第277話 チョロ過ぎますね

 衝撃の計画が明かされてから数時間後。

 一同は再びリビングへと集合していた。目的はもちろん、今後の活動内容についての相談だ。活動を開始してからこちら、随分と立場も環境も変わってきている。最終目標がスローライフであるのには変わりないが、当面の活動方針は決めておかねばならない。


「で、説明はあるんスよね?」


 コタツの上に肘をつき、居心地悪そうにしている異世界組へと詰問を始めるみぎわ。別に怒っているというわけではない。魔法の習得も別に構わない。だがそれはそれ、これはこれ、だ。しっかりと説明はしてもらう。


「勿論ですわ。ではまず、オルガンの研究結果からお願いしますわ」


「よかろ」


 アーデルハイトに促され、コタツの中に潜り込んでいたオルガンがもそもそと這い出てくる。一体いつからそうしていたのか、髪はもっさりと膨らみ、まるで寝癖のようになっていた。オルガンはどこからか取り出したこぶし大の石板────肉が壊してしまったため、欠片となっているが────を置き、そうして語り始めた。


「まずは『封印石』について。以前にも少し話したけど、これには転移を妨げる効果がある。というより、あちらとこちらの繋がりを隔てる効果がある、というべき。一種の結界と考えればわかりやすいかも」


 オルガンは納豆を貪る傍ら、しっかりと封印石の解析を進めていた。伊達に創聖と呼ばれてはいないらしい。そのオルガン曰く、封印石はその名の通り、ある種結界のような役割を持っていたとのことだった。最初は不鮮明だったシーリアとの通話が、今では随分とクリアになったその理由。それは肉が封印石を破壊したからであり、それによって結界の一部に綻びが生まれたからである、というのがオルガンの見解だ。故に肉が破壊せずとも、オルガンが壊す予定だったそうだ。


 つまり封印石の役割とは、こちらの世界からあちらの世界への移動を阻害することである。オルガンはそう結論付けていた。が、そうなると疑問が生まれる。


「あれ? でも確か前は『転移魔法など存在しない』って言ってなかったッスか? だからあちらの世界では『転移門』が重宝されてる、みたいなことも言ってたッスよね? 阻害も何も、そもそも移動手段なくねーっスか? あれ、っていうかじゃあ、お嬢達はどうやってこっちに来たんスかね?」


「目の付け所がいいですわね、ミギー」


 みぎわの疑問は当然だ。あちらの世界に於いても、世界を移動するなどといった怪しすぎる魔法は存在しない。しかしこの『封印石』はそれを阻害するために存在しているという。そもそもの話、アーデルハイト達をこちらの世界に送ったという聖女とやらは、いったいどうやってそれを成したのか。まるで辻褄が合わなかった。


「そう、みぎわの言う通り。短距離間の転移ですら魔法では不可能。まして二つの世界を行き来するなど、本来はあり得ない。では何故わたしたちはここにいるのか。答えはかんたん、わたしたちをこちらに送ったのは聖女あのおんな。そして聖女の用いるわざは魔法とは別の力だから」


 魔法での転移は出来ない。しかし聖女の力は魔法ではない。つまりはそれが答えだ。聖女の用いる力、それは『法力』と呼ばれる魔力を介さない、謂わば『権能』とでも言うべき力だ。『儀式』や『祈り』によって顕現する女神の力の断片。それを借り受け行使するのが、世界で唯一人、聖女にのみ許された力の本質。


「魔法では無理でも、神の力の代行である法力なら不可能ではない。わたしたちが今ここにいるのが、その答え。つまり聖女は両世界で唯一、二つの世界を移動する力をもっているということになる」


「ほーん……ほーん?」


「聖女はなんらかの目的の為に、アーデやクリス、そしてわたしをこちらの世界に飛ばした。しかし恐らくは、聖女もこちらの世界について詳しくは知らなかった。だからもしかすると存在するかも知れない、転移門のような存在を恐れて封印石を一緒に送った。或いは本当に、この世界のどこかに転移門があるのかも知れない。そのへんはよくわからんけど、まぁ多分そんなかんじ」


 唯一の転移能力を持っている聖女が、なんらかの目的でアーデルハイト達をこちらの世界に送った。そして万が一にも戻ってこられないよう、封印石も一緒に送った。それを発見し破壊したことで結界が弱まり、結果として両世界の隔たりが弱まった。オルガンの話を簡単にまとめれば、大凡こんなところである。ウーヴェの事はすっかり忘れていたが、そんなことは些細な話だ。


「成程……成程?」


「あちらの世界の情勢に詳しくなければ、今ひとつピンとこないかもしれませんね」


 クリスの言う通り、あちらの世界に詳しくないみぎわにはいまひとつ理解が及んでいない様子であった。しかし今オルガンが行った説明は、謂わば前提。余談といってもいいかもしれない。とにかく、今はそれほど重要ではない部分の話である。


