第113話 芸人じゃねーッスよ

 店内へと案内されたアーデルハイトとみぎわ。店内にはいくつものトルソーが置かれ、明らかにお高そうなドレスやスーツがディスプレイされている。

 そのどれもが一点物だと一目で分かった。以前にアーデルハイト達が訪れ、ジャージを纏めて購入したしもぬらのような衣料量販店とは違い、同じ服は一つも見当たらない。あちらの世界でよく見た貴族向けの服飾店、といったイメージのほうがどちらかといえば強いだろうか。


 店の奥へと案内された二人は、促されるままにソファへと腰掛ける。そして二人の前には、ほんのりと赤くなった額を擦る女性店員が座っていた。わざとではないにしろ、初対面の相手に対して礼を失してしまったアーデルハイト。そんな彼女の第一声は謝罪からだった。


「先程は大変申し訳ありませんでしたわ。わたくしのアーデルとハイトがとんだ無礼を……」


「あ、いえ、全然大丈夫ですからお気になさら───え、おっぱいに名前つけてるタイプの方だったんですか?」


「勿論冗談ですわ」


「ていうか、そんなヤバいタイプの人は多分居ないッス」


 アーデルハイトのちょっとした冗談、所謂ノーブルジョークだ。あまり堅苦しい雰囲気のままでは話が進めづらいだろうという、アーデルハイトの粋な計らいである。勿論、謝意は真実であるが。


「あはは!配信通りの感じで安心しました。実はオフだと怖い人だったらどうしようかなー、なんて思ってたりもしたんですよ。それがお試しで送ったジャージまで既に着てくれたりして……とっても嬉しいです」


 そう言って胸を撫で下ろす女性店員。

 栗色の髪を肩口で切りそろえており、人懐っこそうな笑顔がよく似合うかわいらしい女性だ。突然のチャックボーンにも笑って返せるあたり、物腰は柔らかく性格も良さそうだった。


「今の見た目、完全にヤンキーッスもんね」


「わたくしの内から溢れ出る高貴さが恨めしいですわ……」


「言ってないッス。あとどうでもいいんスけど、そのジャージの下に着てるTシャツ、ウチのじゃないッスか?」


「……あら?本当ですの?どうりで胸がキツいと思いましたわ」


「よし、戦争ッス」


 先程までと同じように、店内に入ってからも下らないやり取りを繰り広げるアーデルハイトとみぎわ。企業案件だとか、依頼主だとか、そんなことを気にして縮こまるような二人ではなかった。

 ぎゃあぎゃあと仲良く喚く二人を前に、店員は気を悪くした様子もまるでなく、そんなやり取りを見てケラケラと笑うだけであった。


「ふふふっ!!ふふ、ふふふっ!!」


「……ウケてますわよ?」


「何で満更でもなさそうなんスか。芸人じゃねーッスよウチら」


 ツボにでも入ったのだろうか、女性店員は堪えるように笑い声を漏らす。そうして一頻り笑った後で、目尻を拭いながらどうにか話を再開する。そう、アーデルハイト達は漫才をしにここへ来たわけではないのだ。


「それでは改めまして……私は橘クロエと言います。一応ここ『Luminousルミナス』の店長をやってます。本日はよろしくお願いします」


 そう言ってぺこりと小さくお辞儀をするクロエ。実をいうとアーデルハイト達は、彼女の事を下っ端店員だと思っていたのだが、そんな予想に反してクロエは自らを店長だと名乗った。つまり彼女は本日の依頼主である。

 

「それでは早速、本題に入りましょうか」


「はい!」


「ッス!」


 クロエの言葉に元気よく返事をする。緊張感などまるで持ち合わせていない二人といえど、依頼主の前でいつまでもふざける程ではなかった。

 そうしてクロエは今回の依頼について、その詳細の説明を始める。とはいえ、事前の打ち合わせは既にメッセージで済ませてある。故に、一応の再確認といった意味合いが強い。


Luminousルミナス』とは、同じものを安価で大量に販売する、所謂量販店のような店とは異なり、量ではなく質で勝負するスタイルの店だ。


 元々はデザイナーとして名の知られているクロエの兄が始めたブランドで、初めは一着一着を手作りで販売していた。その都合でどうしても単価が上がってしまったが、その圧倒的な質の良さから徐々に人気が出始め、そうして今では新進気鋭の服飾ブランドとしての地位を得るまでに至った。ある意味では、服飾業界に於ける異世界方面軍と似たようなポジションと言えるだろうか。


