第127話 アデ公しか勝たん
待機列に歓声が沸き起こる。
スタッフとチンピラ女が列の整理を行ってくれている間に、席を外していた三人が戻ってきたからだ。列を成している者たちは、ただ売り子をするとしか聞いていなかった。SNSでも告知はなかったし、配信でも知らされてはいなかった。まさかこんなサプライズがあるとは思っていなかったのだ。余談だが、日本語の分からないチンピラは専ら、プラカードと威圧と眼力だけで列を作っていた。彼女には羊飼いの才能があるかもしれない。
コスプレをして戻ってきた三人を見た彼らの沸き様といったら、およそ探索者に向けられるものではなかった。もしかすると人気のアイドルですらこうは行かないかもしれない。それほどまでの歓声と、割れんばかりの拍手であった。
気恥ずかしさの所為か、もじもじと縮こまりながら先頭を歩くのは
デザイン自体は比較的オーソドックスなシーフスタイルだ。両肩を大胆に露出したベアトップの衣装は、臍の上あたりまでの丈しかない。どちらかといえばチューブトップと言ったほうがしっくりくるだろうか。
黒いデニム生地で作られたショートパンツと、膝上まであるオーバーニーソックスが作る絶対領域(死語)がなんとも眩しい、如何にも『私が女盗賊です』といった風体。腕に引っ掛けるよう羽織ったジャケットと、衣装の各所に取り付けられた特に意味のない革ベルトが特徴的で、活発でありながらもどこかセクシーな印象を受ける、
そんな
彼女は、所謂『女スパイ』風の衣装だった。基本的に何を着せても似合う彼女だが、普段のスーツ姿やメイド服姿とはまた違い、大きなギャップを感じさせる服装といえるだろう。肌の露出等、視覚に訴える直接的な色気はないが、しかし体にぴったりと張り付くようなレザー生地が、クリスのスタイルの良さをより際立たせる。
下手に露出が多いよりもある意味扇情的な格好だが、しかし不思議と厭らしさのようなものは感じさせない。いつものように引き締められた柳眉、固く結ばれた口、そして鋭い眼差し。そんな彼女の表情と相まって、どちらかといえば『カッコイイ』といった感想がぴったりな衣装となっている。
なお、彼女は単純に緊張と恥ずかしさでカチコチに固まっているだけであり、凛々しいなどといった言葉とは正反対の状態である。配信に初めて出演したときもそうであったが、彼女は自分が表舞台に立つことに慣れていないのだ。
そしてやはりというべきか、最も歓声が大きかったのはアーデルハイトが姿を見せたときであった。
彼女が着ているのは、まるで夜空を切り取って衣装にしたかのような、深い青色のドレスだ。今回衣装を選んだ
創作物の登場人物といえど一応は貴族設定のキャラ、それも全年齢向けだ。そんなご令嬢がやたらと破廉恥な衣装を着ているはずもない。アーデルハイトが着ているそれもまた、両肩こそ出てはいるもののロングスカートのドレスであり、謎のスリット等があるわけでもなかった。故にシンプルかつ絢爛でありながらも、意外なほど大人しい印象を受ける衣装といえるだろう。
だがしかし。
参加者たちの方からは確認が出来ないだろうが、実際には背面が豪快に開いており、アーデルハイトの美しい背中が殆ど丸出しの、大変攻撃的なドレスであった。クロエによる緻密な調整がなければ、もしかすると尻まで出ていたかもしれない。
余談だが、実際にLuminousで試着した際には尻が出ていた。そんなアーデルハイトの姿を見た
そんな煌びやかな衣装を着て歩く彼女の姿は、搬入用通路という殺風景な場所にあってなお、貴族令嬢とは斯くあれかしといった、威厳と気品に満ち溢れたものであった。
帝国に於ける四大公爵家。そのうちの一つであり、軍事を司るのがエスターライヒ家だ。武門の家柄といっても、公爵家である以上は相応の振る舞いが求められるのは当然の事だ。故に公爵家の一人娘であるアーデルハイトもまた、礼儀作法は幼い頃より厳しく躾けられている。そのおかげか、普段は何かと周囲をお騒がせるする言動の多い彼女ではあるが、実際にはそのひとつひとつの所作がとても美しいのだ。
アーデルハイトが歩くだけで、無味乾燥な通路があっと言う間に、華やかなランウェイへとその姿を変えてゆく。三人に向けられた拍手と歓声は、彼女達がスペースへと着いてからもしばらく止むことはなかった。
「くくッ、三人とも大人気じゃねェかよ」
「当然ですわね!」
レベッカの冷やかす声に、腰に手を当てふんぞり返るアーデルハイト。他の二人は未だにガチガチであったが、アーデルハイトにとってはこの程度の観衆などどうということもない。本音を言えば、クロエの作ってくれた自慢の衣装をまだまだ見せびらかしたかったのだが───。
「ふふ、すごい人気ですね。私も何年かスタッフをしてますけど、ここまでの歓声はちょっとみたことないかもです。ですが時間も限られています。混雑もするでしょうし、すぐに始めて貰えますか?」
列の整理を行ってくれていたスタッフから、やんわりと注意を受ける。既に開場のアナウンスは流れており、早々に頒布を開始しなければならないのだ。それを受け、いそいそと頒布の準備を始める
それを横目に、アーデルハイトはスタッフから拡声器を受け取り、左手を腰に手を当てたまま行列を睥睨する。ここからでは見えない部分も含めれば、恐らくは300~400人近く並んでいるだろうか。そうして直後に満面の笑みを浮かべ、こう言った。
「皆様、ごきげんよう!わたくしですわよ!!」
『ウォォォォー!!』
『団長ぉー!!来たぞー!』
『アーちゃんかわいいー!!』
『アデ公しか勝たん!』
「静かにしなさい!他の方々に迷惑ですわよ!!」
自分から煽っておいてこの言い草である。とんだ理不尽カウンターであった。とはいえ、いくら開場から隔離されたスペースだとしても、これほどの人数が騒げば迷惑でしかないのは事実だ。スタッフも隣でぷりぷりと怒っている。
「も、申し訳ありませんわ……こほん。これから頒布を始めますわ!今回はグッズが買えなかった方々にも、ちょっとしたものを用意してありますの!ですから慌てず、静かにお待ち下さいな!」
ある意味流石というべきだろうか。訓練された団員達は見事なチームワークを発揮し、想像もしていなかった発表にも、今度は全員が小声で返事をしていた。
「大変結構ですわ。それと、今回はそこのヤンキーがアシスタントとして最後尾に立ちますわ。知っている方もいると思いますけど、非常にガラの悪い方ですわ。騒いだ方はもれなく睨みつけられますの。というわけですので、皆さん大人しく順番を待つようにお願い致しますわぁー」
そう言って言葉を締めくくり、拡声器をスタッフへと返却するアーデルハイト。ついでにしっかりとお小言をもらい、心なしかしょんぼりとした様子で配置に着く。そんな姿もまた、ここに集まった者たちからすれば『来て良かった』と思えるような光景だった。
スペースの移動や想定以上の行列など紆余曲折はあったものの、こうして漸く水際族の頒布が始まったのであった。なおこの時最後尾では、タバコに火をつけようとしていたヤンキーが別のスタッフに怒られていた。
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