第254話 とある新人探索者の話

 ガキの頃、俺は負け知らずだった。

 足は誰より早かったし、力も強かった。ケンカだってそうだ。上級生相手でも負けた記憶はねぇし、仲間内じゃいつだってヒーローだった。今でこそ黒歴史だが、当時の俺にとっちゃそれは誇らしいことだった。


 そんな俺が初めて負けたのは、ちょうど高校に入ってすぐの頃だった。別にヤンキー学校ってわけじゃない、どこにでもあるような普通の高校だ。天狗になっていた俺は入学早々、上級生に絡んで返り討ちにされた。相手はやたらとデカい、寡黙な男だった。井の中の蛙、大海を知らずってヤツだ。なんてことはない、よくある話。


 とはいえ、だ。

 その先輩の強さは異常だった。当時はマジで、この人が世界最強なんじゃねーかって思ったくらいだ。そのくらいの衝撃を受けたんだ。結局俺はそれ以降、徐々に態度を改めるようになった。本当は滅茶苦茶強いのにそれを鼻にかけない、先輩みてーな男になりたいと思ったんだ。だから俺は舎弟みてーな感じで、先輩にくっついて回った。最初はめんどくさそうにしていた先輩も、暫くしてからは仲良くしてくれるようになった。


 そんな先輩にはいっつもつるんでるヤツらがいた。幼馴染だっていう二人の男女だ。傍から見ても泥沼化しそうな三人だったが、なんかよくわからんが意外とうまくいっているらしい。高校に通っている間は、そこに俺を加えた四人でいつも遊んだりしていた。


 そうして数年後、先輩達は探索者になった。

 意外ってのが半分、納得が半分だった。あれだけ強い三人だ、進路としては十分にアリだろう。活動を初めて一年かそこらで、三人はすぐに注目されるようになった。新人の中でも高い実力を持つ、期待のパーティーだと。どうやら先輩達の同期にはヤバい奴らがいるらしく、流石にトップとまではいかなかった。だがそれでも、十分すぎるほどの注目度だった。


 そんな期待の新人探索者である先輩たちのパーティに、有り難いことに俺も誘ってもらえたんだ。もちろん二つ返事で誘いを受けた。当たり前だ。憧れの先輩達とダンジョンに挑めるなんて、俺にとっては願ってもない進路だ。


 だが、俺にも一応の事情みてーなモンがあった。家の都合で、高校卒業後すぐに参加するってワケにはいかなかったんだ。先輩たちは笑って一言、ただ『待ってるから』とだけ伝えてくれた。ただでさえ先輩達よりも一年遅れだってのに、随分ともどかしい思いをしたのを覚えている。


 そうして今。

 俺は漸く、探索者としての道を歩き始めた。


 もうガキでもねーってのに、まるであの頃みたいにワクワクしてるのが自分でもよく分かる。まだ一度も見たことがないってのに、ゴブリンなんぞに負けるイメージはこれっぽっちも湧かない。『新人探索者はひどく臆病か、無謀のどちらかだ』なんてよく言われているらしいが、どちらかといえば俺は後者のタイプなんだろう。実際に先輩達からは『馬鹿みたいに突っ込んで早死にしそう』だなんて言われてる。同時に『合流したら基礎からみっちり教えてやる』とも。


 そんなワケで、俺は協会主催の講習会とやらに来ていた。先輩たちが教えてくれるんなら別にいいだろ、なんて思ったりもしたもんだが。そもそもこういう基礎講習ってのは探索者業界に限らず、マニュアル通りの知識を一通り教えられるだけってのが殆どだろう。いざ本番となればクソの役にも立たない、まるで意味のない時間だ。

 だが尊敬するあの人達から『いいから絶対に行け、今年は特に行くべきだ』『今年受けられるお前が羨ましい、いいから渋谷まで受けに行け』とまで言われたら、受けないワケにはいかないだろ?


 で、実際に受けた感想なんだが。

 正直舐めてたよ。今は来てよかったって思ってる。イケメンの野郎が出てきた時なんかは『やっぱり騙された』なんて考えたりもした。だが話を聞いているうちに、その考えが間違いだったことに気づかされた。なんでも講師のなんとかっつーイケメンは、現役探索者の中で頂点だとか言われている男らしい。流石というべきか、その話は滅茶苦茶タメになるものばかりだった。マニュアル通りの頭でっかちな講習なんかじゃない、実際の経験に基づいた確かなものだ。魔物と戦う際の注意点、資源の採取方法やマッピングの仕方。話の内容自体は確かに基礎的なものだったが、まだダンジョンに潜ったことのない俺でも分かるほど、その話には『じつ』があった。


 おまけに話の途中、小粋なジョークで会場を和ませたりもする程だ。ガチガチに緊張していた新人たちも、いまでは顔を綻ばせている。これが本物っつーのかな。強者特有の余裕が感じられる、そんな講習だった。


 そうして完璧な講習を終えたイケメンは、爽やかな笑顔と共に壇上を下りた。先輩たちがやたらと講習を受けるよう推してきた、その意味がなんとなく分かったような気がしていた。


 そうして15分の休憩を挟んだ後、次の講師がやってきた。イケメンの次は馬鹿みたいな美人だった。俺みたいな人間でも分かる、洗練された歩き姿。会場に集まった新人達から聞こえてくるのは、恍惚とした声。壇上に上がるその所作ですら、得も言われぬ気品を感じさせる。一瞬で会場の空気を支配したその女に、誰もが見惚れている。時折聞こえてくるのは、講師の女の愛称だろうか。どうやら彼女もまた、探索者業界では有名な人物らしい。


 先程の講習が素晴らしかった所為か、誰もが彼女の話にも期待している。次は一体どんな話が聞けるのか、彼女は何を語ってくれるのか。会場にはそんな期待が充満していた。どえらい美人は目を閉じ、ただ会場が静かになるのを待っていた。そうして漸く、その美しい声を発する。開幕の挨拶すらなく、彼女はこう言った。


「今のあなた方はまだ素人、ピヨピヨ可愛いヒヨコちゃんですわ。例えるなら、騎士団の新兵にも劣る───そう、ゴブリンの腰布以下の存在でしてよ!!」


うん、なんか思ってたのと違うな。

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