第276話 お餅が美味しいですわ

 元旦。つまりは元日の朝。

 それは一年の始まり。『一年の計は元旦にあり』などという言葉もあるように、何事もはじめが肝心だ。人々は近くの神社へと初詣に行き、新年の無事を祈願する。そのがこの国、日本での一般的な習慣だ。


 しかしそんな中、異世界方面軍の面々はといえば。

 こたつに足を突っ込みながら、クリスお手製のおせち料理を四人で突いていた。流石というべきか、おせち料理を作るのは初めてなどと言っていたクリスだが、その出来は素晴らしいの一言。異世界人の作ったおせち料理は、そこらの店の商品よりも余程いい出来であった。


 クリスが作ったおせち料理は、関西風とも関東風とも呼べない、両方の特徴を織り込んだものだ。海老や数の子といった定番のものは抑えつつも、田作りやたたきごぼう、伊達巻があるかと思えばだし巻き玉子も入っている。いわば『様々なレシピに載っているものを片っ端から詰め込んだ』ようなおせち料理である。ちなみに、しっかりとお雑煮付きである。


「お餅が美味しいですわ……こちらの世界に来て最も良かったと思える点は、やはり食事が美味しいことですわね」


 にょん、と伸びる餅を咀嚼し、味わい、飲み込んでから、アーデルハイトは幸せそうな顔を見せた。仮にも公爵家の生まれなのだ。帝国時代も質素な食生活を送っていたわけではない。他の貴族家ほど無駄に豪華とはいわないが、しかしあちらの世界の基準で言えば、アーデルハイトは相応に豪華な食事をしていたと言える。


 そんな公爵家の食事に慣れ親しんだアーデルハイトからしても、こちらの世界の────日本の食事は別次元であった。こと食に関して言えば、こちら側の圧勝と言っても過言ではない。取るに足りない安売りのソーセージですら、お気に入りになるほどなのだから。


「現地人が作ったものより美味しいおせち料理を、異世界人が作れちゃうのは流石に草なんスよ」


 伊達巻を一つ、口に運びながらみぎわがそう言う。現地人であり、またおせち料理にも馴染み深い彼女からすれば、異世界出身のクリスがここまで見事なおせち料理を作ったことは、もはやギャグのようにも感じられるのだろう。


「納豆がない……」


 一方、オルガンは箸を咥えて寂しそうにしていた。なんとも行儀の悪いことである。バラエティに富んだ品目の中、彼女の好きな納豆が入っていないことにショックを受けている様子。しかしそれも当然だ。あんなものをおせちに入れようものなら、その他全ての料理が納豆臭くなってしまう。しかしそこは流石のクリス。彼女はこの納豆狂いのエルフのため、しっかりと対策をしていた。


「オルガン様、そちらに甘納豆を入れておきましたよ」


「なぬ? 甘い納豆だと?」


 聞き慣れぬそのワードに、尖った耳がぴくりと揺れる。そうしてクリスに導かれるまま、ただの納豆とは似ても似つかぬ姿のそれを箸で摘む。そのままじっと数秒見つめ、半信半疑のまま口へと運んだ。


「む……」


「如何ですか?」


「……まぁヨシ」


 甘納豆は確かに『納豆』と名がついているものの、しかし通常の納豆とは殆ど別の食べ物だ。クリスとしても満足を得られるか不安ではあったのだが、どうやらエルフのお眼鏡には適ったらしい。以降、オルガンは一人で食べ尽くす勢いで甘納豆だけを貪り食っていた。


「ところで、本当にどこにも出かけませんの? 折角のお正月? だというのに」


 アーデルハイトはそう尋ねるが、しかし動こうとする者は一人も居なかった。正月くらいはのんびりしたいクリスと、寒い中わざわざ外に出たくないというみぎわ。そして納豆お化け。なんというか、面子が悪かった。ちなみに、現在はもう昼前である。


「お嬢様がどうしてもと言うのなら、吝かではありませんが……何をするにしても、明日からでいいかな、とは思いますね」


「正月なんて大体どこもこんなもんスよ? 子供の頃は出かけるのも楽しかったッスけど、今はもうめんどいだけッスね……張り切って初詣とか行っちゃう人もいるっスけど、ああいう人らはプロなんで」


「めんどい」


 アーデルハイトを除いた三人はすっかり籠城の構え。こうなっては仕方がないと、アーデルハイトも無理矢理連れ出すようなことはしなかった。そもそも、アーデルハイト自身もそこまで出かけたいというわけではないのだ。本音を言えば、寒いので動きたくないというのはアーデルハイトも同じである。ただそういうイベントの日だと耳にしていたから、そうするべきではと提案したに過ぎない。


「それにこの後は、今後の活動方針を決める会議もありますから」


「そうそう。去年はウチら滅茶苦茶上手く行ったッスけど、配信業は水物ッスから。ちょっと人気が出たからって、まだまだ油断は出来ないんスよ。これからのことはしっかり相談しておくべきッス」


 そんなクリスの発言に、みぎわがここぞとばかりに便乗する。出かけたくないばかりに、それっぽい事を言っているだけのような気もするが。


「戦技教導官の件もありますし、企業案件のこともあります」


「そうそう」


「あとは封印石の件と、次に向かうダンジョンも決めなければなりません。コラボの打診も沢山来ています」


「そうそう」


「あと、みぎわの魔改造計画第2ステージの件もあります」


「そうそ────えっ?」


 クリスが流れであっさりと口にしたその言葉。初めて耳にする怪しい計画に、便乗マシンと化していたみぎわの相槌が止まる。


「ちょ待てや。何スかその怪しい計画、聞いてないんスけど?」


「あら、ミギーは聞いておりませんの?」


「え、嘘でしょ? なんかウチの知らないところで、壮大でクソみたいな計画進んでる? マジで知らねーんスけど? あ? お? やんのか?」


 動揺からか、突如としてチンピラ化するみぎわ。数ヶ月前にみぎわが行った、魔法習得のための猛特訓。魔法という空想上の技術を習得するため、彼女は様々な怪しい特訓を課せられた。まるで雲を掴むかのような話であったそれは、イメージしていたようなものではなかった。当時は失敗の繰り返しと、それなりの苦労もあったのだ。もしかするとそれを思い出し、みぎわはチンピラ化してしまったのかも知れない。


「説明を求むッス!」


「詳しい話はまた後でして差し上げますわ。ひとまず今、簡単に説明すると────」


 ぶぅぶぅと文句を垂れ始めたみぎわへと、アーデルハイトはこう告げた。


「ミギー、次は貴女に『転移魔法』を頂きますわよ」


 一年の始まりであるこの日。

 ド級の無茶振りが、みぎわへと襲いかかった。

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