第71話 蟹よりはかわいい

 クリスと月姫かぐや、二人の前に戻ったアーデルハイトは、両脇にいっぱいの戦利品を抱えていた。ドヤ顔で二本の角を右脇に抱えたアーデルハイトは、鼻をふすふすと鳴らしながら喜びを表現していた。


 アーデルハイトは基本的にダンジョン内からアイテムを持ち帰る事が少ない。それは撮れ高を気にするあまり、弱い魔物からのアイテム回収や地味な採取作業をサボるからである。また、クリスが同行するようになってからもそれは変わらなかった。カメラマン兼お目付け役担当の彼女ではあるが、ダンジョンに関して言えばアーデルハイトとほとんど同じ価値観を持っているからだ。


 つまりは、異世界基準の感覚である。

『塵も積もれば山となる』などという言葉があるように、細かな収入の積み重ねが大事だということはクリスもよく理解している。しかしあちらの世界には『ドラゴンは小銭を拾わない』などという言葉があった。ドラゴンが金銀財宝を集めることはよく知られた話だが、しかし彼らは小金を奪うためにわざわざ人を襲ったりはしない。要するに『大成したければ些事に拘るな』くらいの意味合いではあるが、帝国の冒険者はまさにそういった者の集まりであった。良く言えば豪胆、悪く言えばただの考え無しなのだが。


 つまり、弱い魔物の素材や粗悪な鉱石など、彼女達からすれば拾う価値が無いのだ。少人数による探索を行っている彼女達は、持ち帰ることの出来るアイテムの数がそう多くない。故に選り好みしてしまい、どうしても食指が動かない。

 探索者としては本末転倒、非常に勿体ないことをしているのだが、演者であるアーデルハイトがそれを地で行ってしまっている。故に、異世界方面軍がこれまでに得た収入は回復薬ポーションの売却金のみとなってしまっているのだ。


 しかし、アーデルハイトが抱えている双角は、どう少なく見積もっても回復薬以上の値が付く筈だ。あちらの世界でも討伐されたことのない、両方の世界を合わせても初めての魔物素材である。もっと言えば、こちらの世界では初めて確認された新種の魔物である。こちらの技術で双角を加工出来るのかどうかは知ったことではないが、しかし仮に加工出来なくとも、研究素材としての価値は計り知れないだろう。


「大金の匂いがしますわ!!」


『一言目がそれかよ!』

『かわいい』

『金の亡者系令嬢』

『鼻息たすかる』

『どこから突っ込むべきなん?』

『いろいろ聞きたかったけど、可愛いくてどうでもよくなったわ』

『もっと他に言う事がこう……あるだろう!?』

『かっこよかったんだけどなぁw』


 珍しく、というよりも、初めて戦闘で手傷を負ったアーデルハイト。しかしそんな様子は微塵も見せず、すっかりいつも通りの彼女であった。そんな彼女を、観戦していたクリスと月姫かぐやが労った。


「お疲れ様です、お嬢様。先代も草葉の陰で喜んでいることでしょう」


「余裕ですわ!あと、師はまだ生きておりますわよ!!」


 クリスもすっかり普段通りだ。アーデルハイトが負けるところなど想像出来なかったが、それでもつい先程までは心配して見守っていた彼女なのだが。一方で、異次元の戦いを目の当たりにした月姫かぐやは酷く興奮していた。


「すすすす、凄かったです!なんかもう動き早すぎて全然見えなかったし……ていうか、なんですかアレ!?あのキラキラ光ってたやつ!!もしかしてあれって魔りょ───」


 月姫かぐやの口から出そうになった言葉に、アーデルハイトの目が妖しく光る。いつまでも隠し通せるとは思っていないが、しかし魔力について、ひいては魔法についての最初のお披露目はみぎわであるべきだ。たとえ殆どバレていようとも、今はまだ魔力について深く言及するつもりはなかった。故に、アーデルハイトは月姫かぐやの言葉に食い気味でこう答えた。


