第271話 カモーンですわ!
「はい、まぁそういうわけで」
破片はクリスがしっかりと回収し、そのまま一纏めにして舞台袖へと撤去。一仕事を終えた肉もまた、満足そうに鼻を鳴らして箱の中へと戻ってゆく。一方のアーデルハイトは手を一度叩き、何事も無かったかのような顔でプレゼンを再開した。もしこれがいつもの配信であったなら、恐らくは『はいじゃないが』というコメントで溢れかえっていたことだろう。
「今のはちょっとした────そう、ちょっとした戯れでしてよ。ノーブルジョークというやつですわ」
戯れで自社製品を粉砕されては、堪ったものではないのだが。とはいえ、ここまではある意味予定調和だ。アトリエに引き篭もる兄に代わり、ブースの責任者を務めているクロエ。彼女も『どうせこうなるだろうなぁ』と最初から思っていた。もっといえば、アーデルハイトやクリスでさえもそう思っていた。
そもそも『Elven Skin』はあくまでもインナーであり、ここまでの衝撃を防ぐことは想定していない。謂わば『着ていて良かった最後の保険』的な装備であり、肉の直撃に耐えられるような設計ではないのだ。つまり先程の試技には、はっきり言えば何の意味もなかったということになる。なら何故やったのかといえば『やりたかったから』としか言いようがなかった。実に異世界方面軍らしい一幕であった。
「さて、それではデモンストレーションも済んだことですし、ここからは実際にみなさまに試着をして頂こうかと思いますわ。とはいえ全員に、というわけにも参りませんので、我こそはと思う方は是非挙手をお願い致しますわ」
実力に差はあれど、ここに集まっている大半は探索者だ。そして商品は
だが、どうにも反応が良くない。
というよりも、誰も彼もが二の足を踏んでいる様子。試したくない訳ではない。もちろん試してみたい。だがしかし、先の一幕を見てしまっては────。
「あら? どなたかいらっしゃいませんの?」
無論、別に肉をけしかけるという訳ではない。ただ試着してもらい、着心地などを聞かせて欲しいだけである。だがアーデルハイトの側でガタガタと揺れる箱。それがあるせいで『着てみたい』とはなかなか言い出しづらい。ちょっとしたノーブルジョークとやらは、集まった探索者達の意気をすっかり挫いてしまっていた。しかしアーデルハイトに言わせれば『この程度で怖気づくとは、それでも探索者か』といったところ。実力に差がありすぎるというのも考えものである。
そんな中、一人の勇者が手を上げた。
「あら! あらあら! やっと希望者が現れましたわね! それではそこの貴方、壇上へ────あら?」
観客達を掻き分け、姿を見せたのは若い男であった。長身に整った顔立ち、普段配信で見せている装備とは違い、シックな私服であるが故に目立たなかったその男。その勇者とは、今回もまた会場までやって来ていた、東雲大和その人であった。
「あはは、どうも」
「貴方、こんなところで一体何をしていますの?」
「いやぁ、探索者用の新装備なんて言われたら、そりゃあやっぱり気になるよ」
二度目の邂逅故か、講習会の楽屋で会った時ほどの緊張は、大和には見られなかった。実際には三度目なのだが、夏のコミバケでは全く認識されていなかったのでカウント外である。ともあれ、今回の『Elven Skin』発表会は、探索者界隈で非常に注目度が高くなっている。トップ探索者である大和が視察に来ていてもなんらおかしくはない。
予想外の大物登場に、会場にはどよめきが起こる。
とはいえ夏にはあのレベッカを。そして昨日はあの
「よろしいですわ! 貴方の言葉なら説得力もあることでしょうし、是非忌憚のない意見を聞かせて頂きたいですわ」
「こと探索装備に関して、僕は嘘が吐けないからね。辛口でいかせてもらうよ?」
「たいへん結構ですわ! 商品には自信がありましてよ!」
そう自信満々に答えたアーデルハイトに促され、大和は舞台袖に設置された試着室へ。なお彼が着替えている間は、アーデルハイトが瓦割りをして時間を稼いでいた。そうして暫し。ものの五分も経たぬうちに、大和が再び舞台上へと姿を見せる。
「お待たせ。着替えてきたよ」
