第224話 ラーメン食いに行こうぜ
空港から出るなり、ノエルはエドワードと肩を組んでこう言った。
「うっし、ラーメン食いに行こうぜ!」
初めて日本に来たエドとは違い、どうやらノエルは何度か来日したことがあるらしい。その際に気に入った店でも見つけておいたのか、遠い異国の地だというのに彼の歩みには迷いがない。ノエルは当初の目的そっちのけで、がっちりとヘッドロックを決めたままエドを引きずり歩き始めた。
「待て、日本といえば寿司じゃないのか?」
「あ? あーあー出た出た素人がよ。俺も前に来た時、いいトコの寿司を食ったがな……いいかエド、ありゃ上品過ぎて俺達のジャンクな口には合わねぇ」
「そうなのか?」
「テメェ、自分の出身を考えろよ。世界一料理がマズイ国って言われてんだぞ」
ノエルはそう言うと、大きなため息と共にゆさゆさとエドの頭を揺さぶる。流石に鬱陶しくなったのか、エドはノエルの腕からあっさりと抜け出し、少々機嫌が悪そうな顔で反論した。
「馬鹿いうな。イギリスにだって美味い中華やら、人気のイタリア料理屋だってあるだろうが。それこそ最近じゃあ日本食の店も増えた」
「つまりそういうこったよ。いやまぁ確かに、寿司もちゃんと美味かったよ。だがラーメンの方が美味い。もう四度目の日本なんだ、俺を信じろ」
「お前のバカ舌なんて信用出来るか。お前のお気に入りって時点で、その店も相当怪しいぞ。というか、そもそもラーメンは中華料理じゃなかったか?」
「中国の拉麺と日本のラーメンはもはや別の食いもんだ。いいから俺を信じろ。現地のヤツに教えてもらった店なんだ。少なくとも、魚の頭が突き刺さったパイは出てこねぇ」
フォローなのか何なのか、よくわからないことを言いながら再び歩き始めるノエル。手慣れた様子でタクシーを拾い、運転手と何事かを話した後に荷物を荷台へ積み込む。寿司を食べに行きたいというエドの意見は、当然のように無視されるらしい。
「あれはイギリスでもそうそう出て来ませんがね」
そんな二人のやり取りを黙って聞いていたアルマが、背後からそっとエドの肩を叩く。ともあれ、こうして『
* * *
玄関が勢いよく開け放たれ、ジャージ女がリビングへと飛び込んだ。その手にはなにやらおしゃれな紙袋が握られており、袋口からは大きな箱が飛び出している。
「天音ちゃんにお煎餅を頂きましたわー! 早速お茶を淹れますわよー!」
「ないすー」
煎餅の入った紙袋をオルガンへと放り投げ、アーデルハイトはそのままキッチンへと直行。慣れた様子で急須にお湯を入れ、小さな受け皿と共にテーブルの上へと配置する。ちなみにアーデルハイトが投げて寄越した紙袋は、くるくると回転しながらオルガンの顔面に直撃した。そんなものを彼女がキャッチ出来る筈がない。
若干歪んでしまった箱を開ければ、そこには個包装された煎餅が綺麗に並んでいた。オルガンの顔面が緩衝材になったのか、煎餅達はどれも割れることはなかった様子。アーデルハイトは煎餅をいそいそと取り出し、そのまま小さく齧り付く。ぱきり、という小気味のいい音を立て、口いっぱいに香ばしい香りが広がる。加えて煎餅の表面に塗られた醤油が上品な光沢を放っており、一口食べただけで高級なものだと分かる一品であった。
「ん! 上品な味わいですわね! さすが天音ちゃんのチョイスですわ!」
「んまい」
ポリポリと音を立てながら煎餅を齧る異世界人の二人。
「そういえば貴女、例の件はどうでしたの?」
「例の件とは」
「ほら、クロエのところのインナーと、淫ピーのところの兵器開発ですわ」
「あー」
ふと、思い出したかのようにオルガンへと問い掛けるアーデルハイト。勿論、口に煎餅を含んだまま話す、といった行儀の悪いことはしない。嬉しそうに煎餅を齧り、緑茶を呑んでは『ほぅ』と息を吐き出す。その様子はとても異世界からやって来たとは思えない、実に馴染みきった姿であった。
「魔法を使わない方法を教えてきた」
「あら、無気力な貴女にしては珍しいことですわね? 随分とあの二人を気に入ったみたいじゃありませんの」
「モノ作りに携わる者は、みんなわたしの子みたいなものだから」
錬金術師というのは、オルガンの持つ一面に過ぎない。魔物の研究や魔法の開発など、彼女の専門分野は多岐に渡る。普通の人間種であれば、人生を賭して一つの道を極めるのが精一杯だろう。だが長命種たるエルフの彼女には、それこそ無限に近い時間がある。だからこそ、様々な分野に手を出してもその道を極められる。これはあくまでも種族的な特徴だが、それだけでも、こちらの世界に於いては十分なチート要素と言えるだろう。
そんな多くの分野で頂点に立つオルガンからすれば、道を同じくする者達は皆、彼女の子供のようなものなのかもしれない。
とはいえオルガンはまだ100年と少ししか生きておらず、エルフとしてはまだまだ若い方なのだが。それにも関わらず他方で結果を残しているのだから、その才能は推して知るべし。流石は六聖、といったところだろうか。
「その見た目で言われても……」
「うるさ」
こうして静かにゆっくりと、人知れず異世界の技術が現代へと浸透する。そしてその逆もまた然り。いつかあちらの世界への道が開いた時。その時こそ、本当の意味で異世界交流が始まるのかも知れない。
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