第275話 ゼロですわー!
「さん」
「にッス!」
「いち」
「ゼロですわー!」
そんな四人の掛け声にただ事ではない雰囲気を感じたのか、肉と毒島さんも元気よく跳ね回る。思えばこうして全員がカメラに映るのは、意外と初めての事かもしれない。
:あけおめ!
:ことよろ!
:あけおめハイト!
:団長がこっちの世界に来てからもう新年か……
:お肉ちゃんと毒島さんもよう跳ねとる
:全員集合すごくいい(語彙力
:あっという間だったな
:内容が濃すぎる年だった
本日は12月31日────否、丁度1月1日になったところ。所謂大晦日だ。異世界方面軍が活動を開始して半年と少し。初めての年越しはやはり、お世話になった視聴者達と行うべきだ。そういった考えの下に21時から配信を始め、そして今しがた、遂に新たな年を迎えた。
大晦日といえば誰しもが忙しくしていることだろう。こんな日に配信をして、観にくる人はいるのだろうか。そんな不安も当初はあったものだが、しかし配信を始めて見ればこのとおり、全ては杞憂であった。同接数は現在一万人弱といったところ。流石に普段通りとまではいかないが、それでも十分すぎるほどの数である。
「さて、年越しも無事終了────というわけで皆さん、本日の配信はこれでお終いですわ。本年は一層張り切って参りますので、異世界方面軍をよろしくお願いいたしますわ」
:既に張り切りすぎ定期
:今年(去年)だけでいくつやらかしたと思ってんだ
:今年は落ち着いてもろて
:張り切るな
:今以上に張り切ったらこっちの世界壊れちゃうよぉ……
:嬉しい反面怖くもあるよね
:今までが下積みだと考えると……アカン!
「やらかしてなんていませんわよ!」
配信はここまで。アーデルハイトがそう宣言したにも関わらず、再度盛り上がり始める視聴者達。なにしろこの半年、事あるごとに界隈を騒がせた異世界方面軍だ。そんな彼女たちが『一層励む』などと言い出せば、団員たちがどよめくのも当然だろう。しかしこれではいつまで経っても配信が終わらない。いい加減に眠くなってきたインドア勢からは、巻きの要請が出されていた。
「きさまら、いいからはやくねろ」
「ふぁ……ねむ……もう配信切っていいスか?」
彼女たちは初詣に行くつもりなど毛頭なく、数日前から寝正月の計画を立てていた。つまり彼女たちは、元旦に何か用事があるわけではないのだ。神社になどいって、ファン達に見つかり騒ぎを起こすのは望むところではない。アーデルハイトは出かけたがっていたが、しかしインドア派の
「とまぁ、インドア勢がうるさいので今度こそ本当にお別れですわ。それでは皆さん、ごきげんよう。あっ、チャンネル登録もよろしくお願いしますわー」
:おつ!
:今年も頼むでぇ
:おつハイト!
:おつガン
:インドア派w 片方はただの引きこもりやろがい!
:ぬわー(壁に衝突
:次の配信まで全裸で待機してます
:ギリギリ宣伝出来てえらい
アーデルハイトの言葉を合図に、
* * *
配信終了後。
まだまだ元気なアーデルハイトは、こたつに入ってタブレットで映画を観ていた。もちろんサメ映画である。彼女が映画を見ている時、それは大抵の場合、サメか任侠モノの二択だ。なお、
「遅くなりましたが、お蕎麦が出来ましたよ」
「待っておりましてよー!」
そこへクリスがやってくる。手には湯気を立てる二つの丼。トッピングに大きな海老の天ぷらと、更には
アーデルハイトは早速といわんばかりに両手を合わせ、小さな声で「いただきます」と言って黙礼する。当初は上手く使えなかった箸も、今では完璧に使いこなしている。半年の間にすっかりと現代に馴染んだ様子。熱々の蕎麦を箸で器用に摘み、ちゅるちゅると可愛らしい音を立てつつ口へと運ぶ。その直後、幸せそうな顔で「んぅー!」と唸りを上げた。
「おいしいですわ!」
「それはよかった。明日はおせちもありますよ」
「素晴らしい仕事ですわ。流石は我が公爵家のメイドですわね」
「ありがとうございます」
とても公爵家の令嬢とは思えないジャージ姿の女から、有り難いお褒めの言葉を賜ったクリス。まんざらでもない様子で微笑み、自らも蕎麦を食べ始める。
「それにしても、もう半年ですか……お嬢様までこちらの世界に来た時は、本当にどうなることかと思いましたが……存外、なんとかなるものですね」
「当然ですわ。わたくしに不可能はありませんもの」
「ふふ、そうですね」
自信満々に答えるアーデルハイトと、それを静かに肯定するクリス。それは二人が幼い頃より、もう何度も繰り返されたやり取りだった。あちらの世界で共に過ごした十数年も、こちらの世界で共に過ごした数ヶ月も、どちらも何も変わりはしない。時の長さに違いはあれど、等しく同じ二人の時間だ。
「まだまだ課題は山積みですし、今年はもっと頑張りますわ!」
「そうですね。無論私も、誠心誠意お手伝いさせて頂きます」
「頼りにしていますわ!」
決意を新たにし、仲良く蕎麦を啜る二人。
こうして、異世界方面軍の新年は幕を開けるのであった。
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