第303話 どうでもよろしいですわーっ

 クリスによるスパルタ指導の下、くるる茉日まひるの二人がやっとの思いで魔物を倒した後。まるで風呂上がりくらいの気楽さで、アーデルハイトとオルガンが戻ってきていた。


「お疲れさまですわー」


「うぇーい」


 彼女たちの背後、少し離れた海岸沿いには、無数のサメの残骸が転がっていた。既に黒い霧へと変化し始めているあたり、どうやら少し前に戦闘を終えていたらしい。自分たちが必死に一体を倒している間に、一体何体のサメを駆逐したのだろうか。もはや数えるのも億劫になる程の死体を前に、くるる達は改めて力の差を思い知らされていた。


「うん、いやまぁ今更だけどね!」


「なんていうか、もう生き物としてのレベルが違う気がするよね」


 遠い目をしながら海岸沿いを眺めて見れば、肉と毒島さんが一心不乱にサメを貪っていた。死体が完全に消えてしまう前に、出来るだけ食べておくつもりらしい。素材の回収はしなくてもよいのだろうか。くるるはそう思いつつも、しかし全身を襲う疲労感からか、敢えて口には出さなかった。少々勿体ない気もするが、今から回収するのは御免被りたいところであったから。


:いい汗かいた風で帰ってきたw

:海岸がスプラッタなのよ

:ワイプ芸やめろw

:っていうか倒しちゃってよかったんか……?

:これがホントに因幡式なら、サメの上を渡る的な話だけども

:こまけぇこたぁいいんだよ!


「あぁ、それなら大丈夫ですわ。実はわたくし、先ほどヒントらしきものを見つけておりましてよ」


 腰に手をあて、ばいんと胸を張り、ドヤ顔で海岸の方を指差すアーデルハイト。そこには確かに、積み上げられたサメの死体に紛れた、小さな石碑のようなものがあった。先程散策した時は見つからなかったあたり、どうやら魔物を倒すことで現れるギミックだったらしい。


「あれには『引き続き兎を追いかけろ』的なことが書いてありましてよ。つまり先程のサメは、ただの暇つぶしだったというわけですわね」


:暇つぶしというにはちょっと凶悪過ぎないか?

:パーティで戦えば一体くらいは……?

くるるちゃんらもいつものパーティならもうちょい楽だったかもだしな

:一体なら(一体とは言ってない

:なお死ぬほど湧く模様

:複数パーティで戦うことが前提な気がするんよ

:レイドギミック的なやつだったんかねぇ?


「詳しいことはわかりませんけど、とりあえずは兎さん待ちですわね。出てきたらお肉が反応するでしょうし、それまでは小休止ですわ」


 アンキレーを解除し、いつものジャージ姿へと戻るアーデルハイト。一体何処から取り出したのか、カロリーなおやつを齧り始める。探索開始から凡そ三時間、開幕からの全力疾走に加え、その直後には鮫型魔物との戦闘だ。くるる茉日まひるもそろそろ体力の限界が近く、休憩を取るには丁度良い時間であった。


 と、そこでクリスがひとつ、雑談がてらに話題を提供した。


「ところで、少し気になることがあるのですが」


「あら、なんですのクリス?」


「いえ、このギミック? についての話なのですが────果たしてこれは、正規ルートと呼べるものなのでしょうか?」


「んぅ? どういうことですの?」


「えっと、つまりですね────」


 現在アーデルハイト達が追い回している兎が、なんらかの意味を持っているのは間違いない。少なくとも彼女たちは、これがダンジョン攻略に繋がるギミックだと考えている。だがよくよく考えてみれば、クリスには少し違うように感じられたのだ。


 現状、この出雲ダンジョンにはふたつのルートが存在していることになる。ひとつは現在アーデルハイト達が行っている兎ルート。そしてもうひとつが、日替わりで階層主が変わるランダムルートだ。前者は、如何にも怪しいが前例のないルート。そして後者は、前例はあるが殆ど進展していないルートである。


 仮に兎を追い回すことが正規ルートだったとして、では『特定の魔物を倒せば二階層への道が開く』という前情報は一体何だったのか。もしこれが『出雲ダンジョンは一階層で攻略が止まっていた』のならば、兎ルートこそ正解の道だと言えただろう。

 だが先の展開が全くの未知である兎ルートとは異なり、ランダム魔物ルートには既にいくつかの実例があるのだ。実際に二階層へ足を踏み入れた探索者も、少ないながら一定数存在している。僅か二階層までとはいえ、ちゃんと攻略は進んでいるのだ。


 ルートはふたつ存在しているが、どちらが正しいのかが分からない。クリスの疑問とは、要約するとつまりそういう話であった。


「そう言えばそうですわね……」


「怪しさ具合でいえば、兎ルートの方が上な気がします。ですが、難易度的にはランダムルートの方が高い気がするんですよね」


:ん?