「NPですわ」


「く───え……なん……?え、えぬぴー……ですか?それは一体……!?」


「ノーブルパワーですわ」


「ノーブルパワー……ですか!?それは一体どういう!?」


「その身に宿る高貴な心が力となった感じのアレですわ」


「な、成程!!さすがです!!」


 控えめに言って意味不明だった。素直な月姫かぐやは一応の納得を見せたが、しかし『アレ』などと言っているあたり、恐らくはアーデルハイト本人もよく分かっていない。


『絶対適当だぞこれ』

『今誤魔化しましたよね?』

『MPみたいに言うな』

『聞かれたくないんやろなぁ……』

『カッコよかったのでオッケーです』

『ポイントじゃなくてパワーな辺りにこだわりを感じる』

『姫が思いの外純粋でほっこりした』

『素だと可愛い後輩っぽいのこれはこれで』


 当然視聴者達からはツッコまれたが、しかし彼らも慣れたものだった。すっかりと異世界に染まりつつある彼らは、もはやお決まりとなったアーデルハイトの怪しげな技術や動きに関して、『まぁ異世界だし』くらいの感覚でしかなかった。月姫かぐや目当てで見に来ていた漆黒ファンにしても、周囲の反応があまりにも普通であったために、これ以上深く聞くことが出来なかった。見事な同調圧力である。


 そうして無事(?)に追求を逃れたアーデルハイトであったが、残念ながらもう一つの戦利品については大量のツッコミを受けることになった。それは視聴者のみならず、異世界出身のクリスでさえも聞かずにはいられない戦利品であった。大きな双角を抱えた右脇とは逆の、彼女が左腕に抱えていたものについてである。


「で、お嬢様……その、そろそろ『それ』について説明して頂いてもよろしいですか?一応スルーしていたのですが、その……なんですか?それ」


「ああ、これですの?わたくしにも分かりませんわ!!巨獣の死体が消えた後に転がっていましたわ!!」


 アーデルハイトが小脇に抱えていたもう一つの戦利品。それはちょうど豆柴程度の大きさの、丸々と太った豚のような生き物だった。見た目はうり坊によく似ており、全身がもふもふの毛皮で覆われている。よく見れば頭部らしき箇所から小さな角が生えており、犬でも豚でもないのは明らかである。その怪しげな生き物は、まるでアーデルハイトの腕から逃れようとするかのように、短い手足をじたばたとさせながら小脇に抱えられていた。そんな状況でありながらも、その小動物の表情は微妙に尊大に見えた。まるで『我を降ろせ』とでも言っているかのように。


『ついに聞いてしまったか……』

『またなんか捕まえてて草』

『すーぐなんか拾ってくるんだから』

『蟹じゃないんだからさ……』

『なんかこの光景前にも見たな』

『聖女ちゃん再び』

『一応言っておくけど蟹捕まえるのも大概おかしいからな』

『蟹よりはかわいい』

『豚っぽいけど……いやなんとなく想像はついてるんだけどさ』

『なんか見覚えある生き物だよなぁ?具体的に言うとついさっきなんだけど』

『団長まさかアンタ……』


 随分と姿は変わっているが、『毛玉』と称しても間違いではないその生き物の正体は、もはや誰の目にも明らかであった。外見からしても、状況からしても、そうとしか考えられないのだから。


「なんだか知りませんけど、可愛いから連れて帰ろうと思いますの!!」


『やっぱりなぁ!!』

『そんなことだろうと思ったよ!!』

『うちのマンションはペット禁止です!!戻してきなさい!!』

『異世界方面軍にマスコットが生まれた瞬間である』

『蟹よりは飼いやすそう』

『協会から問い合わせ殺到しそうやなぁ』

『守りたい、この……これ何?』

『巨獣くん(ミニ)』


 案の定というべきか、ほぼ全員の予想を裏切ることなくアーデルハイトがそう宣言した。小脇に抱えられた生き物は、何故か『当然だ』とでも言いたげに鼻をふすふすと鳴らしている。やはり偉そうである。


