200回記念SS 後編

 目隠しをしたアーデルハイトが、砂浜で静かに佇んでいた。僅かに腰を落とし、木刀を脇構えで保持し、しかし気負うこと無くゆったりと。対するは西瓜を抱えたクリス。彼我の距離は凡そ18メートル程。こちらも特に気を張ったような様子はなく、巨大な西瓜をゆっくりと振りかぶる。


「一体何が始まるんです?」


「ウチらの知ってるスイカ割りじゃない───って事だけは確かッスね」


「シート敷いたのは何だったんだよ」


 月姫かぐやが西瓜割りの開催を宣言した直後のこと。意気揚々と前に歩み出たアーデルハイトは、『では早速わたくしが』などと言い出した。そうして瞬く間に出来上がったのが今の状況だ。少なくとも、月姫かぐやの知っているスイカ割りとは様子が異なっている。


「お嬢様、行きますよ」


「いつでも来なさいな」


 短く交わされる主従の会話。息を呑む見物客。僅かに緊迫した空気の中、クリスが美しいフォームで西瓜を投擲する。そう、西瓜だ。野球ボールでもあるまいに、大きさ、重さ、どれをとっても投げるのには向いていない。

 だがそんな一般的な尺度の中に、この二人は立っていない。凄まじい速度で放たれた西瓜が、砂浜の上を飛翔する。綺麗な回転のかかったそれは、狙い過たずにアーデルハイトの頭部へと迫った。明らかな故意死球である。


 瞬間、アーデルハイトの手が僅かに動く。よく注視していなければ気づかない程の、ほんの僅かな反応。瞬きほどの時間だったが、しかしアーデルハイトは既に木刀を振り終えていた。見物していた周囲の者達からは、まるでコマ送りのように見えたことだろう。


 それに遅れ、澄んだ風切り音がやってくる。巻き起こる風、舞い上がる砂、暴れる双丘。たとえ目隠しをされていようとも、自分に向かって飛んでくる物体を切り捨てる程度、アーデルハイトにとっては児戯にも等しい。木の棒でゴーレムを両断することに比べれば、木刀でスイカを切ることなど朝飯前である。


 いつの間にか綺麗に八等分されていた西瓜は、そのままアーデルハイトの後方へと流れてゆく。そして無惨にも砂浜に落下し、べしゃりと散らばり、待ち構えていた肉の腹へと収まってゆく。


 僅かな静寂の後、周囲の観客達は大いに湧いた。アーデルハイトの絶技に感動する者、とある部位の圧倒的な暴力に目を奪われる者、或いは、バリバリと砂ごとスイカを貪る怪しい生き物に、生暖かい目を向ける者。彼等の感情はそれぞれであったが、見世物としては上々の結果であった。


「と、まぁこんなものですわね」


「お見事です」


 どこか満足そうに語る主従であったが、遊びの提案者である月姫かぐやからすれば堪ったものではなかった。一体今、自分は何を見せられていたのか。大凡のルールは予想出来るなどと宣っていたのは、一体何だったのか、と。


「いやいやいや!! そういう遊びじゃないですからコレ!!」


『†漆黒†』として配信している際の言動こそ、少々イカレ気味な月姫かぐやだが、しかし実際の中身はかなり常識的な少女である。彼女はただ、ごく普通のスイカ割りをするつもりで提案したのだ。だがいざ始まってみれば、それはスイカ割り等ではない、ただの異世界エクストリームスポーツであった。


「っていうか、クリスは知ってて乗ったッスね、多分」


「つーか、スイカ全部食われてるじゃねぇかよ」


 こうして、一つしか用意していなかったスイカは消えて無くなり、月姫かぐやの提案した遊びも無かったことになった。




 * * *




 その後も月姫かぐやは、自らの知る様々な遊びを提案した。しかしそのどれもが、圧倒的な異世界パワーで怪しい競技へと改変されてゆく。


 中でも酷かったのはビーチバレーだ。使用するボールは風で流れる程度の軽いもので、これならばそう無茶なことは出来ないだろうと、月姫かぐやはそう考えていた。しかし実際に始めてみれば、それは月姫かぐやと東海林の耐久力テストへと変わっていた。アーデルハイトの放つ正確無比なスパイクは、凄まじい威力で以て月姫かぐやを海まで吹き飛ばす。その飛距離たるや、観客ですら若干引くレベルであった。


 クリスの硬軟織り交ぜた容赦のない攻めは、東海林を見事に翻弄し、彼の足腰へとダメージを与えた。そうして体勢が崩れたところへ、アーデルハイトのスパイクがトドメとばかりに襲いかかる。いつぞやの蟹よろしく、爆風と共に砂浜へと沈む東海林。それを目の当たりにした時、観客たちは皆、『団長と遊べて羨ましい』などといった甘い考えをすっかり捨て去っていた。日陰で見守っていたみぎわだけが、他人事のようにゲラゲラと笑っていたという。


 結局、ほんの数ラリーも続かずにこの殺人バレーは中止となった。余談だが、後にアーデルハイトとクリスの二人は、伊豆ダンジョンにてこの続きを行うことになる。とはいえ、それもただクリスの耐久力テストになってしまうのだけなのだが、それはまた別の話である。


 そうして様々な遊びを行っては中止を繰り返し、海の家で食事をとり───何故だか、どの店も死ぬほど負けてくれた───、気づいた頃には既に日が傾き始めていた。


「海というのも、なかなかどうして悪くありませんわね。 しっかりと継続すれば、良い訓練になりそうですわ! 騎士団の訓練メニューに加えるのも、悪くないかもしれませんわ」


「そうですね。確かに、ダンジョンとは違うスリルがありました」


 などと、微妙にズレた感想を交換する主従二人。流石の体力というべきか、長時間遊んだというのに、二人共が溌剌とした良い笑顔を見せている。一方、それに対峙していた月姫かぐやはすっかり疲労困憊といった様子であった。汗で髪が額に張り付き、大量にぶら下げていた中二アクセサリーはすっかりボロボロになっている。


「そろそろ日も暮れるんで帰るッスよー」


 みぎわから帰宅の合図がかかる。アーデルハイトとクリスの二人も、それに習って片付けを開始する。広げたシートを畳み、散らかしたボールを拾い、肉が無駄に掘り起こした砂浜を埋め、冷やし毒島さんを回収し。そうして荷物を整理し終えた頃には、辺りはすっかり夕暮れとなっていた。


 みぎわが車───普段使っているものではなく、本日レンタルした車だ───を回し、東海林が荷物を積み込んでゆく。それをぼんやりと眺めつつ、一日の締めくくりとして、アーデルハイトは月姫かぐやに問いかけた。


「それで? 今日はちゃんと楽しめましたの?」


そんな、どこか不安そうに尋ねるアーデルハイトへと、月姫かぐやはハッキリとこう答えた。


「はい!! とても楽しかったです!! 絶対、また来ましょう!」


先程までの疲労感は何処へやら。

夕日を背にそう答えた月姫かぐやの表情は、それはそれは満足そうな笑顔であったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る