:いやぁ……?

:難易度的にも兎ルートの方が上じゃないっすかね???

:面倒さは間違いなく上だと思うけど、難易度で言うと……

:どれが当たりかは分からんけど、倒すこと自体はそんなに難しくないしな

:サメの方が楽(真顔

:あぶねぇ、常識人の皮を被ってるから忘れるところだったぜ……

:やっぱクリスも異世界側なんだよなぁ

:いいからちゃんと前を見て下さい(怒


 クリスの言い分は尤もだが、しかし視聴者たちの言う通り、彼女の感覚もまた微妙にズレている。というより、やはりあちらの世界が基準になっている節がある。そんな基準のズレが、余計に状況を混乱させていた。


「うーん……私からすれば、やっぱりこっちのルートが怪しいと思えちゃうなぁ」


「私もそう思います。兎を追いかけるだけの速度とスタミナ。サメの群れを退ける戦力。普通の探索者からすれば、明らかにこちらのほうが難しいです。ランダムルートの方は極端な話、運が良ければ一発でクリア出来ちゃいますから」


 この場で最もフラットな視点を持っているのは、やはりくるる茉日まひるの二人であろう。大抵の危険は『くしゃり』と轢き殺してしまう異世界方面軍だ。極論をいえば、『100』から見た『1』と『2』は殆ど同じなのだ。アーデルハイト達だけでは、この疑問に答えを出すことは出来なかっただろう。この意見を聞けただけでも、彼女たちを連れてきた意味があったというものである。


「そういうものですの?」


「そういうものですか?」


 なにしろ、主従揃ってこの有り様なのだから。

 とはいえ、だからどうだということもない。ここまで来た以上、最後までやることは変わらないのだから。


「まぁ、どちらでも構いませんわ。こちらのルートが間違いだった場合は日を改めて、山狩りと洒落込めば良いだけのことですもの」


「そうですね。そもそもただの雑談のつもりでしたし、あまり深くは考えないでおきましょう」


 そうして一行が考えをまとめたところで、なにやら肉が反応を見せた。鼻をふすふすと鳴らし、忙しなく周囲を見渡している。


「むむっ! お肉が反応していますわよ! オルガン! 荷車の準備を────」


「おう、さっさとのりな」


「グッドですわ!」


 いつの間にやら荷車へと乗り込んでいたオルガンが、むっつりとした顔でそう告げる。楽をすることにかけては、天才的な才能を発揮するエルフであった。そうして一行は荷車に乗り込み、兎の出現を待っていた時。海岸のはるか先、波打ち際のあたりに兎が姿を現した。


「出ましたわ!」


 当然、肉がそれを勢いよく追いかけ始める。やはり兎は逃げる。一行もまた、荷車の上で発車の衝撃に備えていた。しかし、いつまで経っても荷車は動かない。肉は既に走り出しているのに、だ。


「……?」


「ふむり……結ぶの忘れてた」


「な、なんて使えないエルフですの!?」


 そう言ってオルガンの顎をペチペチと叩くアーデルハイト。先程は褒めていたというのに、すっかり役立たず扱いである。


「いやいや、アーちゃんこれどーすんの!? もうお肉ちゃん行っちゃったよ!?」


「……もう! 仕方ありませんわね!!」


 言うが早いか、アーデルハイトが荷車の紐を握りしめた。そうしてそのまま、荷車を牽いて砂浜を駆け出す。凡そ公爵令嬢にあるまじき行為────あまりにも強引ドリブルであった。


:草

:大草原不可避

:草超えて森

:花咲いたわwww

:牽引系令嬢←New!

:あっ、これが人力車かぁ……

:肉が牽いてた時よりも早いの草なんよ


「わたくしだって、こんなことしたくありませんわよ!? ですがここで見失うわけにはいきませんもの! 過程や方法など……どうでもよろしいですわーっ!」


 こうして小休止は終わりを告げ、出雲ダンジョンの攻略は再開された。公爵家のご令嬢が荷車を牽いて走るという、少々はしたない光景と共に。

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