冬のアレ編
第250話 もすもす
「もすもす」
黒くて四角い、一見すればスマホのようにしか見えない何か。そんな怪しい物体を耳に当て、まるで電話でもするかのようにオルガンが話し始める。このスマホっぽい何かは納豆エルフ曰く『異世界間通信用魔導具』であるらしい。比翼の
「もすもーす」
以前にシーリアと通信した際は、ただの石ころ───というよりも比翼の
そうしてオルガンが返事待つこと暫し、アナホからは女性の声が聞こえてきた。続いて衣擦れの音と、がたがたと何かを漁るような物音。以前に行った試用時と比べ、音質がクリアになっている。声の主との関わりが薄いクリスや、そもそも別世界の住人である
『ん……こんな時間に一体何だ、やかましい……』
酷く眠そうな声ではあったが、それは間違いなくシーリアの声であった。どうやらあちらの世界は現在夜中であるらしく、彼女は就寝中だったらしい。
「出るのが遅い」
『む……? その声……まさかオルガンか!?』
「うむり。おはろー」
『おはろー、ではない! お前、今が何時だと思って───いや、それよりも!』
シーリアがそう言ったかと思えば、次いで慌てた様子の物音が聞こえてくる。前回は終始音質が悪かった上、最後に謎の一言を残してそれきりだったのだ。しかしこうしてオルガンのクリアな声が聞こえてくれば、何か進展があったのだと容易に想像がつく。シーリアが慌てるのも無理はないだろう。
『少しそのまま待っていろ! 分かったか!?』
「うるさ」
そう言い残し、シーリアの声が遠ざかってゆく。それと同時に、アナホの向こうからは『痛っ』という小さな声と、扉が閉まる音が聞こえてくる。オルガンは眉根を寄せつつ、アナホを耳から離してテーブルの上へと投げ捨てた。
「……なんというか、結構お茶目さんなんスね」
「いえ……私も公の場でしか見たことがありませんが、とても毅然としていらっしゃる方でしたよ」
音だけを聞けば非常に忙しないその様子に、
だが蓋を開けてみれば、イメージしていた姿とは随分と異なっていたのだ。
「あれは寝起き弱いから」
「朝はふにゃふにゃ、昼は堅物ですわね」
「めんどい女」
「シーリアも、貴女にだけは言われたくないでしょうけど」
やれやれと肩を竦めるオルガン。それをみたアーデルハイトもまた、やれやれと肩を竦めて見せる。そんな鋭いブーメランの投げ合いに、クリスと
そうして待つこと五分ほど。
扉が開く音と共に、漸くシーリアが戻ってきた。
『すまない、着替えに手間取った』
「何故着替えたし」
どうやらシーリアはわざわざ着替えてきたらしい。顔が見えるというわけでもないのに、随分と律儀なことである。こういったあたりから、アーデルハイト曰くの『堅物』らしさが見て取れるだろう。
『それで? そちらの首尾はどうなんだ? 連絡してきたということは、何か進展があったのだろう?』
「え、特にはないけど」
『……何?』
オルガンがむっつりとした表情で───表情があちらに伝わることはないが───そう答える。何かしらの成果が聞けるのだと期待していたシーリアは、当然の様に怪訝そうな声を上げる。
そもそもオルガンが説明を面倒臭がっただけであり、進展がないわけではないのだ。これまでは酷く不安定だった通信も今ではこのとおり。怪我の功名というわけでもないが、肉が封印石を破壊したおかげである。以前に比べ、格段に連絡が取りやすくなった。これは立派な進展だといえるだろう。
しかしまだ通信可能時間が安定していない為、会話をするのはオルガン一人に任せようと、四人は事前に打ち合わせを行っていたのだ。だがそんな面倒臭がりなオルガンを見かねたのか、アーデルハイトがアナホへ話しかけ始める。
「進展ならありましてよ、シーリア」
『っ、その声はアーデか!? あぁ、無事で何よりだ……』
「当然ですわ! あんな
姿は届かないというのに、ドヤ顔で自信満々に答えるアーデルハイト。聖女にどうこうされた結果が今なのだが、どうやらそのことには触れない様子であった。
『ふふ、相変わらずだな。そういえば、君の父君が大暴れしているそうだぞ。聞いた話によると、一時は教国に攻め入ろうとしていたようだ。既のところで奥方に止められたらしいが』
「あぁ……お父様なら本当にやりかねませんわ。立場的になかなか難しいでしょうけれど、貴女の方から無事だと伝えておいて下さいまし」
アーデルハイトの父親は厳しいが、しかしそれ以上にアーデルハイトを溺愛している。失踪の詳細は知らないはずだが、勇者や聖女に同行していたことは当然知っている。故に、聖女や勇者に襲いかかる可能性は十分に考えられた。早めに安心させておかねば、帝国と教国の戦争にまで発展しかねない。しかしそんなアーデルハイトの願いに対し、シーリアの答えは否であった。
『ああ、承っ……いや待て、すまないが暫く放置したい』
「あら? どうしてですの?」
『こういう言い方はアレかもしれないが───聖女への牽制になっている。私やアスタも動いてはいるが、手は多いほうがいい』
アーデルハイト達が戻ってくるまでの間、陰で聖女の足止めを行っているのはシーリアとアスタリエルの両名だ。立場も力も持っている二人だが、しかし所詮は二人。これまではどうにか動きを封じることに成功しているが、この先も聖女の企てを全て防げるかと言えば、それは少々怪しいところだろう。だがシーリア曰く、エスターライヒ公爵の動きは聖女への妨害、その一助になっているとのこと。
『というわけで公爵閣下には悪いが、今暫く暴れていてもらいたい』
「そういうことでしたら、致し方ありませんわね。わたくしたちの方も出来る限り早く───」
出来る限り早く、世界を移動する方法を見つける。アーデルハイトがそう伝えようとしたところで、隣に座るオルガンから袖をくいと引っ張られた。
「アーデ、時間」
「あら、もうそんな時間ですの?」
そう、アナホの魔力残量が残り僅かとなっていたのだ。これはスマホでいうところのバッテリーである。つまり、これがゼロになると通信が出来なくなる。
「というわけでして、申し訳ありませんけれどそろそろお別れですわ」
『……そうか。仕方あるまい。次はいつ頃連絡が取れそうなんだ?』
「それは───ちょっとオルガン、いつ頃ですの?」
机の上に頬杖を突きぼけっとしていたオルガンの頭を、アーデルハイトがばしばしと叩く。
「さぁ……一週間くらい? 知らんけど」
「……だそうですわ!」
オルガンがいつもどおりの適当な答えを繰り出したところで、アナホのボディがほんのりと点滅を始める。どうやらオルガンの言う通り、通信時間の限界が来たらしい。そうしてアーデルハイトが通話を終えようとしたところで、オルガンが何かを思い出したかのように声を上げた。
「おぉ、伝え忘れるところだった」
『む、何だ』
「シーリア、こっちの世界は腐った豆がうまい」
『……何? どういう意味だ? そういえばオルガンお前、前にも同じことを───』
ぷつり。
そんな無機質な音と共に、シーリアの言葉が途中で遮られる。
「よし。これでまた暫くの間、悶々とするであろ」
オルガンはそう満足そうに呟くと、アナホを持って自分の部屋へと戻っていった。彼女の言う通り、シーリアはこの後の数日間、オルガンの意味不明な言葉に頭を悩ませることになる。例えるなら、クライマックスの場面に突入した翌週から、長期休載に入った漫画のようなものだろうか。時間感覚に疎いエルフらしい、地味な嫌がらせであった。
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