第270話 例のモノをここに!

 コミックバケーション二日目。

 初日にクソの役にも立たなかったエルフを家に置いてきた事で、今回はすんなりと入場を果たした異世界方面軍の面々。なにしろ今日はみぎわの個人サークルである『水際族』としてではなく、Luminousの広報としてやって来ているのだ。昨日のような遅刻など許されるはずもない。


 異世界方面軍による事前のお知らせもあった所為か、『Elven Skin』は大きな注目を浴びている。加えて異世界方面軍が絡んでいるということもあり、Luminousのブースには大量の来客が予想される。


 そういった事情から、Luminousのブースは他の企業が配置されている西展示棟ではなく、屋上展示場の一角に配置されている。屋上展示場といえば本来、コスプレ広場のひとつとして開放されている場所だ。そんな場所に追いやられているあたり、運営サイドの警戒具合がよくわかるというものである。水際族としては『外サー』扱いを免れた異世界方面軍であったが、結局は外であった。


 そんな中、着替えを終えたアーデルハイトとクリスの二人は、ブースの裏手でスタンバイを完了していた。自分たちが協力した新技術のお披露目ということもあってか、再びの外サー扱いだというのにアーデルハイトの機嫌は上々だ。


「よろしくてよろしくてよろしくて! 高貴でーすわー」


「なんかお嬢が変な歌を口ずさんでるッス」


「変な歌とはなんですの。これはわたくしが考案した異世界方面軍のテーマソングですわよ?」


「いや、明らかにパクリだし」


 そんな怪しい歌を口ずさみながら、身につけた装備の点検を行うアーデルハイト。今回は『Elven Skin』の販促ということで、当然ながら現在の彼女の装備はアンキレーではない。ごく一般的な胸当てや篭手等、それらを『Elven Skin』の上から着込んでいるに過ぎない。如何にも『探索者ですけど何か?』といった装いである。因みに、みぎわは今回出番がないので着替えてはいない。


「っと、こんなところですわね……ジャージとアンキレー以外の装備は随分と久しぶりですけれど、なかなかどうして悪くありませんわね」


「大変よくお似合いですよ、お嬢様。修行時代のお嬢様を思い出します」


「貴女は……あまり似合っていませんわね。それは弓手アーチャーですの?」


「そのようです」


 駆け出し剣士といった装いのアーデルハイト。本人の容姿もあってか、あるいは本職が剣士であるせいか、まだそれなりに見られる格好だ。だがクリスの衣装は────なんというか、微妙であった。


 アーデルハイトの言う通り、恐らくは駆け出し弓手の衣装なのだろう。皮の胸当てにへそ出しルック、ハーフパンツにブーツ。肌に密着するタイプの『Elven Skin』を下に着ているおかげで、健康的な魅力が仄かに漂う。そんなまさしくテンプレといった様子の衣装なのだが、しかしどうにもコスプレ感が否めない。メイド姿のイメージが強い所為もあるだろうが、それにしても微妙であった。


「なんとなくッスけど、弓手って華奢で小柄なイメージないッスか?」


「む」


「貴様のようなデカい弓手がいるか、ってことッスよ」


 クリスの身長は160cmに僅かに届かない程度だ。現代の女性としては平均的、もしくはほんの少し高めなくらいである。こうして『デカい』などと言われるほどデカくはない。だがこちらの世界のサブカルに慣れ親しんでいるクリスには、みぎわの言うことも理解出来てしまう。確かに弓手は、どちらかといえば小柄なキャラクターが多い気がする。尤も、現実世界では全くそんなことはないのだが。


「まぁでも、全然アリな範疇だと思うッスよ。何着てもそこそこイケるあたり、美人は得ッスねぇ」


「微妙に腑に落ちませんが……褒め言葉と受け取っておきましょう」


 所詮は中身のない、暇つぶしの漫談だ。そんな益体もない会話をしながら出番を待つ三人。そうしてしばらくの後、表で接客をしていたクロエから声がかかった。


「お二方。いい感じにお客さんが集まってきたので、そろそろお願いします」


 実演販売は一度きり。その為効果的な宣伝ができるよう、ある程度の客が集まるのを待っていたというわけだ。とはいえ、そう時間を要したわけではない。開場してから一時間といったところだろうか。元々がコスプレ広場の一角だったこともあってか、集客ペースは非常に良かった。


「承知しましたわ。張り切って売り込みますわよー!」


「くっ……憂鬱です」


 元気よく歩き出したアーデルハイトとは対照的に、やはりクリスは表舞台には立ちたくない様子であった。既に配信には何度も顔を出してるため、今更ではあるのだが。




       * * *




 壇上に上がったクリスが見たものは、ブースをすっかり覆い尽くしてしまうほどの人山であった。クロエの言う『いい感じ』とは何だったのか。明らかに人数過多である。これが通常通りの館内スペースであったなら、周囲の企業に多大な迷惑をかけていたであろうことは想像に難くない。配信とは異なる生の視線に、クリスは内心でダメージを受けていた。しかしそこは流石のプロメイド。そんな様子はおくびにも出さず、アーデルハイトに続いてゆっくりと登壇する。表情は完全に死んでいるのだが。


