第272話 ロマン武器はよい(閑話)

 アーデルハイト達がコミバケ会場でプレゼンを行っていた、ちょうどその頃。


 置いていかれたオルガンは、すっかり研究室と化した自室で制作活動に精を出していた。元より引きこもり体質で、一度部屋にこもれば年単位で顔を見せないこともある彼女だ。客引きパンダとして机で寝ているよりも、こちらのほうが余程マシというものである。


 そんなオルガンが現在弄くり回しているもの。

 それは大きくて硬い、妙に黒光りした金属であった。


「ふむり」


 作業の手を一度止め、しげしげと眺めてから再び作業に戻る。先程からこの繰り返しだ。その表情に緊張感等といったものは見られず、それどころか楽しげにすら見える。錬金術の頂に立つ彼女にとって、何かを作っている時が最も時間なのだ。


 錬金術。

 こちらの世界の歴史上にも存在していたそれは、端的に説明すれば『卑金属を貴金属へと変化させようとする試み』のことだ。果ては人体や、その魂を生み出すといったオカルト地味たことですら、広くは『錬金術』に含まれる。科学の発展に大きく寄与したそれは、真っ当な学問であった。しかし現代で錬金術といえば、ほとんどファンタジーの一種として親しまれている。アニメやゲーム、小説に漫画など、すっかり耳馴染みとなった言葉だ。現代人の大半がイメージするのは恐らく後者、ファンタジー寄りな技術の方だろう。ホムンクルスだとか、賢者の石だとか。ある物質から全く別の物質を作り出す、それこそ魔法のような技術であると。


 オルガンの操る錬金術とは、まさしくそういった類のものであった。彼女が錬金を行う際、自身の持つ大量の魔力を消費する。錬金術の習得に保有魔力の多寡は関係ないが、しかし多いに越したことはない。なにしろ錬金術とは、なにかしらの工程を踏む度に魔力を消費するのだから。保有魔力が少なくとも錬金術は可能だが、しかし多ければ多いほど出来ることは増える。エルフの中でも特別な存在であるオルガン。彼女の持つその莫大な魔力こそが、錬金術の頂点に立ってられる理由のひとつであった。


 余談だが、錬金術には魔力が必須というわけではない。知識と技術だけでもある程度の錬金は可能だ。それこそ、今回の『Elven Skin』がそうであるように。地球上の錬金術師達がそうであったように。要するに、質を上げようとすればするほど魔力が必要になる、というだけの話である。


 そんな怪しい異世界技術であるオルガンの『錬金術』だが、その分野は多岐にわたる。そしてオルガンが最も得意としている分野というのが、所謂『魔導具』制作であった。それは彼女にとってほとんど趣味のようなものだ。現代風に言うなら、機械いじり等が近いだろうか。みぎわとオルガンの馬が合うのも、似たような趣味を持つといった部分が大きいのかもしれない。


 こちらの世界に来てからというもの、なんだかんだであまり創作活動が出来ていなかったオルガン。もちろん『護身用魔導人形ちゃんアストラペーちゃん』や異世界方面グッズ等、必要に迫られて作ったものはある。だが本来のオルガンは意味も実用性もない、もっとどうしようもなく無駄なモノを作りたいのだ。その結果ゴミが生まれようとも、彼女自身が満足できればそれでいいらしい。


 しかしクリスから貰うお小遣いだけでは、錬金用の素材を調達するのは難しかった。あちらの世界ではなんてことのない、入手の容易な素材であっても、こちらの世界では相応に値が張る場合が多いからだ。異世界方面軍がダンジョンから持ち戻り、協会に売却しなかった素材であれば、ある程度自由に使う裁量は与えられている。だがそれでは痒いところに手が届かない。欲しい素材が絶妙に手に入らない。


 無論、クリスに頼めば素材のひとつやふたつは買ってもらえるだろう。だが無駄遣いに厳しい彼女のことだ。自分が満足するためだけのゴミを作ったとなれば、暫くの納豆禁止令が出るやもしれない。そういった理由もあって、無駄なものを作れなかったのだ。六聖ともあろう者が、胃袋を支配されてしまえばこの通り。随分と情けない話である。


 しかし、だ。

 オルガンはついにパトロンを手に入れた。あの回復薬狂いの淫乱ピンクは、オルガンにとってのいい金づるであった。広めても問題ないであろう、大したことのない技術を提供するだけでホイホイとお金を出してくれる。『レーヴァテイン』の改造などがいい例だ。少し知恵と技術を貸してやっただけで、暫くはお小遣いに困らないであろう額をポンと出してくれた。錬金術師も謂わば研究職のようなもの。研究者にとって、パトロンは何にも代えがたい存在なのだ。あぁ、素晴らしきかなお金持ち。


