第197話 角材系令嬢
「アーちゃん後ろー!」
ヘッドホンから聞こえる
「ふんぬ!!」
振り向きざまに、アーデルハイトの操作するキャラクターが手にした角材を一閃。見事に敵の頭部を捉えたそれは、たった一撃で相手のヘルスをゼロにしてしまう。情けなくも四つん這い状態と化した敵には一瞥もくれず、アーデルハイトは階段を駆け上がる。
:憤怒(殴打
:ウッソだろお前w
:ゲームでも、棒状のモノ持つとこれだもの
:これ一応シューティングなんですけど
:近接武器があるんだから仕方ないだろ!!
:近接武器しか拾えない、の間違いな
:威力だけは抜群だからな……
「わたくしだってゲーム内くらい、他の武器も使ってみたいですわ!!」
コメントを横目に、そう愚痴るアーデルハイト。数日前に行われた怪しげなボードゲームの敗北が、どうやら余程悔しかったのか。現在彼女は『ボードゲーム以外なら負けませんわ』などと称し、所謂FPSゲーの配信を行っていた。
彼女達が現在プレイしているのは、ゲーム配信者界隈で近頃大流行しているゲームだ。三人のプレイヤーがそれぞれキャラクターを選んでチームを組み、限られたエリアの中で最後の1チームになるまで戦うという、よくある『バトルロイヤル』形式のゲームである。
日頃のネットサーフィンによって、キーボードやマウスの操作は問題ない。だがしかし、そうは言ってもアーデルハイトは完全に初見プレイだ。故に、助っ人として経験者を呼んでいた。それが
本日はパーティの探索予定が無かったこともあり、
そうして経験者である三人から、手取り足取り教わること暫し。お試しにと始めた初回のプレイから、思わぬ不都合が発生していた。
このゲームはFPSというジャンルであり、つまりはシューティングだ。バトルロイヤル形式のゲームでは、基本的に最初は丸腰状態からスタートする。エリア内の至るところに銃器が落ちており、それを拾うところからゲームは始まる。この武器を拾う段階から、既に戦いは始まっていると言っていい。
当然、強力な武器が落ちている場所は競争率が高く、多くのプレイヤーが集まる激戦区となる。だがそうでなくとも、少なくとも拳銃くらいはそこら中に配置されているものなのだ。
しかしどういうわけか、アーデルハイトが降り立つ場所には、常に近接武器しか落ちていなかった。手斧やら角材やら、果てはナイフに鉄パイプ。凡そこういったバトルロイヤルゲームでは使用されることのない、『一応ありますよ』というだけの武器種である。
FPSというからには、当然ながら銃による遠距離戦が主軸となる。少なくとも、両手に角材を抱えて戦うプレイヤーなど居はしない。勿論彼女とて、別に縛りプレイがしたいという訳では無い。しかしどれだけ探せど、何故か発見するのは近接武器ばかりであった。
殆ど何かの呪いのようなその状況に、
このゲームにはキャラクター毎に異なる能力やスキルが設定されている。スナイパーライフルの扱いに長けた遠距離戦用キャラクターや、グレネードなどの投擲武器が得意なキャラクター等だ。そんな特徴的なキャラクターが多く存在する中で、ダントツのワースト使用率を誇るキャラクターが居た。
いかにも『私が侍ですよ』と言わんばかりの、髷を結ったオッサンキャラである。このキャラクターは、性能的にはシンプルだ。移動速度が早い代わりに、銃器を使用した際の威力と精度に特大のマイナス補正がかかる。そして近接武器を使用する時、その威力に大幅なプラス補正がかかる。つまりはお手本のような近接武器特化のキャラクターである。
だが前述の通り、これはシューティングゲームである。どれだけ威力が高かろうと、届かなければ意味がないのだ。そんな意味の分からないキャラクターを使うものなど誰も居らず、仲間に居れば地雷とさえ言われるキャラクター。それがこの「ケンシン」であった。
:マジでそいつ使うの?ww
:使ったことあるけどマジで意味分からんぞw
:良くてデコイ、大抵マスコット
:ゲームでも棒状の武器に愛されてるのホンマ草
:もうバグだろこれw
:まーた開拓地送りか
やはりというべきか、視聴者達の反応はこういったものばかりであった。ボードゲームの汚名返上どころか、恥の上塗りになるぞ、と。だが、そんな彼等の予想は大きく外れる事となる。
このゲームは、現実世界さながらのリアルな描写と、シビアな当たり判定をウリにしたゲームだ。つまり避けようと思えば、敵の銃弾を避けることが出来るのだ。とはいえ、それはリアルさを追求した結果生まれた副産物であり、そもそも銃弾を避ける為の機能ではない。理論上不可能ではないといった程度のものであり、当然ながら簡単に出来る芸当ではない。