「みなさま、本日はLuminousの新製品披露会にお集まりいただき、誠にありがとう存じますわ! これからの皆様の探索活動にきっと役立つ商品ですわ!」


 アーデルハイトが顔を見せた途端、屋上には大きな歓声が鳴り響いた。仮にも商品の販促だというのに、殆どアイドルのライブ会場といった様相を呈している。探索者向けの商品ということもあってか、妙に野太い歓声ではあったが。


「本日発表するのはこちら! 我々異世界方面軍が────というよりも、うちのダメエルフがLuminousと協力して作った新商品。その名も『Elven Skin』ですわ!」


 アーデルハイトが宣言し指を差す。その先にはクリスが控えめに広げた、シャツタイプの『Elven Skin』があった。


「ちなみに今、わたくしたちも着ておりますわよ!」


 アーデルハイトがくるりとその場で回り、背中部分を観客の方へと向ける。鎧のない背部には、肌にぴっちりと密着した黒いインナーが見えていた。そう、この『Elven Skin』には二つの種類があるのだ。現在アーデルハイトとクリスが着ているような、肌に密着するタイプのもの。そしてクリスが手に掲げている、ゆったりとしたシャツタイプのもの。性能にはほとんど差がないが、動きやすさを重視するならばやはり前者だろう。だが衣服が肌に張り付くのを嫌う者も居るだろう、ということで、通常のゆったりタイプも後から作成されたのだ。なお。色はもちろん数種類ある。


「使い方は見ての通り、防具の下に着込む形になりますわ! 鎧の上から受けた衝撃を吸収し、和らげる効果がありましてよ! 劇的ですわよ!」


 つい先程まではアーデルハイトに見惚れていた観客達であったが、彼女のこの言葉を聞いてからはすっかり探索者の顔つきに戻っていた。彼らも命がけの探索業に身を置く者達だ。防具性能云々の話になれば、どうしても真面目に聞いてしまう。とはいえ、武器にしろ防具にしろ、その性能というものは言葉では伝わらないものだ。どれだけ『これは凄い』などと説明されたところで、実際に効果を確認しなければ話にならない。


「えぇ、えぇ。みなさまの言いたい事は分かっておりましてよ! どうせ『ほんとにぃ?』などと思っていらっしゃるのでしょう? そんな浅はかな考えは全てお見通しでしてよ! クリス! 例のモノをここに!」


 余計な一言とともに、ぱちりと指を鳴らすアーデルハイト。すると先程までは『Elven Skin』を掲げていたクリスが、いつの間にやら大きな荷物を両手に抱えていた。ひとつは誰が見ても一級品だと分かるような、立派な金属鎧。そしてもうひとつは、妙にガタガタと揺れる大きな箱であった。


 そんな怪しすぎる箱には一切触れず、クリスはいそいそと『Elven Skin』を着せた人形を壇上にセットする。その上からしっかりと鎧を固定したところで、いよいよ怪しい箱へと手を伸ばした。


「これからデモンストレーションを行いますわ! 先ほどクリスが設置したのは、協会の装備売り場で販売しているお高い鎧ですの。駆け出し探索者では到底手が出せない、一着100万円もする逸品でしてよ!」


 アーデルハイトが通販番組のMCよろしく、クリスの用意した鉄剣で鎧を叩いて見せる。重厚感のある金属音が響き、それが紛れもない本物であることを教えてくれる。


「そしてこちらが、何の変哲もない怪しい生き物ですわ」


 そうしてアーデルハイトが示す先には、クリスが箱から取り出した怪しい生き物が居た。なにやらモコモコとした白い着ぐるみに身を包んだ、小型犬サイズで鼻息の荒い生き物。どうやらやる気満々らしく、短い前足でステージ上をガリガリと引っ掻いている。協会からは黙認されているものの、存在自体がグレーであるためか一応の変装はしている。しかしそれは、誰がどう見ても肉であった。観客の中にも大勢居るであろう、異世界方面軍のリスナー達からは『えぇ……』といった声が聞こえるかのよう。


「これからこのどこにでも居る怪しい生き物を、そこの鎧に突進させますわ! 中の人形がどうなるかを、しっかりと見ていてくださいまし!」


 そんな観客たちの戸惑いを他所に、アーデルハイトが肉(変装Ver)の尻をぺしりと叩く。合図を受けた肉は、待ってましたと言わんばかりに勢いよく駆け出す。巨獣であったころの名残か、それほど広くはない壇上にあってもすぐさまトップスピードへと移行。固定された鎧へと、そのままの勢いで衝突した。しかしアーデルハイトは忘れていた。肉は尻を叩くと、額から角が出るということを。


 轟音と共に、金属鎧は爆発四散した。



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