 ネット上が主な販路であるため、店舗として存在するのはこの一店舗のみ。完全一点物オーダーメイドの仕事を受けるためだけに存在している。地下にはアトリエがあり、ここで仕事を引き受け、ここで制作し、ここで販売しているのだそうだ。それ以外のネット販売用の服は、県外の工房で職人達が制作している。


Luminousルミナス』の取り扱う服のジャンルは幅広く、メンズだろうとレディースだろうと、そのどれもが高評価を得ている。とりわけ『衣装』のような、普段は着ない特別な服の売れ行きが良かった。


 だがそんな中で、ジャージや部屋着のようなジャンルの服がどうしても売れなかった。その性質上、誰に見せるでもない普段着としてはどうしても値段が高すぎるのだ。その上ジャージは、やはり大手の有名スポーツブランドが強かった。クロエも質で劣るなどとは思っていないが、知名度で言えばどうしても一歩譲ってしまうのだ。


 そんな折、橘兄妹は芋ジャージを愛用する探索者の話をネットで目にした。

 探索者といえば近年で最も注目度が高く、そして同時に最も危険な職業の一つだ。魔物と戦う彼らは、常に自らの身を守る装備に気を使わなければならない。魔物の素材を利用し、そうして作られた強固な防具で身を守る。それが探索者の基本だ。今の時代、そんな事は誰だって知っている常識だった。


 だがその探索者は、そこらの量販店で購入したごくごく平凡なジャージに身を包み、まるで散歩にでも行くような気軽さでダンジョンに潜り、そして魔物を蹴散らして生還するという。そんな噂を聞いた橘兄妹が、『そんなイカれた探索者がいる筈無いだろう』と、半信半疑でアーカイブを視聴した。


 そうして目を疑った。

 噂に違わぬ芋ジャージに、誰もが目を奪われる抜群のスタイル、過ぎる程に整った眩い笑顔。弾けるゴブリン、吹き飛ぶコボルト。素人目に見ても分かるほどの高い実力と、凄まじい伸びを見せる登録者数。


 それを目にした時、兄妹は思った。

 如何に人気コンテンツであるダンジョン配信といえども、ダンジョン用の防具で身を固めた通常の探索者であれば、宣伝効果など期待できるはずもない。だが彼女なら、彼女達ならば。『彼女達に自分たちの作った服を着て貰えれば』と。モデルとしての素質は抜群、話題性も十分。自分達と同じ様に、新進気鋭という立場も親近感を覚える。そして何よりも、もう既に自分たちがファンになってしまっている。宣伝を依頼するのには十分過ぎる理由があった。


 そうして粗方の説明を終えたクロエが、アーデルハイト達へと向き直る。


「というわけで、これが今回、異世界方面軍さんに依頼した理由です」


「わたくしにおまかせですわー!!」


「確かにお嬢のビジュアルなら、適当に着せ替えるだけでも相当いけそうッスよね」


 最終的には新たなジャージでダンジョンへ潜り、その様子を撮影することになるだろう。だが今回はリアルタイム配信ではないため、色々と内容を切り貼りすることが出来る。つまりは服選びから試着、簡易ファッションショー等といった撮影を行い、後から編集で追加する事が可能なのだ。アーデルハイトのビジュアルを考えれば、殆ど勝利は約束されたようなものである。


「そう言って頂けると嬉しいですね!やっぱりダメ元で頼んで良かったです!!それじゃあ採寸等もありますし、とりあえず地下へ行きましょうか。既にいくつか、『皆さん』の衣装は用意してありますので!」


 そう言って席を立ち、二人を先導するにようにクロエが歩き始める。意気揚々とアーデルハイトがそれに続き、最後にみぎわが撮影しながらついて行く。

 撮影に集中していたみぎわは、クロエの怪しげな一言に気づくことはなかった。

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