第194話 貴女の研究は無駄ではない
「……なんですって? ううん、聞き間違いよね? ちょっとそこの納豆ロリ!! もう一度言ってみなさい!!」
無論、先のオルガンの言葉は
こと
「……納豆はいいぞ」
「そうね、茨城といえば納豆───そんなこと言ってなかったわよ!! そんなの聞き間違えるわけないでしょ!?」
「ちょっと
「落ち着いてなんていられないわよ!! 他でもないこの私の前で、よくもまぁそんな嘘を吐いたものだわ!」
「いい? 回復薬というのはね、その成分から製造法まで、現時点では殆ど何も分かっていないのよ。サンプルの数も少ないし、実験するだけで一苦労なの」
「ほーん」
「莫大な資金と、最新の設備と、そして気が遠くなる程の時間と試行錯誤。それら全てを費やして、それでも尚届かない神の御業。それが回復薬よ。回復薬の量産化っていうのはね、そんな軽々しく口にしていいものじゃないのよ!」
「ほい」
何やら高説を垂れ始めた
それに加え、色が違う。
これまでに発見された回復薬は全部で三種類。その色と効果によって等級が分けられており、上から紫、赤、緑となっている。このうち、アーデルハイトが発見したのは赤色の中級回復薬だ。上級回復薬と呼ばれる紫色の回復薬は、世界でもまだ数える程しか確認されておらず、その金額は億を軽く超える程。
だがオルガンが取り出した小瓶には、澄んだ青色の液体が入っていた。
「……なによ、これ……青い、回復薬……?」
「うむり」
「嘘よ、あり得ない。そんなの聞いたことないわ」
「世界はひろい」
「……試すわよ? 嘘だったら怒るわよ?」
「よかろ」
錬金術師の端くれ───実際には端くれどころか、彼女こそが頂点なのだが───であるオルガンとしても、嘘つき呼ばわりされては黙っていられないらしい。あれよあれよという間に、何故だか回復薬のテストが始まってしまう。オルガンを除いた異世界方面軍の三人は、すっかり頭を抱えてしまっていた。こうなってしまっては、もはや『やっぱり嘘でした』では終わらない。
信じられないが、しかし何故だか理解してしまっている。必死に回復薬を追い求めてきたおかげか、はたまた何か別の理由があるのか。そんな不思議な感覚の中、
そうして次の瞬間、
「なんと……」
「え、やば……正気ッスか?」
「えぇ……? ちょっと
そんなイカレた行為を目の当たりにした異世界方面軍の面々は、三人ともがすっかりドン引きであった。回復薬があるからといって、自傷行為に走るような頭のおかしい人間は、あちらの世界にもそうは居ない。
「リリアちゃんは回復薬の事となると、こんな感じで暴走しちゃうんですよね。まぁこう見えて上位の探索者なんで、多分大丈夫ですよ」
慣れた光景なのだろうか。
ちらと
そんなドン引き方面軍の様子になど一瞥もくれず、
「っ……嘘でしょ? 本当に……? しかもこの治癒速度……」
「驚いたな……
「……無い。完全に治ってるわ。間違いなく回復薬よ。それも多分、上級以上の……」
愕然とする双子の様子に興味もないのか、或いは、当然の帰結故に語る事が何もないのか。頬をリスのように膨らませながら、オルガンはもりもりと米を口に運んでいた。否、よくよく見てみれば、心なしか満足そうにしている気がしないでもない。
「むぐむぐ……どう?」
「……見たことがない色、形、そして凄まじい治癒能力───私は、回復薬に関する事で嘘は言わない。認めるわ。これは私が知らない、世界中のどこでも報告がない新種の回復薬よ」
「そ」
「……本当に、あなたが作ったの?」
「そう」
「簡単に言ってくれるわね……それじゃあ、私のこれまでの研究は何だったのよ。全部無駄だったってこと?」
「
先程までの高飛車な態度はどこへやら。
そんな心中を察してか、弟である
「それは違う」
「……なによ、慰めなんて要らないわよ」
「わたしの作り方は、この世界の人間には恐らく不可能。わたしと、クリスにしか出来ない。だから、貴女の研究は無駄ではない。この世界で回復薬を広めるというのなら、貴女の力はきっと必要になる筈。知らんけど」
オルガンによる回復薬生成法。つまりそれは、錬金魔法による異世界技術に他ならない。魔法が普及しておらず、また、そんな未来も訪れないであろうこの世界では、同じ方法で回復薬を作ることなど誰にも出来ない。故に、
オルガンの言葉は慰めなどではない。ただ、事実を事実として語ったに過ぎない。だがそれでも、
「ふん───何よそれ、怪し過ぎ。一体どんな方法で作ったのやら」
「説明しても意味がない」
「別に、私だって教えてもらえるとは思ってないわ。ただの嫌味よ」
「そうではなく」
オルガンが言葉足らずな所為もあってか、どうやら
「別にいいわよ! 先を越されたのは、正直悔しいけど……今に見てなさい! きっとすぐに、獅子堂製の回復薬を作って見せるわ!」
そんなオルガンの考えなど知る由もない
そうして漸く、突如発生した淫ピ襲来イベントは一応の終わりを見た。異世界方面軍の面々がそう思い、安堵の息を吐き出した時であった。未だに撤収していなかった
「それはそれとして───ねぇ、私と回復薬の販売をする気はない!? 製造に成功したっていっても、どうせ販売ルートとか無いんでしょ? そっちは納品するだけ。多少の手数料はもらうけど、あとは全部こっちでやってあげる」
「あなた達にはお金が入る。私は回復薬の供給という夢に一歩近づく。お互いに良いことばかりだと思うんだけど、どお?」
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