が、それが反応速度お化けのアーデルハイトであれば話は別である。敵の姿がほんの少しでも見えれば、持ち前の移動速度で以てあっという間に射線を切ってしまう。果ては『当たりませんわー!』などと言いながら、緩急をつけた動きやジャンプを駆使して回避してしまうのだ。これには
何度かプレイする内に、その異次元の動きは徐々に洗練されてゆく。誰も見たことがないような謎の動きと反応速度で接近し、威力補正の掛かった角材で一撃必殺を決めてゆく。そんな怪しい『辻斬り侍』が誕生してしまっていた。
そうして今───。
「お嬢! 前の建物に最後の一人、入っていったッスよ!」
「承知ですわー!!」
スナイパーライフルを抱えて索敵を行っていた
足音もへったくれもない。当然ながら相手は侵入に気づき、有利な場所で待ち伏せを行う。アーデルハイトが建物内の扉を無警戒に開き、そうして待ち伏せを行っていた敵と、互いに目を合わせた瞬間だった。
マズルフラッシュの光と共に、アーデルハイトへと向けて散弾が放たれる。相手が使用しているショットガンは、屋内で無類の強さを誇る武器の一つだ。射程が短い代わりに、点ではなく面で攻撃することが出来るからだ。
が、当たらない。
相手がマウスをクリックした瞬間には、既にアーデルハイトは射線を切っていた。ショットガンは威力が高い代わりに連射が利かない。一発目を外したその隙は、角材を振るうのに十分過ぎるだけの時間があった。しかしアーデルハイトは室内に飛び込まず、扉を開けたり閉めたりして遊んでいた。その度、焦った相手が発砲しては、扉に遮られてを繰り返す。
「アーデルハイト・シュルツェ・フォン・エスターライヒが命じますわ!! あなたは……」
そうして相手がいよいよ弾を使い切り、リロードが必要になった瞬間。満を持して、怪しい侍が敵へと踊りかかった。
「お死に遊ばせっ!!」
* * *
「あーはっはっはっは!!! ぶふっ、あははは! ひー!」
「ちょっと!! 笑いすぎですわよ!」
アーデルハイトの眼前、ディスプレイ上には大きな文字で『VICTORY』と表示されていた。ヘッドホンの向こうからは、ゲラゲラと大喜びする
「こんなひどい試合初めて見たかも……」
「提案しといてなんだけど、ケンシン使ってコレは無いでしょ! いやー、笑った笑ったー!」
「あ、最後に倒した一人。結構有名なプレイヤーみたいッスよ」
呆れるような紫月の声と、未だ笑いの収まらない
:有名ゲーム配信者やな
:ランクもかなり高かった気がする
:ファッ!? 相手プレデターやんけ!
:最上位ランクで草
:ランカー相手に扉の開け閉めで煽り散らかしてたよなぁwww
:見に行ってみたら向こうの配信でもゲラゲラ笑ってたからセーフ
:切り抜き不可避
:ゲーム内で辻斬り侍と化した令嬢
どうやら最後の相手は有名なプレイヤーだったらしく、そちらの方の配信でも大盛り上がりであったらしい。こういったゲームでは、不意打ちによるジャイアントキリングはしばしば見られる展開だ。だが今回は、正面からの撃ち合い───アーデルハイトの武器は角材であったが───による勝利だ。褒められこそすれ、わざわざこちらの配信にまでやって来て、恨み言を言うような輩は居なかった。
「とにかく、これでわたくしの実力が証明されましたわね!!」
しかしアーデルハイトはといえば、そんなことなどどうでもよかったらしい。彼女にとって今回のゲームは、ボードゲームの雪辱を晴らす為のものだ。結果には満足しているらしく、ふんす、と鼻を鳴らしてドヤ顔を披露していた。
:いやぁ……?
:凄かったのは間違いないんだけど……なぁ?
:なーんか違うよなぁ?
:思ってたのとは違う
:角材系令嬢はちょっと……
:変化球過ぎて判断に困る
:滅茶苦茶笑ったけどなw
「どうしてですの!?」
異次元の反応速度と、怪しい動きにデタラメな戦術。正攻法とは言い難いその活躍に、視聴者達は首を傾げる。そんな彼等の反応が気に入らなかったのか、アーデルハイトはこの後も何度かゲームをプレイした。そしてその度、視聴者たちからは首を傾げられる事になるのであった。
余談だが、その日のSixでは『角材系令嬢』がトレンド入りを果たし、FPS界隈では小さな話題になったとか。
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