第81話 悲しきモンスター
少しじめりとした風が車内に吹き込む。
空はすっかり晴れ間が広がっているが、濡れたアスファルトの匂いが昨夜の雨の激しさを物語っていた。
「今日は何処に向かっていますの?」
案の定というべきか、未だに片付いていない
「とあるファミレスに向かってます」
「ファミレス!!もしかしてロイバですの!?」
「いえ、今日は別のファミレスですよ」
「はいシケですわ……」
向かっている先がファミレスと知り、俄に興奮するアーデルハイト。どうやら彼女は、
「ちなみに、今向かってるのは
「そ、そうですの……こちらの世界は変わった名前のお店が多いですわね……一体何が大きいんですの……?」
「さぁ……?まぁ
「え、急にうるさ!今言う必要なくねーッスか?おん?」
などと冗談を言いながら、三人を乗せた車は渋滞に捕まるようなこともなく順調に進んでゆく。彼女達がこうしてファミレスに向かっている理由は言わずもがな、『
いつの間にやら登録者数が爆増していた喜びに、ノリと勢いだけで決まってしまった今回の顔合わせ。クリスがDMのやりとりを通じて詳しく聞いてみたところ、あちらの要望は『ただ会って話がしてみたい』という、DMで伝えられていた通りの内容であった。どうやらアーデルハイトの戦う姿を配信で見たらしく、メンバーの一人が熱望したのだとか。
どこまでが本当で、どこからが建前なのか。
実際に会ってみるまでは不明だが、少なくとも敵意があるようには思えない文面であった。なんなら返事をしたことに対して、大層丁寧な感謝の言葉が添えられていたほどである。当分の間はコラボをする予定のなかった異世界方面軍だが、会うだけなら減るもんじゃないし、別にいいのでは?などという酷く適当な理由で話を受けたというわけだ。故にファミレス内でもカメラを回す予定はなく、ただただ会って話をするだけである。
わざわざ日本まで来ておいて、そんな単純な話で終わるのだろうか。クリスと
そうして一行が辿り着いたのは、探索者協会渋谷支部から車で30分ほどの場所にある
とはいえ人気のファミレスチェーンだ。探索者が居なくとも、一般の客が多数来店している可能性は十分にある。アーデルハイト達はともかくとしても、注目度の高い『
まだ昼前だからだろうか、駐車場には十分な空きがあり、すんなりと車を停めることが出来た。
「さてさて、この店はどれほどのものか……わたくしが見定めて差し上げますわ」
「目的変わってません?」
「
瞳を輝かせながら、店の前に設置された大きな看板を見つめるアーデルハイト。彼女は既に食事のことで頭がいっぱいの様子で、ここに来た真の目的を忘れかけている。真面目な話をしていたというのに、デザート選びで聞き流されてしまった
そうして店内に足を踏み入れれば、やはり客はほとんど居なかった。クリスがざっと確認したところ、手前の席に若いカップルが一組と、テーブルにPCを置いてなにやら作業をしている壮年の男が一人。そして恐らくは友人同士であろう、二人の女学生が座っているのみであった。そして店内の最も奥まった場所に、やたらと目立つ三人の外国人グループが座っている。その内の一人は巨体のせいで、広告塔も斯くやといった具合に、席の後ろにある衝立から後頭部をはみ出させていた。
「でけぇッスね……」
そんな三人組の内の一人がアーデルハイト達に気づいた。ボサついた金髪を頭の後ろで纏め、露出の多い服装をした女だった。女は他の客への迷惑も考えずに、大きな声でアーデルハイト達へと呼びかける。
「ヘイヘイヘイ!!こっちだよ
店内に居る者達が一斉に、一体何事かと女の方へ視線を向けた。アーデルハイト達を席に案内しようとしていた店員もまた、非常に複雑な表情をしている。この店員はあの女の事を知っているのだろう。故に『他のお客様の迷惑になりますので』の一言が言えないでいる。気まずい空気が店内に流れたが、金髪の女───レベッカはそんなことなどお構い無しである。待ち合わせの相手があんな蛮族だと周囲にバレたくないアーデルハイト達は、取り敢えず他人の振りをすることにした。
「オイオイ何だよつれねぇなァ!!コッチはアンタに会うためにこんなトコまで来たんだぜ?どっかのアホがやらかしたお陰で、やりたくもねェ前戯を済まして、だ。とりあえず座んなよ、今日はアタシが奢るからよ」
レベッカがアーデルハイト達を見ながら手招きをする。
アーデルハイトは今と似たような光景を見たことがあった。まるで酒場の酔っぱらいがそのまま冒険者ギルドでくだを巻き、同業者や職員から寒い眼で見られている時のようで。
「クリス、
「ていうかウチ高校レベルまでの英語しかわかんねーんスけど……」
「……残念ながら、あの蛮族は我々の事を呼んでいるようですよ」
無視をしたところでお構いなしに声を上げるのだから、これでは逆効果もいいところだ。無視を続ければ続けるだけ、この地獄のような空気は続くのだ。観念したアーデルハイト達が渋々席へ向かったところで、レベッカは満足そうに席についた。嫌らしいというわけではなく、ただ純粋に喜びを噛みしめるかのようなニヤニヤ笑いを浮かべながら。
「ようこそお姫様!!招待に応じてくれて感謝するぜ。何分滞在期間が限られてるんでなァ、断られたらどうしようかとヒヤヒヤしたぜ。あぁ、アタシはレベッカだ。気軽にベッキーって呼んでくれて構わねェぜ。ていうかマジでめちゃくちゃ美人だなァ、同性のアタシからみてもちょっとドキっとするぜ」