「正気ですか?それ、明らかに『アレ』ですよね?」


「なんていうか……幼体?とでも言うんですかね?可愛いですけど」


 クリスでさえも、アーデルハイトの正気を疑った。こんななりになったとはいえ、どうみても巨獣ベヒモスである。安全な生き物かどうかでいえば、間違いなく危険な生き物だと思われる。

 巨獣を討伐したのは両世界で初めてのことで、一体何故こうなったのかはまるで理解らない。これまでに倒した魔物は例外なく魔力となってダンジョンに吸収されているし、巨獣の死体も既に消えて無くなっている。しかし、まるで生まれ変わったかのように、巨獣だけがこうして生き残っている。魔物としての格なのか、それとも何か別の要因があるのか。いくら考えても、クリスには何も思いつかなかった。


 この姿で一体何が出来るのかという疑問はあるが、それにしてもやはりリスクは大きいのではないだろうか。クリスはそう考えたが、しかしニッコニコのアーデルハイトは連れて帰る気満々だった。


「しっかり調教すれば問題ありませんわ!!」


「いえ、その……言う事聞くんですか?コレ」


 まるでクリスの言葉を理解しているかのように、巨獣はクリスの瞳をじっと見据えて鼻を鳴らした。想像するに、『聞くわけなかろうが』とでもいったところだろうか。アーデルハイトの小脇に抱えられるという情けない姿のくせに、酷く不遜な態度。イラついたクリスが蟀谷こめかみをひくつかせたところで、飼い主アーデルハイトが巨獣を見つめてこう言った。


「最悪、言うことを聞かなければ食べますわ」


 アーデルハイトのその言葉に巨獣は身体を震わせた。以前の姿ですら敗北したのだ。歯向かえば本当に食われかねない。少なくとも、そうするだけの力がアーデルハイトにはある。それを身をもって体感している巨獣は、自分が美味しく食べられている姿を想像したのか、悲しそうな鳴き声を上げた。以前の姿からは想像も出来ないような、酷く情けない鳴き声であった。


『めちゃくちゃ怯えてて草』

『アデ公ならやりかねないんよ』

『実際なんか美味そうだよね』

『パッと見は豚かイノシシだしな……』

『魔物って食えるんか?』

『食って配信してるやつもいる』

『不味いらしいけどなw』

『そういや前も蟹食おうとしてたな……』


「……はぁ。これはもう言っても聞かなそうですね……。いいですか?ちゃんと世話するんですよ?」


「もちろんですわ!!そこらのゴブリン程度なら、軽く轢き殺せるくらいには鍛えてみせますわ!!」


「いいなぁ……師匠、たまに触りに行ってもいいですか?」


「よくってよ!!」


 仮にも魔物を連れて帰るというのに、酷く呑気な会話であった。クリスとしては協会へどう報告するかで今から頭が痛かったが、嬉しそうに巨獣をモフるアーデルハイトを見て考えるのをやめた。どのみち説明など出来はしない。ただありのままを報告し、どうにか戦利品扱いにして持ち帰るしかなさそうである。そう結論を出したクリスは再度ため息を吐き出し、未来の自分へと対応を丸投げすることにした。


 そうして一行は地上への帰路についた。当初の目的である月姫かぐやの教導から大きくズレた配信となったが、しかし撮れ高としては十分過ぎるくらいだろう。

救えなかった者もいるが、救えた者もいる。20階層以降で立ち往生していた彼らも、暫くすれば協会へと戻ってくることだろう。その上今回は巨獣の双角という戦果もある。想定外の怪しい生き物もオマケで付いてきたが、ダンジョン配信としては概ね成功といえる。


「ところで師匠、その子の名前はもう考えてあるんですか?」


「もちろんですわ!!」


「嫌な予感がしますね……ちなみに、何と名付けるつもりですか?」


月姫かぐやとクリスの問いに、『よくぞ聞いてくれた』とでも言わんばかりにゆさりと胸を揺らし、アーデルハイトが自慢気に答えた。結果から言えば、クリスの悪い予感は見事に的中していた。


「『肉』ですわ!!」


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