第112話 西遊記ッスか?
「はい!!おハイト!!というわけで今日はお金の匂いがする案件動画ですわよー!!」
「はいストップー。興奮し過ぎて挨拶が雑ッス。やり直しー」
「はい!!」
色こそ黒とシンプルだったが、ファスナー部分が金色であったり、袖には無駄にボタンが付いていたり、裾には謎の金具が付いていたり。
ジャージ本来の動きやすさを追求しつつ、普段着として使っても違和感のない遊び心。かわいらしくもあり、カッコよくもある。そんなジャージだった。
問題はアーデルハイトの髪色のせいもあってか、どうにもヤンキーっぽく見えてしまうことだろうか。自宅へと送られてきたジャージをアーデルハイトが試着した際、それを見た
勿論、似合っていない訳では無い。
黒い生地に黄金の髪がよく映えているし、間違いなく似合ってはいる。だがどうにも彼女らしくないというか、えも言われぬチンピラ感が拭えないのだ。
しかし当の本人は、そんなことなどお構いなしに朝から張り切りっぱなしであった。何しろ、今着ているのはただのサンプルである。この後いくらでもジャージを物色出来るのだから、この程度のヤンキー感は大した問題ではないのだ。
もちろん、あちら側から『送ったジャージを着て来い』などと指示があったわけでもない。ただ、これから服の広告役としてお邪魔するというのに、流石に他社製品のジャージを着ていくのは如何なものだろうか。そこまで気にする必要はないのかもしれないが、折角送ってくれたのだから着ないのも失礼だろう。そう考えて勝手に着て来ただけだ。
つまりはジャージの山を前にしたアーデルハイトにとって、全ては些事に過ぎないということだ。別にジャージ専門店ではなく、あくまでジャージ『も』取り扱っている店だということを忘れている。
「皆様ごきげんよう、わたくしですわ。今回はお金の匂いがバチバチな案件動画ですわよ!!」
「はい駄目ー。ていうか案件動画とかあんまり大っぴらに言わないんスよ、普通は」
再度のダメ出しが
というよりも、アーデルハイトのリテイクは一度目と殆ど差がなかった。
「そうなんですの?どうしてですの?」
「お金の匂いがバチバチにするからッスよ!!」
「そうは言いましても、皆さんも理解っているのではなくて?」
「まぁそうなんスけど……様式美ッスよ」
人気配信者であれば、今では誰もが行っていると言っても過言ではない案件動画。だがこれは、視聴者達からは基本的に忌避されがちである。理由はいくつもあるが、
こうして撮影している
だがそもそもの話、配信者にとっての動画配信とは、趣味であり仕事でもあるのだ。中でも企業案件は大きな収入源であり、稼ぐという点で言えば外せないものだ。
視聴者側の感情と、配信者側の感情。この二つのバランスを取るのが非常に難しく、下手をすると一回の案件動画で人気急落、などということも起こりうる。つまり企業案件とは、ひどく繊細なコンテンツなのだ。
そしてこれこそが、いくつか届いていた案件の依頼を、クリスがこれまで保留にしていた理由でもある。漸く登録者数が伸び始めたところで、コケるわけにはいかなかったのだ。
だが前述のとおり、企業案件は上を目指す上では避けられないものだ。これらを上手くこなす事こそが、トップ配信者を目指す為の必須技能であることは間違いないだろう。昨今の人気配信者達は、それがダンジョン配信者であろうと、V系であろうと、或いはゲーム実況者であろうとも。自分達らしさを崩さず、いつも通りの内容で視聴者の期待に応え、けれど先方の期待にも応えるという難題を、見事にやってのけているのだから。
アーデルハイトの様に案件動画であることを前面に押し出す者もいるし、
そして今回、こうして異世界方面軍が企業案件を受けたということは。
多少の失敗では揺らがない程のファンを獲得したと確信したか、或いは、今より上へ行くために、ここらで一度経験しておかなければならないと判断した、ということだ。
因みに、本日クリスは不在だった。協会からの呼び出しを受けているため、異世界方面軍は現在二手に別れているのだ。アーデルハイト曰く『なし崩しで出演させられた挙げ句、着せ替えされるのが嫌だから逃げた』とのことである。
その真偽は不明だが、ともかくそういった理由から、今回はアーデルハイトと
「まぁでも、その方がお嬢らしいかもしれないッスね」
「ですわ!」
「というわけで、一応どっちのパターンも撮っておくッス。両対応ッスよ」
「えぇ……」
本日の撮影は配信ではないため、後からいくらでも編集が効く。撮れるだけ撮っておいて、編集で切り貼りして上手く繋ぐことも可能なのだ。
とはいえ、
むしろ、喫緊の課題は別のところにあった。
「ところでお嬢」
「なんですの?」
「その、やっぱりファスナー上がらないッスか?」
「無理ですわ!!」
一応は上げられるところまでは上げているものの、それが逆に如何わしい格好になってしまっている。先の京都探索で起きた事故を考えれば、要らぬリスクは排除しておきたいところなのだが───。
「というか、今も結構いっぱいいっぱいですわ!」
「まぁ、見てるだけでもはち切れそうッスからね」
「これはそう、アレですわ!猿と豚と……あとお坊さんとかが西を目指すやつ、なんでしたっけ?」
「……西遊記ッスか?」
「そう!それですわ!!アレのおサルさんが頭に付けている……キンポジ?みたいな状態ですわ!!」
「……それは
「そうとも言いますわね!!」
などと、まるで訳の分からないやりとりを繰り広げるアーデルハイトと
「細かいことはよくってよ!!早速お店に入りますわよ!!」
「あ、外観のインサート撮りたいんでちょっと待って欲しいッス」
そう言って店へとカメラを向ける
そしてそれだけ騒いでいれば、当然店の者も二人に気づく。
インサートを撮影する
「あのぉ……アーデルハイトさんとミギーさん、ですよね?お会いできて、こ、光栄です!!その、ほ、本日はよろしくお願いしますっ!!わたし、この店の───」
アーデルハイトといえば、ダンジョン界隈では今最も話題の探索者である。そうでなくとも、その類稀なるビジュアルのおかげで圧倒的な存在感を放つ彼女だ。そんなアーデルハイトに声をかけるのは、多少なりとも勇気が必要だったのだろう。たどたどしく少し言葉につまりながらも、店員らしき女性が二人に声をかけた、その時だった。
声に反応して振り向いたアーデルハイトの胸元から、ばつん、という布の悲鳴が聞こえた。或いは、溢れんばかりの質量をその身で健気に支えていた、ファスナー先生の断末魔か。
「店ちょ───あ゛いだっ!!!」
弾け飛んだ金属部品が、女性店員の額に直撃していた。
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