どうやら本当に楽しみにしていたのだろう。アーデルハイト達が席につくなり、興奮した様子で矢継ぎ早に捲し立てるレベッカ。まるでアイドルの握手会にやってきたファンのように、キラキラと輝く瞳でアーデルハイトを見つめている。粗野な言動が目立つ彼女であるが、そう考えると多少は微笑ましく思えた。
そんなレベッカに続いて、隣に座る男が言葉を発する。
「俺はレナードだ。一応『
「ンだよ、アンタも会いたいっつってただろうが。そもそも、死神討伐の動画をハァハァ言いながらアタシのとこに持ってきたのはアンタだろ」
「……ハァハァは言ってない筈だ」
冷静に自己紹介を済ませたレナードだったが、直後レベッカから入れられた横槍に動揺し、手元のコーヒーを口にして誤魔化した。少しだけ、本当に少しだけ顔を赤らめているあたり、レベッカの言もあながちデタラメというわけでもないようだ。或いは、単純にアーデルハイトの容姿にあてられたのか。
「レベッカさんに、レナードさん。覚えましたわ。わたくし達の自己紹介は……今更必要ありませんわよね?」
相手がこちらのことを知っていようといまいと、礼儀としては名乗るべきなのだろう。しかしアーデルハイトは手早く自己紹介フェイズを終わらせ、料理の注文をしたかったのだ。それを敏感に感じ取ったクリスが、アーデルハイトの脇を肘で小突いていた。しかしそんなアーデルハイトの言葉に気を悪くした風もなく、ニヤケ面のままでレベッカは答える。
「勿論。アーカイブは全部見たからなァ。よーく知ってるよ。アーデルハイトお嬢様に、従者のクリス、んで……アンタが例のミギーって訳か。リスナーよりも先に会えたってのは、ちょっとした優越感だなこりゃァ」
探索者特有の鋭い視線を
そんなやり取りの横から、低く、よく通る声が聞こえてきた。
「そろそろ俺もいいだろうか?」
一際大きな身体を窮屈そうに押し込めながら、短髪の男がそろそろと手を上げていた。しかしそんな男の控えめな挙手は、レベッカによって封殺されてしまった。
「コイツはアタシの兄貴でウィリアム、今回の戦犯だ。以上、覚えなくていーぜ」
「……」
あまりにも雑な紹介だが、しかしウィリアムはゆっくりと手を降ろした。一見すれば表情に変化はないが、その大きな背中には哀愁が漂っている。つい先日、怒り狂った
「わたくし、丁度似たような映画を見たことがありますわ。彼は悲しきモンスターというやつですわね」
「それは……ちょっと意味合いが違う気がしますけど」
「その……良く分かんねースけど、なんというか、元気出すッスよ。ていうか日本語分かるッスかね?」
この面子の中で唯一、英語での会話が出来ない
「俺以外の二人は日本語が話せないが、俺は日本語も習得しているよ。通訳するから遠慮なく話してくれ」
「あ、それは助かるッス」
「そっちの二人は……やはりどう見ても英語の口数ではないが、不思議な事に問題無いようだしな」
レナードとしては、アーデルハイトとクリスの怪しげな言語能力についての話も聞きたいところではあった。しかし探索者としては、他人を詮索するのはマナーが良くないとされている。そもそも初対面であるし、常識的に考えればずけずけと聞いて良いものではない。故に彼は、この件についてはそれ以上何も言わなかった。
「っし!自己紹介も終わったことだし、とりあえずなんか食いながら話そうぜ。知ってるか?
レベッカがそう口にする前から、アーデルハイトは既にメニュー表とにらめっこをしていた。そうして各々が注文する料理を選び、レナードが卓上に備え付けられたボタンを押下する。ファミレスではお馴染みの店員を呼び出すためのボタンであるが、レベッカに任せると連打する所為で迷惑なのだ。
「なァ姫さん。アンタぶっちゃけどんくらい強ェんだ?アタシも腕にはかなり自信があったんだけどよ……アンタの戦い見てたら馬鹿らしくて笑えたぜ。こういうのなんつーんだっけな。胃の……胃の中の……あー?」
「
「そう、それだ!」
「違います。蛙です。井の中の蛙。恐らくですが『い』も間違ってますよ」
そんな下らない話をしていると、ものの十秒ほどで店員がやってきた。やってきた店員は少し背の低い、ボサついた栗色の髪の男であった。
「注文を───ん?」
良く言えばクール、悪く言えば愛想が悪い、そんな端的な一言だった。しかしそんな単純な一言でさえも、店員は最後まで言い切ることが出来なかった。途切れた言葉と、何かに気づいたかのような疑問符。その特徴的な赤い瞳は、まっすぐにアーデルハイトの元へと向けられていた。眉根を寄せた店員の表情をみれば、それが彼女の美しさに見惚れているわけではないことは分かる。
「────?……ッ!?」
最初に気づいたのはクリスだった。
というよりも、この場で気づくことが出来るのはアーデルハイトとクリスの二人しか居ない。アーデルハイトが早々にデザート選びを始めた以上、クリスが最初に気づくのは必然であった。そうしてクリスが慌てたように、メニュー表に釘付けとなっているアーデルハイトの肩を激しく揺する。
「お嬢様!お嬢様!!」
「わたくしはこの抹茶もちもち玉パルフェ~京都産宇治抹茶使用~に致しますわ!!───え、なんですのクリス?」
「前!前!」
クリスの言葉に釣られ、アーデルハイトが漸くメニュー表から顔を上げる。そうして店員と視線が合い、彼女の口からはとある顔見知りの名が零れた。
「あら?ウーヴェではありませんの?」
「違う、良く見ろ」
そういって店員───ウーヴェが自らの胸元、ネームプレートを指さした。
「今の俺は───そう、宇部だ」
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