第249話 っぱ主従ペアよ(雑談

 ウーヴェとの模擬戦が記憶に新しいこの日、異世界方面軍の配信はしっとりと始まっていた。探索者界隈ではすっかり話題となっているが、今日も彼女たちは平常運転である。


「久しぶりのお便りコーナーですわよ!」


「消化してないマシュマロが一杯溜まってますからね。少しずつ減らしていきましょう」


「近頃はダンジョン配信や模擬戦で手一杯でしたわね」


「我々の目的はあくまでスローライフ。初心を忘れないようにしましょう」


 本日の配信はアーデルハイトとクリスの二人体制で行われていた。特にこれといった理由があるわけでもないが、主従ペアでの配信は意外と少なかったりするのだ。強いて言うなら、クリスがあまりカメラに映りたがらない所為だろうか。


:ああ……しっかり食え

:山のようにマロ溜まってんだろオラ!

:こっちは毎日お便り送ってんだぞコラァ!

:デケェのは乳だけにしとけやオウ!?

:初めて配信見にきたんだけどココ治安悪すぎない?

:これが日常ってわけ

:おっ、久々の異世界初心者だぞ! 囲め囲め!


 久しぶりとなる主従ペア配信に、視聴者達も喜んでいるのだろう。心做しかいつもより、否、いつも通りにガラが悪かった。ノリがいいといえばそうなのだが、しかし初見のリスナーが見れば戸惑うのも無理はない。


「はいはい。初見の方を怖がらせるのはおやめなさいな」


「このままだといつまで経っても進まないので、早速最初のお便りへと参りましょうか」


 オラつくリスナーたちを務めて無視し、クリスが進行役となって配信は進んでゆく。団員たちの扱いなど、今となってはすっかり慣れたものである。そうしてクリスはカメラの画角外に用意していた紙を取り出し、そのままアーデルハイトへと手渡した。


「最初のお便りはこちらです」


「えー……ごきハイト! いつも楽しく配信視聴させてもらってます! いつも苦しそうな団長のアーデルとハイトにはお世話になっており、毎度視力が回復する思い出す! 私はまだ学生なのですが、異世界方面軍の配信を見て、将来は探索者になりたいと思うようになりました! なんといってもやっぱり───前置きが長過ぎますわ! いつになったら質問に入りますの!?」


「送られてくるお便りは、こんな感じのものが大半ですよ」


「わたくし達のリスナーはイカれていますわ」


 アーデルハイトが質問を読み上げるが、しかし途中で突っ込まざるを得なくなってしまう。前半をスルーして質問部分だけを読み上げれば良いだけの話なのだが、アーデルハイトはそうしなかった。このやり取りだけでも撮れ高をひとつ作れる、などと考えたのだろう。このあたりが芸人令嬢などと呼ばれる所以なのかもしれない。

 そんな厄介なファンメールを読み上げつつ、お便りは漸く本題へと入る。


「さて本題なのですが、団長のように強くなるにはどうすればいいですか? また、何が必要なのでしょうか? 是非教えて下さい!───だそうですわ」


「はい。この質問は本当に多かったです。特に先の模擬戦以降、爆発的に増えています。しっかりとインパクトを与えられたみたいで何よりですね」


 最初の質問は『どうすればアーデルハイトのように強くなれるか』というものだった。随分と抽象的な質問ではあるが、質問者が初心者であることを考えればこんなものだろう。なんとなくのニュアンスさえ伝わっていれば問題はないのだ。


:いやぁ、あの模擬戦はマジでシビレたわ。ほぼわからんかったけど

:リアタイしてたけど、気がついたら口開いてた

:あとからスロー動画見て漸く、って感じだったわ

:アデ公はもちろんだけど、ウーヴェ氏の強さにビビったわ

:ほぼ五分だったしなぁ

:いや終始アデ公ペースだったろ

:いやいや、吹っ飛んだ時はワンチャンやられたかと思ったよ

:ふん、浅いな小僧

:あ? やんのかオラァ!


 先のウーヴェとの試合は古参の団員のみならず、これまで異世界方面軍の配信を見ていなかった者達にまで衝撃を与えた。その度合は凄まじく、こうしてコメント欄で思い返しながらの議論が始まってしまう程である。


「はいはい。いいから少し落ち着いて下さいまし。話が進みませんわ!」


:はーい

:すいまえんでした

:そうだぞ、お前ら静かにしろよ

:お前ら怒られてやんのw

:でもまぁこれは聞きたいよね、やっぱり

:そりゃあねぇ?


 アーデルハイトがリスナーたちを宥めるように、ぱん、と軽く手を打ち鳴らす。たったそれだけの動作で本当にリスナー達が大人しくなるのだから、随分と統率の取れた山賊共である。


「さて、強くなる為に必要なものは何か、という話ですけれど───わたくしは剣士ですから、剣士としてのお話をしますわよ?」


 戦闘技術の話であったり、精神面の話であったり、『強さ』と一口にいっても、その捉え方は人それぞれだ。だがアーデルハイトは剣聖だ。彼女に答えられる『強さ』といえば、それはどうしても戦闘技術、それも剣技に特化した話になってしまう。


:才能です

:容姿です

:運動神経です

:筋トレです

:そら脅威の胸囲よ

:秘密は縦ロールにあるとみた


「ちなみに、髪は毎朝クリスにセットしてもらっていますわ」


:てぇてぇ……

:アデクリたすかる

:っぱ主従ペアよ

:こういうのでいいんだよ

:妄想が捗るわぁ


 そんな再び脱線を始めたトークに対し、クリスがじっとりとした視線を向ける。彼女の言葉を代弁するなら『いいから早く話を進めろ』といったところだろうか。それを受けて、アーデルハイトはまるで悩んだり考え込んだりといった素振りを見せず、殆ど即答してみせた。


「剣士として強くなるために必要な物。それはもちろん『剣』ですわ」


 直後、コメント欄は困惑の色に染まった。それもそのはず、アーデルハイトの答えは、彼らが期待していたようなものでは無かったのだから。剣士として強くなるためには剣が必要。そんなこと、わざわざ聞かなくとも誰だって知っている。求めていた答えとはまるで異なっていたアーデルハイトの解答に、山賊共が当然のようにオラつき始めた。


:ん?

:お?

:なるほ……どういうことだコラァ!

:んなこと分かってんだよォ!

:ちゃんと説明するんだよ!

:企業秘密って事?


 しかしアーデルハイトは、至極真面目な顔でこう続けた。


「剣士には、ただ一振りの剣があればそれで良くってよ。それ以外には何も要りませんの。ただ剣を握り、幾千、幾万、幾億と剣を振る。たったそれだけ、それが全てですわ」


 当然の様にそう言ってのけるアーデルハイト。それは彼女自身の経験、彼女自身の歩んできた道の話であった。無論、才能があるに越したことはないだろう。月姫かぐやのように類稀な才能があれば、随分と広い道が目の前に広がることだろう。しかしそれでは、ただ道がそこにあるだけなのだ。どれだけ広く歩きやすい道だとしても、歩き出さねば意味がない。そしてその道を歩くのは他でもない、剣を握った自分自身なのだ。アーデルハイトが言っているのは、つまりはそういうことだった。


「絶望、諦め、そして挫折───わたくしとて、何度経験したのか思い出せませんわ。けれど歩くのをやめなかったが故に、今のわたくしがありますの」


 含蓄が有り過ぎるアーデルハイトの言葉に、山賊共はぐうの音もでなかったという。

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