第251話 今日泊めて?

 この日、都内のパイゼリヤには珍しい面子が集まっていた。


「講習会……ですの?」


 聞き慣れない単語に、小首を傾げるアーデルハイト。


「そーよ。毎年やってるのよ、新人探索者向けのやつ」


「去年は五組だったかなー。所謂上位層のパーティーが呼ばれるんだよねー」


 運ばれてきた小エビのサラダをとりわけつつ、二人の先輩探索者がアーデルハイトの疑問に答える。今日も偉そうに桃色の髪を揺らしているのは、『茨の城』の莉々愛りりあだ。超が付くほどの金持ちである彼女だが、どうやらファミレスでも普通に楽しめるらしい。


 もう一人、莉々愛りりあの説明を横から補足したのは魔女と水精ルサールカくるるだ。彼女は今回の話し合いのため、リーダーであるスズカに代わってわざわざ京都から出向いてきていた。ちなみに、この二人は互いに知り合いであるらしい。


「あ、でも『†漆黒†』は呼ばれてなかったかなー」


「あの子達は無理よ。だって、何を言ってるのか半分も分からないじゃない」


 現在彼女達が話し合っているのは、探索者協会が主催する『新規登録探索者講習会』、通称『講習会』と呼ばれる催しについてだ。探索者業界では毎年、多くの新人が探索者として登録される。しかしそんな星の数ほどいる探索者の中で、その後も活躍出来る者は僅かに過ぎない。命を落とす者こそ少ないものの、再起不能になる者や諦めてしまう者が後を絶たない。


 とはいえ、それはある意味仕方のないことでもある。探索者とは常に命の危険と隣り合わせの職業だ。基本的に魔物との戦いは避けることが出来ない。だが新規に探索者登録を行う者は、それまで戦いとは無縁の生活を送ってきている。よくある異世界ファンタジーとは違うのだ。現代人が何の下地も無しに飛び込むには、知識も覚悟も経験も、何もかもが足りない。


 そんな現状を憂い、探索者協会が打ち出した方策のひとつが、この『講習会』であった。簡単に言えば、ベテラン探索者による新人教育である。実際に講習の効果は出ているらしく、開催前と比べて、新人の業界定着率は随分と上がっているそうだ。確かに右も左も分からぬまま、いきなり実戦に放り込まれるよりは余程マシというものだろう。


 探索者のサポートをするための組織である協会だが、しかしそれは設備や情報面でのサポートが主である。実際の探索事情を最も熟知しているのは、当然ながら現役のベテラン達だ。そういった事情から、毎年目立った活躍をしているパーティへと、講師のオファーが届くというわけである。


「それで、どうしてその話をわたくしに?」


 そう尋ねつつ、隣の席に座るクリスへと、アーデルハイトが視線を送る。しかしクリスは『そんな話は来ていない』と首を振るだけ。


「それはもちろん、アーちゃんにも講師をお願いしようと思って!」


 くるるが楽しそうに答えるが、微妙に答えになっておらず、やはり疑問は残る。講師のオファーは原則、協会から打診されるとのことである。しかしクリスはそんな打診は来ていないと言っている。つまり、こうして探索者仲間であるくるるから誘われるのはおかしい事なのだ。


「……どうしてそれを、貴女方が伝えに来ますの?」


「同業者推薦のような枠があるのでしょうか?」


 訝しむアーデルハイトとクリスであったが、その答えは莉々愛りりあから齎されることになる。莉々愛りりあは溜め息をひとつ吐き出し、頬杖を突きながらこう言った。


「だってアンタ達、どの支部にも所属してないじゃない。一番それっぽいのは伊豆支部だけど、それだって単に『比較的良く出没する』って程度のモノでしょ?」


 莉々愛りりあ曰く、それはひどく単純な理由であった。


「基本、所属してる支部から連絡がくるからねー。うちはもちろん京都支部から。支部長さんが直々に事務所まで出向いて来たよー」


「で、困った協会が私達に依頼をしてきたってワケ。『異世界方面軍への打診と、ついでに説得をお願いします』ってな具合よ」


 つまり彼女たちは連絡役兼、交渉役といったところだ。協会側としては、所属の問題はもちろんのこと、オファーを受けてもらえるかどうかも不安だったらしい。なにしろアーデルハイトの気分次第で、協会からの要請を受けたり、或いはお断りをしている異世界方面軍である。説得役が送られてきたというのも、然もありなんといったところだろう。


「まー、そもそもアーちゃん達が新人探索者って部分もあるのかもねー。所属の問題と相まって、滅茶苦茶頼みにくい相手だったってコトじゃない?」


「それで、結局どうするのよ? 受けるの?」


 莉々愛りりあがスプーンを揺らしながら、アーデルハイト達へと問い掛ける。


「んぅ……わたくしは別に受けても構いませんけれど、クリスはどう思いまして?」


「お嬢様が良いのなら、良いのではないでしょうか。探索者としての技量で言えば、正直教えられるほどのものがあるとも思えませんが」


 そう、問題はそこだ。

 確かに、アーデルハイト達は探索者として活動を始めてからこちら、破竹の勢いとも言える活躍を見せている。だがそれはアーデルハイトの圧倒的な戦闘力と、チート極まりないみぎわの魔法によるゴリ押しであり、探索技術といったものとは全くの別物だ。魔物の種類や弱点、地形の把握や採取のコツ等、そういった細かな技術は全て無視している。それどころか、困った時は伊豆にいる経験豊富なオッサンを連れ回せばいいとさえ考えている。


 そんな自分達に、新人の教育など務まるのだろうか。クリスが言いたい事は、つまりはそういうことである。だがどうやら、そんな彼女の不安は杞憂だったらしい。


「ああ、それは大丈夫よ。講習会には実技もあるから」


「多分協会も、アーちゃん達にはそっちを期待してるんだと思うよー?」


 莉々愛りりあくるる曰く、協会がアーデルハイトに期待しているのは、実技方面での指導だろうとのこと。異世界方面軍が基礎を投げ捨てて進軍していることなど、協会側もしっかりお見通しらしい。


「あら、それなら問題ありませんわね。わたくし、教導は得意でしてよ?」


「まーぶっちゃけ、そっちもちょっと怪しいけどねー」


 ドヤ顔で胸を張って見せるアーデルハイトを眺めながら、けらけらと笑うくるる。魔物を投げて遊んだり、中年を投げて遊んでみたり。かと思えば突如、目にも止まらぬ剣技を見せつけてみたり。軽く死神を倒したかと思えば、お散歩気分でダンジョンを制覇したり。そんな異世界ムーヴが新人のタメになるかと言えば、確かに微妙なところではあった。


「じゃあ、オファー自体は受けるってことでいいのよね? そう伝えておくわよ?」


「ええ、構いませんわ。こちらの世界の新兵達に、戦いのなんたるかを教示して差し上げましてよ」


 莉々愛りりあの確認に、アーデルハイトは『ふんす』と鼻息を荒くしながら同意する。こうして、アーデルハイトの年末の仕事が決まった。とはいえ、それ以外にもやることは沢山ある。異世界方面軍は冬のコミバケにも参加する予定であり、随分と忙しい年末となりそうであった。


「ところでくるる、貴女どうしてわざわざこちらまで来ましたの?」


「えっ、だってアーちゃんと久しぶりに会いたかったし!」


「あら、嬉しいことを言って下さいますわね。それで、本音は?」


「スズカが特訓特訓って煩いから、ちょっとした旅行気分で逃げてきました。あと、今日泊めて?」


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