剣聖と拳聖編

第223話 ミカンが剥けました

 日本の秋は何処へ行ったのやら。暖房が必要な程ではないが、しかし外を出歩くには上着が必要な程度に冷える。日中でさえそうなのだ、朝晩ともなればすっかり冬の始まりを感じさせる。あと数日もすれば本格的な冬が訪れることだろう。そんな中、異世界方面軍のリビングには早くもコタツが設置されていた。前述の通り、まだ暖房器具を出していない家庭が殆どだというのに。


 これは偏に、アーデルハイトが寒さに弱い───というよりも、単純に苦手な所為であった。それを昔からよく知っていたクリスが、アーデルハイトの為に前もって準備してくれていたのだ。異世界の大陸北部に位置する帝国は、冬にもなれば外の気温が相当に下がる。そんな帝国の出身者としては、なんともらしくない弱点といえるだろう。


 帝国時代、冬になるとまるで猫のように暖炉の前から動かなかった彼女だ。コタツが設置されてから数日、アーデルハイトは当然のようにコタツに入り浸っていた。日本人でさえ、コタツの誘惑に抗うことは難しいと言われているのだ。コタツのない世界からやってきた、寒さに弱いアーデルハイト。彼女がコタツに取り込まれるのは当然の帰結だった。


「お嬢様、ミカンが剥けましたよ」


「わーい」


 もぞもぞとイモムシのように、コタツの中から這い出るアーデルハイト。クリスの剥いたミカンは一体何をどうすればそうなるのか、実に付着している白い筋───食べても害のない繊維束で、名をアルベドという───はおろか、その他の細かな繊維すらも取り除かれていた。まるで缶詰に入っているミカンような綺麗さである。魔法使用の疑いさえある程だ。


「いやいや、ミカンってそんな風に剥くもんじゃないッスよ」


 その様子を呆れるように眺めつつ、対面に座ったみぎわが一般的な状態のミカンを口にいれる。彼女の傍らには肉と毒島さんが待機しており、早くしろと言わんばかりに前足で催促していた。


 そして最後の一人、オルガンはといえば。やはり彼女もコタツの中であった。オルガンの場合はアーデルハイトと異なり、特別冬が苦手というわけではない。単に全ての環境に弱いだけだ。自然に生きるエルフにあるまじき性質だが、ひきこもりとしては妥当なのかもしれない。


 ここ数日はグッズ関連の告知や雑談配信、クロエとの打ち合わせや新規企業案件の折衝など、見えないところで忙しくしていた異世界方面軍───主にクリスだ───だったが、本日は配信の予定もなく、四人は久しぶりにのんびりとした休日を送っていた。


「来週は企業案件が一件に、伊豆支部からの呼び出し。Luminousでの新商品打ち合わせと、あとはグッズの販促イベントがあります。なかなか忙しくなって来ましたね」


「嬉しい悲鳴ってヤツっスかねー」


 ミカンを口に運びながら、とてもそうは思っていなさそうな調子でみぎわが同意する。近頃は好調な異世界方面軍だが、オルガンが増えたことによって稼がなければならない金額も増加している。ただ生活してゆくだけならば、或いは既に可能なのかもしれない。だが好きなことを好きなだけしてスローライフ、というにはまだまだ資金は足りないだろう。特にオルガンが好き放題した時の、資金の溶け具合は半端ではないだろうから。それに───。


「次に攻略するダンジョンも選ばなければなりませんわねー」


「うむり。封印石シールを集める。集めろ」


 そう、今はスローライフの他にも目標が出来てしまっている。あちらとこちらの世界をどうにかして繋ぎ、あの憎き聖女ビッチをボコボコにしなければならないのだ。月姫かぐやを鍛え直した事により、恐らくは『†漆黒†』もダンジョン攻略に手が届くだろう。レベッカ&ウーヴェの二人も、上手く誘導すれば封印石集めに使えるかもしれない。一体幾つ集めればいいのか分からない現状、手は多ければ多いほどいいのだから。


「神戸なら下見も終わってるし、あそこでいいんじゃないッスか?」


「どこでしたっけそれ……あぁ、グリフォンが居たところですわね。月姫かぐやの一件でドタバタした所為か、すっかり忘れておりましたわ」


 アーデルハイトがぼんやりと虚空を見つめながら、そういえばそうだった、とでも言わんばかりに記憶の引き出しを開ける。そんな彼女の言葉を聞いてか、ふとクリスが何かを思い出した。


「あ、グリフォンで思い出しました。そういえば我が軍宛に、とある探索者からDMが届いていたんです」


「あら、またコラボ依頼ですの? わたくし達も暫くは忙しいのではなくて?」


「コラボ依頼というよりは、どちらかというと『魅せる者アトラクティヴ』の時のDMが近いですね」


 近頃は随分とコラボ依頼のオファーも届くようになった異世界方面軍だ。その全てに応えていては、時間がいくらあっても足りない。故に知り合いからの連絡以外、丁重なお断り文で返していたのだが───クリス曰く、それらとは少し趣が違うとのこと。


「お嬢様がグリフォンを倒した動画を見て、甚く感心したそうでして。要約すると、一度会って話をしたいといった旨のDMでした」


「なーんか面倒事の匂いがするッスよ? 断らなかったんスか?」


「返事は保留中です」


 なお、この時点で既にアーデルハイトとオルガンは肉達と遊び始めており、クリスの話をまるで聞いていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る