……」
「……はい好き」
「昨日帰んなくてよかった……ありがたや……」
「ちょっ、カナ!! 団長居るよ!! うん、海水浴場!! 早く来なって!!」
老若男女関係なく、誰もが視線を奪われてしまう。金の髪を海風に靡かせ、あれやこれやをゆさゆさと弾ませながら砂浜を歩く。ただ歩いているだけでありながら、しかしその所作には得も言われぬ気品があった。真っ白なビキニが眩しく、小脇に抱えた怪しい生き物も気にならない。その堂々とした歩みは、恥ずべき部分など一片も無いと言わんばかりだ。パレオの隙間からはすらりとした脚が見え隠れし、それがまたなんとも扇情的であった。
「ベタついてあまり好きではありませんでしたけど───存外、気持ちがいいですわね。とはいえ、この水着は少し下品な気もしますけれど」
「ぁぁぁぁぁーッ!! ナイスクリスッス!! ナイクリ! よくぞ白を選んだッ!! クリスは出来る子だと、ウチは信じてたッスよ!!」
アーデルハイトの登場に大喜びしているのは、先程までは乗り気でなかった
「実は前々から用意だけはしていましたからね。前回伊豆に来た時、視聴者達の嘆きが凄かったものですから」
出来る女クリスが、どこか得意げにそう語る。初めての伊豆ダンジョン探索の折、ダンジョン内が砂浜だというのに、普段通りの芋ジャージであったアーデルハイト。それを見たリスナー達から、怨嗟と悲しみの声が数え切れない程に上がっていた。それを受け、クリスは何時来るかわからないこういった場面に備えて、しっかりと水着を用意していたのだ。とはいえ配信を行っていない今、やはり視聴者達が見ることは叶わないのだが。
ちなみに、クリスもまた水着姿である。
アーデルハイト程ではないにしろ、そのスタイルは見事の一言に尽きる。基本的にはクール系の性格をしているクリスだが、意外にも可愛らしい系のビキニを着ている。普段は下ろしている髪を頭の後ろで纏め、ポニーテールにしていた。艶めかしいうなじに、靭やかでありながら抜群のスタイル。普段とは異なるそんな彼女の姿は、同性である
「師匠、凄く似合ってますよ! 綺麗です! っていうかいろいろ凄いです!」
「ありがとう存じますわ。
東海林の水着姿に関しては、必要がないので割愛。
もしもシーズン真っ只中であれば、それはもう多くの野次馬が集まって身動きが取れなくなっていたことだろう。ともあれ、こうして異世界方面軍とその他数名(+二匹)が、伊豆の海辺へと降り立ったのだった。ちなみに、暑さに弱い毒島さんはクーラーボックス内でお休みである。
* * *
「それで結局、海とは一体何をして遊ぶものですの?」
「さて……泳ぐ……のでしょうか?」
「ウチはスケッチで忙しいんで、東海林さんにはカメラを頼むッス」
「おぅ……なんか、昔家族で海に来た時を思い出すな……」
海水浴経験の無いアーデルハイトは、海での遊び方が分からない。限界オタクはパラソルの下で何やらスケッチを始めている。クリスも知識としては知っているが、しかし海で遊んだ経験はない。意気揚々と海に繰り出した異世界方面軍だったが、誰一人として海での作法を知らなかった。つまりこの場で海の作法を知っているのは、
「クク……烏滸言を! 身を焦がす陽光! 耳に響くは
仰々しい身振り手振りと共に、先程までは通常運転であった
「あ、
「みんなで遊べるからテンション上がっちゃったんスねぇ」
「まぁ、我々は海での遊び方を知りませんからね……ここは彼女に従いましょうか」
遊び方を知らない三人は、とりあえず黙って
「一体なんですのそれは!?」
「あー……ベタっちゃベタッスけど、確かに定番なんスかね?」
「成程。勿論私も知識としては知っていますが……この面子で、ゲームになるでしょうか……?」
三者三様の反応を見せる異世界方面軍の面々を他所に、
「クク……これは古来より伝わる闇の試技。名を『
「これは───恐ろしい遊戯ですわ……用意された道具を見ただけで、大体の内容が分かってしまいますもの……!」
「まぁ、多分予想してる通りの遊びッスよ」
「そして恐らく、予想している通りの結果になりますね」
手ぬぐいに木刀、そして数メートル先に設置された西瓜。これだけの情報が出揃えば、ルールを知らずともなんとなくの内容が把握出来てしまう。
そして
「クク……確かに!! でもまぁほら、こういうのは雰囲気が大事なんですよ。とりあえずやってみましょう。きっと楽しいですよ」
しかし
こうして異世界方面軍による海の定番遊び、その第一幕が始まった。
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