第273話 いえ、私はそのままで構いません
上品だが華美ではない、まさに丁度いいバランスで配置された調度品。床は座敷で、畳の良い香りが落ち着いた雰囲気を演出していた。
「それでは、イベントの成功を祝して────乾杯!」
「かんぱーい!」
クロエの音頭に合わせ、各々がグラスを掲げる。貸し切りかつ知り合いの店とはいえ、いつぞやの旅館とは訳が違う。未成年のアーデルハイトと
参加者は異世界方面の三人とクロエ。実は二日目も裏方として協力してくれていた
実は
「色々ハプニングもありましたけど反応は上々。大いに注目されましたし、今回の先行発表会は大成功といってもいいでしょう。発売が楽しみですね」
酒の場ということもあってか、クロエはいつになく上機嫌だった。彼女の言うハプニングとはもちろんノーブルジョークのことだが、意外にもアレがよかった。肉が鎧を粉砕し、一般の探索者達が萎縮してくれたお陰で、潜んでいた大和を釣り上げる事が出来たのだから。知名度が群を抜いて高い彼だが、
「お肉ちゃんが活躍してくれて私も嬉しいです! 日頃から一緒に特訓していた甲斐がありましたね!」
「え、あのいつも食らってるタックルのことッスか? アレって特訓だったんスか……?」
「もちろんです! 遊んでいたわけじゃないんですよ」
まるで自分の手柄のように喜ぶ
「デモンストレーションで商品を粉々にぶっ壊すなんて、普通はあり得ない話だけど……ま、結果オーライってヤツね。実際、ネット上でも既に結構話題になってるわ」
意味わかんないけど、とでもいいたげな顔をしている
そんなやらかし異世界人はといえば、何やら真面目な顔で料理を見つめていた。
「大変ですわクリス。この月見つくね? とやらの卵を割るのが楽しくって、つい貴女の分も勝手に割ってしまいましたわ。これはわたくしが全て食べるべきですわよね? ええ、それがいいですわ。上位者たるもの、失態の責任は取らねばなりませんもの。というわけで、貴女は追加分を注文するといいですわ。ではいただきま───」
「いえ、別に私はそのままで構いませんが」
「───無理をせずとも、わたくしは大丈夫ですわ。というわけで貴女は追加分を注文するように」
「いえ、私はそのままで構いません」
「……」
表情を変えること無く、アーデルハイトから料理を没収するクリス。没収しながらも手元のタブレットを手早く操作し、追加分の月見つくねを注文する。アーデルハイトの小賢しい戦略など、クリスにはまるっとお見通しであった。連れ去られて行ったつくねを寂しそうに見つめつつ、自分の分のつくねを口に運ぶアーデルハイト。もっちりとした重厚な歯ごたえと、口に中いっぱいに広がる甘辛いタレと鶏肉の旨味。そこに卵黄のまろやかさが加わることで、それはもう大変に美味であった。
「たいへん美味しいですわー!」
少なくとも、帝国では食べたことのない味だった。こちらの世界に来てから、もうそれなりに経つアーデルハイト。しかし先日の焼き肉もそうであったが、まだまだ驚くことばかりである。今日の振り返りなどそっちのけ、ひたすら現代の料理に舌鼓をうつアーデルハイト。その姿は大変微笑ましく、クリスのみならず、他の者達からも次々と餌付けされていた。扱い的にはほとんど肉と大差がない。
ともあれ、彼女達にとって今年最後となるイベントは、こうして無事成功に終わった。この先の展望もうっすらとだが見えている。配信業も順調で、資金集めも安定しつつある。残す課題は封印石の収拾と、現代探索者達の実力の底上げといったところか。とはいえ、見どころのありそうな探索者達とは既に顔見知りの関係だ。彼女たちを鍛え上げ、そして彼女たちの協力を得られれば、封印石の問題に関してはどうにかなるだろう。
異世界方面軍が活動を開始してからわずか一年足らず。文句のない一年であったといえるだろう。家では怪しい兵器が生産されており、その扱いでまた一悶着あったりするのだが、それは今の彼女たちには知る由もないことである。
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