「つまりわたし達のやるべきことは変わらない。封印石を探して破壊する。それが第一目標」


「簡単かつ、分かりやすい目標ですわね」


「うむり。で、今のはただの前置き。次はみぎわの魔改造計画について」


 そう、それこそが本題である。

 魔法にまつわる難しい話をされ、どこか人ごとの様に聞いていたみぎわ。しかしそんなオルガンの言葉にハッとし、思い出したかのような顔で続きを促した。


「そう、それッスよ! ぶっちゃけ聖女がどうとかは分かんねーッスから、さっさとその怪しい計画について説明するッスよ!」


「それについては、わたくしが説明して差し上げますわ!」


 一度に沢山話したせいか、どこかぐったりとしているオルガン。そんな彼女に代わり、続いてアーデルハイトが説明役を買って出る。


「封印石を破壊し、両世界の転移を妨げている結界を破壊する。ここまではよろしいですわね?」


「ッス」


「では次ですわ。結界を破壊したところで、我々には世界間を移動する手段がありませんわ。ではどうすればよいのか。答えは簡単、無ければ作ればいいのですわ!」


「オイィ!? 一気に話が飛躍した気がするんスけど!? ていうかなんでウチなんスか!? だったらクリスとかのほうが適任じゃねーんスか!?」


 コタツの天板をばしばしと叩き、アーデルハイトの語るゴリラ戦法に意義を唱えるみぎわ。魔法といえば現代人の憧れだ。覚えるのは楽しいし、気分も高揚する。だがしかし、基本的に小心者のみぎわにとって、今回のコレはいくらなんでも責任重大すぎる。そう言いたいのだろう。


「いいえ、コレはミギーにしか出来ないことですわ。わたくしにも、クリスにも、そしてオルガンにも出来ないことですの」


「えぇ……嘘つけぇ」


「わたくし達異世界人は、体系化された魔法に慣れ親しみすぎていますの。アレンジや改良は出来ても、思考が凝り固まってしまって新しい魔法を生み出すのが難しい。研究者であるオルガンなんて余計にですわ。この場にシーリアがいれば、或いは可能だったかもしれませんけれど」


 アーデルハイトの言葉はある意味、他の事にも当てはまる話だろう。

 身近なところで分かりやすいのは、例えば橘兄弟だろうか。それが実現可能かどうかなど一切考えず、ただただ自由な発想で、己の中のイメージをデザインとして書き上げる兄の一颯いぶき。だからこそ彼は優れたデザインを生み出す事が出来る。そして兄の生み出した荒唐無稽なイメージを形にし、この世に実現するクロエ。必要があればアレンジし、より現実的な形へと整え直す。


 アーデルハイトやクリスでは、どうしても『実際に出来るかどうか』が頭を過ってしまう。それは新しいものを生み出すうえで、邪魔でしかない考えなのだ。今回みぎわに求められているのは、つまり一颯のような役割だった。


「以前にも言いましたけれど、『魔力振伝播ソナー』と『地図生成マッピング』などという魔法は、あちらの世界には存在しませんのよ。あれはミギーの自由な発想あってこその魔法」


「え、いやぁ……へへっ」


 褒められてまんざらでもないのか、右手の人差し指でわざとらしく鼻の下を擦るみぎわ。煽てられるとチョロくなる部分は彼女の美点である。


「ヘラヘラすんな」


「いてっ」


 しかし隣から、オルガンの手刀が飛んできていた。


「わたくしたちには思いつかない、貴女だけの貴女らしい魔法。今回もそれに期待させて下さいまし」


「そ、そこまで言われたらしゃーねーッスねぇ! いっちょ現代人の力ってやつを見せてやりますかぁ」


 先程までぶうぶうとクレームをつけていたのが嘘であったかのような、みぎわの素早い変わり身であった。少し褒められただけで簡単に乗せられるあたり、隣でクリスが頭を抱えているのも然もありなん、といったところか。


「チョロ過ぎますね……」


「────しっ! ……ああ、そうそう! 便宜的に『転移魔法』と申し上げましたけれど、恐らくは『世界間接続魔法コネクト』とでも呼ぶべきものになるかと思いますわ。『転移門』もそうですけれど、転移先の指定を間違えると大変危険ですの」


 アーデルハイトがぽん、と誤魔化すように手をうち、魔法を生み出す上での注意事項を告げる。彼女がみぎわに望んでいるのは、まさしく『転移門』のような魔法であった。恐らくではあるが、『転移』よりも『接続』の方が創造は容易であろう、という意図もある。


「あ、なんかそれはフィクションでも聞いたことあるッスね。あれでしょ? 壁の中にめり込んだりするやつ。お嬢の壁尻は見てみたい気もするッスけど」


「そういったおマヌケな展開はオルガンの仕事でしてよ」


「なぬ」


 こうしてみぎわの魔改造計画については了承を得られた。或いは、丸め込むことに成功したと言えるかも知れない。ともあれ、少なくともこの件に関してはひとまず問題が無くなった。計画の成否は現時点ではなんともいえず、かつ恐らくは長い時間を要するであろう計画だ。しかしアーデルハイト達が聖女に復讐するためには、どうしても避けては通れない道。その第一歩目を、新年の開始と同時に踏み出した異世界方面軍であった。

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