「ぬふふ」


 そんな無限に湧き出る金脈ピンクを仲間にしたオルガン。まさしく垂涎。こうして金属を弄っている今ですら、ニヤつきが抑えられなかった。そんな彼女が現在作っているもの。それは既存の錬金術と、こちらの世界で得た知識をかけ合わせたものだ。流石のオルガンと謂えど、現代には未知の技術が沢山存在していた。


 例えば銃だ。

 ひどく乱暴な言い方をすれば、ただ金属を高速で射出しているに過ぎない単純な武器だ。機構云々を別にすれば魔法で似たようなことが可能だし、もっと強力な効果を持たせることもできる。しかし銃の最も優れた点はそこではない。誰でも簡単に、トリガーを引くだけで常に同じ効力を発揮する。魔力が無くとも、筋力が無くとも、知識がなくとも、だ。無論、的に当てるにはそれなりに技術が必要だろう。だがそんな事、オルガンにとってはどうでもいい。銃という武器自体が持つ威力は常に一定、それが重要なのだ。


 つまりは何が言いたいのかと言えば。

 現代の科学技術は、ひどく『魔導具向け』の技術ということだ。


 オルガンは様々な現代技術を、暇を見つけては仕入れていた。みぎわの部屋にある様々な雑誌、専門書、漫画、ゲーム。アーデルハイトと共に見る映画やドラマ。そうしたものから知識を取り入れ、彼女なりの解釈で以て構想を練ってきた。それがつまりは、錬金術と科学の融合だった。恐らくは大変に歴史的な発明であろうそれが、マンションの一室という地味極まりない場所で生まれようとしていた。


「出来た」


 オルガンが先程からこねくり回していたものが、怪しい魔法陣の上で光を放つ。それは魔導具作りの最終工程、付与が終わった証であった。久しぶりの趣味全開、実用性皆無、無駄の極み。その喜びからか、椅子に座るオルガンが床に届かない足をパタパタと振る。


 テーブルの上にはうっすらと青白い輝きを放つ、漆黒の金属篭手或いは手甲が鎮座していた。小柄なオルガンの手には全く合わない巨大なサイズ感は、最早篭手どころの話ではない。表面には幾つもの怪しげな文様。それらが意味するところは『電気系統魔法』なのだが、しかし彼女以外には誰も理解出来ないだろう。


「うむり……い」


 しつこいようだが、この魔導手甲はオルガンの趣味から生まれたモノである。ある意味では『レーヴァテイン』に近いかもしれない。実用性やコストを一切無視した、謂わば高級玩具だ。つまりはロマン武器の類であるということ。そしてオルガンはこれを作るにあたり、現代で仕入れた武器知識から着想を得ている。


「ふむり。コレは『オルガンコレダー』と名付けよう」


 だが『現代の武器知識』とは、何も実在するものとは限らない。オルガンが参考にしたもの。それは銃などの近代兵器ではなく、創作物の中にしか存在しない怪しい武器であった。結局のところ『コレダー』とはどういう武器なのかといえば、要するに『高圧放電兵装』といったところだろうか。現代でも有名な『レールガン』などと比べれば、ひどくマイナーな武器だった。なにしろ『コレダー』などという英単語は本来存在しないのだ。起源については諸説あるが、粒子加速器を意味する『collider』が元ではないか、と言われていたりする。閑話休題。


 ともあれ、こうして怪しい玩具は完成した。

 当然ながらオルガンはただ作るだけ。完成した時点で、『オルガンコレダー』の役目は既に終わっている。実際に使用したりはもちろんしない。仮に実戦で使うとしても、それはオルガンのやるべき事ではないのだ。なんとも無責任な話である。


「……やはりロマン武器はよい。大変よい」


 そう言いつつも、しかし試しに装着してみるといったことすらしない。


「次はパイルバンカーにしよう」


 オルガンコレダーを机の上に放置したまま、オルガンはそのまま部屋を後にする。錬金術と現代科学(大嘘)の融合、その第二弾の構想を一人呟きながら。どうやら次もまた、フィクション兵器を作るつもりでいるらしい。こうして生み出された怪しすぎる兵器が使用される機会があるのか、ないのか。それはまだ誰にも、オルガン自身にすら分からなかった。


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