第274話 しるか

「おいす」


 いつもの半眼、低いテンション。むっつりとした表情のオルガンが、カメラに向かって雑な挨拶をする。オルガンの部屋着といえば基本的にはジャージか、或いはみぎわのお下がりシャツである。どうやら今日は後者らしく、見様によっては『彼シャツ』のように見えなくもない。もちろん下は短パンを履いているのだが。


:!?

:!!?

:ごきデルハイ……なん、だと!?

:騙されるなよお前ら! 胸部をよく見ろ、団長じゃねぇ!

:あっ、なんだただの貧乳か……

:あぶねぇ、危うく騙されるところだったわ

:どこで見分けてんだよw

:ひと目で分かる定期

:これの良さがわからんのかお前ら。素人が


 待ってましたと言わんばかりに流れていくコメントの数々。そう、これは配信であった。異世界方面軍が配信を開始したという報せを受取り、当然アーデルハイトがいるものだと思ってやってきたリスナー達。だがそこには我らが騎士団長の姿はなく、ただの眠そうなエルフが一人、ぬぼっと映っているだけであった。


「今日はわたしだけ」


 オルガンの言葉通り、現在ここには彼女しかいない。それもその筈、アーデルハイトやクリス、そしてみぎわの三人は現在、コミバの打ち上げで高級居酒屋にいるのだから。では何故、オルガンが一人で配信をしているのか。それは偏に『暇だったから』に過ぎない。


「アーデ達はどっかいった。暇なので配信してみた」


 つい先程までオルガンコレダーなる怪しい手甲を制作していた彼女。それが完成した今、時間を持て余しているというわけだ。雑談配信は暇つぶしにもってこいなコンテンツ。みぎわの補助要員として、機材の扱い方を習得していたのが役に立ったというわけだ。


:どっかw コミバやろw

:新製品のプロモ好評みたいよ

:貴重なオルたその単独シーン

:言うて何するん? 雑談?

:近隣住みの団員はコミバへ 遠方勢はオルたそと雑談

:あれ、かなり当たり回じゃね?

:リアルエルフと雑談はかなり当たり

:いろいろ聞きたいことあるんすよ


 オルガンがこちらの世界に来てから、彼女メインの配信回というのは殆ど────強いて言えば例のポンコツバランスボールくらい────なかった。そんなオルガンの単独配信という貴重な回に遭遇した視聴者達は、望外の喜びに震えている。リアルエルフに質問をする機会などそうそうない。彼らはここぞとばかりに、オルガンを質問責めにするつもりであった。


 ────が、しかし。


「ことわる、めんどい」


:だめです

:めんどかったかーw

:ことわるwwww

:ダメかーw

:なんでや!! 質問コーナーくらいええやろが!

:俺達の期待を裏切ったな!

:今絶対に質問コーナーの流れだったよね??

:じゃあ何配信なんすかこれェ!?


 視聴者達の喜びを『めんどい』の一言で切って捨てるオルガン。はっきり言えば、オルガンはアーデルハイトよりも余程扱いづらいのだ。彼女は基本的に、自分に興味があることしかしない。その上、もし飽きればそれが途中であっても放り投げてしまう。良く言えばマイペース、悪く言えば自分勝手。それがオルガンという女であった。アーデルハイトも気分屋な方ではあるが、ここまで酷くはない。


 しかしこれは、エルフという種族の特徴でもあった。エルフは寿命が長く、人里離れた森の中で生活する種族だ。無論全てのエルフがそうだというわけではないが、しかしそういった者達が多数を占める。故にか、基本的に他人に興味がない者が多いのだ。自分の世界に閉じこもりがち、と言い換えてもいいだろう。そんなある意味『変人』とも言えるエルフの中で、オルガンは輪をかけて変人だ。それは先程作製した『オルガンコレダー』とやらに、今はもう興味がないことからも分かる。


「しかしわたしも鬼ではない。今日は人生経験豊富なわたしが、人生相談にのってやろうとおもう」


 しかし落胆する視聴者達に、僅かな希望が齎される。随分と偉そうな────実際カメラの前で、無い胸を張ってふんぞり返っている────態度ではあるが、どうやら一応のコンテンツは用意していたらしい。それが『人生相談』というのは、胡散臭さが拭えなかったが。しかし、こう見えてオルガンは100歳を過ぎている。人生経験豊富というのも、あながち嘘ではないのかもしれない。嘘ではないのかもしれないが────。


:うそつけ! 大体引きこもってるってだんちょが言ってたぞ!

:一度研究室に籠もったら年単位で連絡がつかないって聞いてるぞ!

:人生経験豊富(大嘘

:もうまるっとバレてんだ! 大人しくしろ!


 信じてもらえるかどうかは別の話である。アーデルハイトやクリスから、あちらの世界の話をちらほらと聞かされている視聴者達。その中には六聖の話もあったのだ。世界最強の六人、通称『六聖』。そんな如何にもな存在を知ってしまえば、視聴者達が好奇心を抑えることなど不可能だ。故に『六聖』に関する質問も多く、アーデルハイト達はそれに答えていた、というわけだ。故に、オルガンの基本情報はリスナー達にもすっかり知られている。そうでなくとも異世界方面軍リスナーであれば、オルガンの普段の様子から大体の予想は立てられるだろうが。


「なんという態度の悪さ。さすがアーデの子分たち」


 嘘を吐くな、という冗談交じりの非難を受け、眠そうだったオルガンの表情が少し変化した。よくみれば少しだけ、ムスっとしているように見えなくもない。


「よかろ。ではまず、このましゅまろに答えてやろう」


 配信用のパソコンを操作し、寄せられた質問の中からひとつ表示させるオルガン。ちなみにこれは、異世界方面軍が雑談回の質問コーナー用に常時募集している、質問集から選んだものである。


「なになに────『好きな女性がいるのですが、今の関係が壊れるのが怖くて告白できずにいます。どうするべきでしょうか』───とな?」


:オーソドックスな恋愛相談だな

:異世界方面軍にあるまじきオーソドックスさ

:基本中の基本みたいな質問来たな

:異世界に毒されすぎて、こういうのに違和感しか感じなくなった

:異世界の恋愛観が知れるチャンス……?

:引きこもりの変人エルフに何が分かるというのか

:見せてもらおうか、変態の回答とやらを


 そうして視聴者達の注目が集まる中、オルガンがアホみたいな顔で暫しの思索に耽る。なんだかんだといっても天才だ。その頭脳が導き出す答えは、そこらのありふれたものとは異なるものだろう。半信半疑ではありつつも、誰もがそう期待していた。質問がありふれたものだけに、オルガンの答えにかかる期待はより大きくなっている。待つことおよそ一分ほど。ぼけっとアホみたいな顔をしていたオルガンが、漸く口を開いた。


「しるか」


 それは『相談に乗ってやろう』という語り出しから出たとは思えない、あまりにもな答えであった。成程確かに、異質と言えば異質なのかもしれないが。オルガンの雑すぎる解答を聞いた視聴者達は、まるで示し合わせたかのように『知ってた』というコメントを投げつけた。

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