第196話 DX高貴注入棒

 異世界方面軍の四人が、テーブルの上の何かをじっと見つめていた。それぞれの手元には、色とりどりの紙幣。アーデルハイトがそっと手を伸ばし、勢いよくツマミを回す。カラカラと小気味の良い音が鳴り、そして───。


「やりましたわ!! 9ですわ! やっと大きな数字が出ましたわよ!!」


:だ……駄目だ、まだ笑うな……

:こらえるんだ……しかし……

:大きい数字が出て喜ぶのかわいい

:さっきから5以下ばっかりだったもんな……

:流れ変わったか?

:毎回ウッキウキで回すの草

:どうせロクなことにならんのにw

:まだ分からんだろ! いい加減にしろ!!


 そうしてアーデルハイトが駒を動かし、9つ先のマスへと進める。馬車を模した彼女の駒には、ピンク色のピンがぽつりと、ただ一本だけ突き立っていた。


「えーっと…………? い、いやぁぁぁぁぁぁー!!」


 アーデルハイトが頭を抱え、椅子ごと後ろにひっくり返る。オルガンの作成した防音用魔導具がなければ、天音ちゃんへの大きな迷惑となっていたことだろう。


 卒倒したアーデルハイトに代わり、クリスがマスに記載されていた文章を読み上げる。そこには視聴者達の予想通り、ろくでもないことが書かれていた。


「……『家が没落した。500,000グレアを失う』だそうです。お嬢様はもうお金がありませんので、約束手形追加です」


 特に理由のない不幸がアーデルハイトを襲う。ゲームが始まってからこちら、アーデルハイトには終始ツキが無かった。ルーレットは回せど回せど小さな数字ばかり。おかげで先に制圧されてしまった橋や砦では、チクチクと通行料を徴収されてしまう。加えて、止まるマスは不幸イベントばかり。所持金など、ゲームを始めて少しした辺りで既にすっからかんだった。そんな彼女の手元には現在、真っ赤な紙幣が山と積まれている。


:草

:大草原不可避

:どうせこんなオチだと思ったよ!!!

:公爵家令嬢が狙いすましたかのように没落するの草

:アデ公が止まる不幸マスだけ、理由すら書かれてないのホンマ草

:紙幣の数だけで言えばトップなんだよな

:全部真っ赤なやつだけどな……

:これ約束手形集めるゲームじゃねぇから!!


 他人の不幸は蜜の味、というわけではないが、しかしこうも不幸にばかり見舞われる姿を見せられれば、一周回ってコミカルですらある。当初『どうせアデ公の事だから、運もいいんだろ?』などと考えていた視聴者達も、これには笑いを禁じ得なかった。


「救いは!? 救いはありませんの!?」


「ない。くらえ」


「いやぁぁぁぁぁぁー!!」


 のろのろと起き上がり、テーブルに縋り付くアーデルハイト。しかし銀行役のオルガンから、どっさりと約束手形を押し付けられる。あまりにも無慈悲なその光景に、アーデルハイトが再度地面を転がりまわる。


「お嬢、運悪すぎないッスか? ここまで来るともう笑えるッスけど」


「本人性能が介在する余地のないゲームだと、お嬢様は何をやってもこんな感じですね……」


「格ゲーとかFPSは滅茶苦茶強いんスけどねぇ……」


 現在四人がプレイしているのは、某有名ボードゲームの異世界アレンジ版である。これは前回の海戦ゲームに続き、オルガンが作成したものだ。どことなくあちらの世界を思わせるようなイベントや文言が見受けられるものの、基本的なシステム面はほとんど丸パクリである。


 近頃は神戸や軽井沢などのダンジョン配信が多かった為、こうして息抜きを兼ねた枠を取っているというわけだ。


 異世界方面軍の配信で最も人気があるのは、勿論ダンジョン配信だ。だがそれに負けず劣らず、こうした通常枠も大いに人気があった。彼女達はビジュアル的にもキャラ的にも、他の配信チャンネルと比べて突出したものがある。そんな四人がわちゃわちゃとしている姿を見るのが好きだ、などという視聴者も多いのだ。


 そうしてアーデルハイトが床で気絶している間にも、ゲームは変わらず進んでゆく。最終的な優勝者はみぎわとなり、次いでクリス、オルガンの順であった。なお、アーデルハイトの駒はクリスの手によって、めでたく『開拓地』マスへと収容されていた。


「こんなクソゲー、もう二度とやりませんわよ!!」


「もしかしたら販売するかもしれないゲームを、貴族のお嬢様が大声でクソ呼ばわりしてるッスよ」


 アーデルハイトはクソ呼ばわりしているが、テストプレイを見ていた視聴者達からの反応は、概ね悪くなかった。それどころか、前回の海戦ゲームと合わせ、本格的な販売を望む声が多数だった。


:販売してくれよ!

:俺は欲しい

:俺も没落マス止まりたい

:全員が止まる筈の結婚マスすらくぐり抜けてるのマジで草

:なんでそうなるんだよww

:システムを超越して没落した

:みんなで買ってアデ公の没落ツアーしようぜ

:これも聖地巡礼になるのか……?


 コミックバケーションでグッズを購入出来なかった者達からの反応は、より顕著であった。彼等ファンからすれば、何でもいいから早く何か売ってくれ、といったところだろうか。


「ちなみに今は『DX高貴注入棒ノブレスオブリージュ』を開発中」


:いきなり興味深すぎる名前を出すな

:月姫がSixで呟いてたやつかw

:めっちゃ光りそう

:肉Tみたいな手軽なやつでいいんだよ!!

:アデ公の声で技名喋ってくれたら最高じゃね?

:普通に欲しくなるやつ開発するのやめろ!!

:それ、言うほど配信者が作るグッズか……?

:グッズ開発の方向性がおかしい

:だがそれがいい


 何を販売するのかまだまだ模索中の段階ではあるが、こうしてテスト配信を行いつつ、異世界方面軍のグッズ開発は順調(?)に進んでゆくのだった。余談だが、その日のSixでは『開拓地令嬢』がトレンド入りを果たし、ダンジョン配信界隈では小さな話題になったとか。

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