第252話 ヘッポコ剣士ですわ!
探索者協会渋谷支部、その直ぐ側にある多目的ホール。普段は様々なイベントに使用されているそこに、この日は多くの新人探索者達が集まっていた。
これからの探索者生活に夢を抱き、目を輝かせている者。この世界に踏み込んだものの、やはり不安が大きい者。彼らの表情は様々だ。共通している事といえば、皆どこか肩に力が入っているという点だろうか。緊張か、それとも興奮か。ともかく、誰もが浮足立っているように見えた。
講演会は全国各地で行われており、同日、同会場に講師が集結するわけではない。
各地での開催日程はズレているため、その気になれば会場を梯子することも可能である。実際、やる気に溢れる新人などは、いくつもの講演会に参加したりするらしい。しかしそういった例外を除けば、どこか一箇所の講演会を選んで参加するのが普通である。
そう、参加する講演会は新人たちが選べるのだ。そもそも参加する義務もないのだが、しかし殆どの者が自分達で選び、受講する。つまり、それが何を意味するかと言えば───。
「すごい人の数ですわ」
「ですね。
「……見たところ、倍は居ますわよ?」
「ですね……。本日の講師はお嬢様と、そして『勇仲』の大和さんだそうです。つまり───」
「わたくしの人気ですわね!」
アーデルハイトが鼻をふすふすとさせながら、見事なドヤ顔を披露する。
この協会主催の講演会では、講師の人気によって受講者の数にバラつきがでるのだ。もちろん講師たちはみな、協会から認められた、押しも押されぬトップ探索者達である。どこで受講しようとも、新人たちにとってはタメになる話が聞けることだろう。それでも人気によって数が露骨に変わるというのだから、殆どアイドルの握手会さながらである。とはいえ、アーデルハイトだけの人気というわけでもないだろうが。
本日は最初に『勇仲』のダンジョン探索基礎講習が予定されている。次いで異世界方面軍の講習があり、その後は場所を変え、実技演習の運びとなっている。しかしアーデルハイトは戦技教導のみを行うつもりであり、講習に関してはさっさと切り上げるつもりでいた。なにしろ探索の技術などからっきしなのだ。そんなアーデルハイトに一体何を語れというのか。
準備など殆どあってないようなもの。精々が『どうやって新兵どもをシゴくか』というプランを建てるのみである。アーデルハイトが気楽に構えているのは、それが原因であった。そうでなくとも、演説が苦手というわけでもないのだが。
そうしてアーデルハイトが達がリラックスしつつ、楽屋のモニターを眺めていると。楽屋のドアをノックする音が聞こえてきた。少し控えめに、しかし規則正しいリズムで四回。それを二度繰り返す。
「あら? 礼儀正しいですわね?」
「……逆に怪しくないですか? お嬢様はご存知ないでしょうけど、こちらの世界でこんなノックの仕方、普通しませんよ?」
「
意外そうな顔をするアーデルハイトと、訝しむクリス。お互いに顔を見合わせつつも、しかし放置するわけにもいかぬと入室を促した。
「どうぞ、お入りくださいまし」
「し、失礼します」
そうしてゆっくりと姿を見せたのは、一人の青年であった。整った顔立ちに、180近くはあろうかという長身。背筋はぴんと伸びており、立ち姿もまずまず及第点。しかし緊張の所為だろうか、表情だけは引きつった笑顔でガチガチに固まっていた。青年はその出で立ちとは裏腹に、自身のなさそうな言葉を吐き出す。
「……?」
「えっと、あー……その、初めまして。今日ご一緒させて頂く『勇仲』の大和といいます。講演の前に挨拶をと思いまして……」
「……」
「あ、あの……? あれ、ヤバい。何か間違えたかな……?」
異世界方面軍の楽屋に入室してきたのは、探索者界隈では知らぬ者など居ない、そう言っても過言ではない人物であった。実際、少なくとも国内ではその名を知らぬ者は居ないだろう。国内トップと言われる探索者パーティー『勇者と愉快な仲間たち』のリーダー、
「そのっ、一応僕なりに勉強はしてきたつもりなんだけど! なんですがっ! 何か失礼があったなら謝ります!」
しかし何も言わず、ただじっと視線を送り続けるアーデルハイト。その美貌も相まってか、大和は直立不動の構えを取ってしまう。どうやらアーデルハイトに挨拶をするにあたり、何かしらの勉強をしてきた様子である。先のノックもその一環ということなのだろう。
その綺麗な
「これはご丁寧に、恐れ入ります……お嬢様、失礼ですよ」
「……あら、わたくしとしたことが。申し訳ありませんわ」
クリスに苦言を呈され、我に返ったアーデルハイトが謝意を示す。一方の大和はといえば、失礼があったわけではないと分かり、目に見えて安堵していた。
「大和さん……でしたわよね? こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
「はい。探索者同士、今後とも仲良くしていただければと」
大和は非常に丁寧な男であった。こちらの世界では貴族でもなんでもないアーデルハイトに対し、十分に敬意をもって接してくれている。むしろただの同業者に対し、やりすぎなくらいであった。これは、大和がアーデルハイトの隠れファンだという事情が関係しているのだが、そういった事情を知らないクリスにしてみれば、大和の丁寧すぎる態度が逆に怪しく見えていたりする。
「先程から一体、何をそんなに見つめているのですか?」
「……ん。やっぱり貴方、どこかで見たことがありますわ」
居心地悪そうに立ち尽くす大和へと、アーデルハイトが徐ろにそう問い掛ける。彼女が先程から大和を見つめていた理由、それはどこかで顔を見た記憶があったから。そんなアーデルハイトの言葉に、大和は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「そうなんですよ! 実は、夏のコミバケでスライム───」
スライム退治に参加してました。恐らくはそう言おうとしたのだろう。実際には異世界方面軍のサークル列にも並んでいたのだが、流石に覚えてはいないだろうと考えて。しかし、そんな大和の言葉は途中で遮られてしまう。漸く何かを思い出した、アーデルハイトの大声によって。
「思い出しましたわ! 貴方アレですわね!? クリスに見せられたダンジョン配信の、あのヘッポコ剣士ですわ!」
「退治───えっ? ヘッポコ?」
アーデルハイトが記憶の奥底から引っ張り出してきたのは、異世界方面軍として活動を始める以前のもの。ダンジョン配信とはどういったものか、その教材として見せられた数々の映像。アーデルハイトが『素人のそれ』と吐き捨てた、あの動画の登場人物。まさにその『素人』が今、彼女の眼の前に居た。
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