大和が裏で選んできたのは、アーデルハイト達が着用しているものと同様のもの。肌に張り付くスポーティータイプの『Elven Skin』だ。その上から、Luminousが用意していた、一般的な探索者用軽鎧を着用している。腰には刃を潰した、訓練用の模造剣を佩いていた。普段は高級な装備に身を包んでいる大和だが、今はすっかり駆け出し探索者といった様子。滅多に見ることの出来ない大和のレア姿に、会場内に居た大和ファンは大喜びであった。
「あら、なかなかお似合いですわね」
「ありがとう。さて、これから僕は何をすればいいんだい?」
「ひとまず、今のところの感想はどうですの?」
先ほど『辛口で評価する』と宣った大和だ。そんな彼がどう感じたのか、観客たちはその言葉に耳を傾ける。
「うん、いいね。少なくとも、動きを阻害するようなことは一切ない。結構薄着のハズなのに、不思議なことに寒さもほとんど感じないよ」
そう言いながら腕を回してみたり、腰を捻ってみたり、軽くステップを踏んでみたりと、壇上で色々と動いて見せる大和。第一印象は好感触であった。とはいえ、一般的なスポーツインナーですら、その程度は当たり前のことだ。問題はこの先、肝心の衝撃吸収性能についてなのだから。
「そうでしょう、そうでしょう! それでは続いて、防御性能を試していただきますわ。本来はわたくしが軽く小突く予定だったのですけど……貴方ならお肉コースでも大丈夫かもしれませんわね」
「えっ」
「というわけで、カモーンですわ!」
アーデルハイトが高らかに手を掲げ、ぱちりと指を鳴らす。すると側にあった箱の中から、白くてモコモコのきぐるみを被った怪しい生き物が姿を現した。短い前足で舞台をガリガリと引っ掻き、ふんすと鼻を鳴らす。どうやらやる気十分である。
「先ほどとは装備も異なりますし、もちろん手加減を致しますわ」
「いやいやいや!」
安心してくださいまし、とでも言うように、大和の肩をぽんと叩くアーデルハイト。 そうはいうが、しかし大和に言わせれば何一つ安心など出来はしない。無論、常よりトップ探索者として活躍している大和だ。仮に先のような強烈な一撃がやって来たとしても、恐らく命に別状はないだろう。精々が怪我をする程度である。だが逆を言えば、怪我はするのだ。手加減するとアーデルハイトが公言してはいるものの、実際の相手は怪しい生き物である。手加減とやらがどこまで保証されているのか、まるで分かったものではない。
「あら、もしかして怖気づきましたの?」
「いやっ、それは……そんなことは全然ないけどね?」
若干目が泳いではいるものの、気合で不安を押し殺す大和。アーデルハイトの殺気を受けたときもそうであったが、どうやら大和には、意外と意地っ張りな一面があるらしい。そうしてやめ時を見失った大和は、壇上の端へと連れて行かれてしまう。そうして対面には肉がセットされ、あれよあれよという間にテストの準備が完了してしまった。
「それではみなさま、これより彼にテストを行っていただきますわ。わたくし達の新商品、その性能をとくとご覧くださいまし!」
「くっ……僕は負けない!!」
如何にも勇者っぽい台詞────若干のフラグ感はあったが────を吐きながら、覚悟を決めた大和が防御の構えをとる。それを確認したアーデルハイトが、合図と同時に肉を放つ。
「ゴーですわー!」
そして駆け出す肉。手加減という言葉に嘘はなく、先程よりは幾分遅めのスピードだ。遊びに来た
大和は爆発四散────しなかった。
フライパンを叩いたような音、と形容するのが近いだろうか。どこか間の抜けた金属音とともに、肉が衝撃で跳ね返る。対する大和も吹き飛ばされるが、しかし巨大なマットを抱えたクリスによって受け止められる。大和の装備していた軽鎧は見事に歪み、まるで棍棒で殴られたかのように凹んでいた。衝突音からは想像できない、見事な破壊力であった。
吹き飛ばされた大和が、ゆっくりと起き上がる。
そして一言。
「これは凄いな……全然痛くなかったよ」
派手に吹き飛ばされた割に、しかし大和は全くの無傷であった。そればかりか、内に着込んでいたインナーにも損傷は見当たらない。迫力あるデモンストレーションに、一流探索者の言葉。観客たちは僅かな静寂の後、大いに沸いた。
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