第257話 一方その頃

 頭の上に肉と毒島さんを乗せ、オルガンがぷるぷると小刻みに震えていた。足の爪先と肘を床につき、尻を浮かせて。所謂プランクの体勢である。そうして僅かに3秒後、オルガンは地面に突っ伏した。頭上の二匹はその衝撃で落下し、ポヨンポヨンと転がりながら部屋の外へと消えていった。


「むり。しぬ」


「いやいや、いくらなんでも貧弱過ぎるッスよ」


 確かにプランクは地味だがキツい。だが、それにしてもあんまりな結果である。みぎわが呆れるのも当然だった。


「仕方ないッスね……じゃあ次は腹筋ッス!」


 そう言ってみぎわが手を叩く。オルガンは意外にも素直に言うことを聞き、ごろりと転がって仰向けへと姿勢を変えた。そうして立てた膝をみぎわが押さえ、いつの間にか戻ってきていた二匹がオルガンの腹の上に乗る。


「むり。しぬ」


 今回のオルガンは震えすらしなかった。表情を見ても、とても力んでいるようには見えない。もはや僅かにすらも力が入っていないのではないか、そう疑いたくなるほどの、清々しいまでの無力感であった。


:草

:やる気あんのかw

:こうでなくっちゃw

:ホントに運動能力皆無なんだなw

:俺達は一体何を見せられているんだ

:裏でこんな謎配信が行われているとは、まさかアデ公たちも思うまい

:俺の知ってるエルフは樹上を飛び回る狩人みたいなやつなんだけどな……


 研究室と化した自室に引きこもるか、そうでなければ日がな一日リビングでゴロゴロしているオルガン。そんな彼女の運動不足を解消しようと、みぎわの思いつきによって突発的に始まったのが今回の配信であった。しかし結果はご覧の通り、撮れ高も何も無く、ただただオルガンのショボさが垂れ流されるだけであった。


「うーん……これはこれで面白いっていうか、ウケてはいるんスけど、ちょっと画変わりが欲しいッスねぇ……あ、そうだ」


 何かを思い出したかのように、みぎわが部屋を退室する。残されたオルガンは微動だにすることなく、腹の上の二匹だけが、オルガンの呼吸に合わせて上下していた。そんなシュールすぎる光景を前に、当然ながら視聴者達は困惑する。


:かわいい

:マジでなんのシーンなんだよこれw

:うごけw

:なんか動物園でハシビロコウ見てるときの気持ちに似てる

:俺はこういうの好きだよw

:ロリフが寝てる。それだけでいい


 そうして数分後、漸く戻ってきたみぎわはあるものを用意していた。


「じゃーん! というわけでミーちゃん、次はこれッスよ!」


 みぎわが持ってきたもの。それはバランスボールであった。エクササイズやストレッチなど、バランスボールで出来ることは多い。だが基本的には上に腰掛け、バランスを取るだけのもの。成程確かに、これならば筋力皆無のカスエルフでもどうにか出来そうである。


「んぉ、なんこれ」


「これはバランスボールってアイテムッス。はい、つべこべ言わずにとりあえず乗って乗って」


「おぉ、ぼよぼよ」


 当然ながら、あちらの世界には存在しなかったアイテムだ。そんな初めて見るバランスボールに、どうやらオルガンも興味を示した様子。そうして言われるがまま、のそのそとバランスボールに腰掛ける。辛うじて足の先が床に届いている所為か、今のところは問題なく乗れている。それどころか、自ら体重を乗せて弾んですらいる。


:なんか如何わしくね?

:やめろ!

:バランス感覚はマシっぽい?

:解釈違いです!

:意外な才能が開花しちまったな……

:なお足はついている模様

:細けぇこたぁいいんだよ!

:足離した瞬間一回転して飛んでいきそう


「慣れてきたら足を離してみるッス」


「む。こうか」


「おっ? そうそう、その調子!」


 大方の予想を裏切って、足を離した後もオルガンはボールの上に乗り続けていた。バランスボールというものは、乗り続けようとすると意外と難しいものだ。圧倒的筋力不足の彼女だが、どうやらバランス感覚は人並みに優れているらしい。


 ふらつきつつも、両手を伸ばしてバランスを取り続けるオルガン。そんなオルガンの頭の上に、例の二匹がひょいと飛び乗る。それと同時、バランスを崩したオルガンはボールの上で綺麗に一回転し、部屋の壁へと向かって勢いよく尻から突っ込んだ。


「ぬぉー」


 けたたましい音と共にひっくり返るオルガン。バランスボールと共にどこかへと飛んでゆく二匹。ある意味で期待通りの光景に、視聴者達はゲラゲラと大喜びしていた。


:くっそwwww

:予想可能、回避不可

:ぬぉーw

:肉と毒島さんは何がしてぇんだよww

:シュール過ぎんだろw

:一連の流れに大草原不可避

:流石六聖、しっかり期待に応えてきたw


 上手くいっていないはずなのに、何故かウケがいい。そんな怪しすぎる状況に、みぎわは頭を抱えたくなった。いなくなって初めて分かる、アーデルハイトの演者適性。撮れ高の化身は伊達ではないのだと、改めて気付かされるみぎわであった。


「でもまぁウケてるし……これはこれで適正高いのかも知れないッスね……」

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