第17話 粗相

「何してくれとんねんコラァァァ!!!」


「ず、ずびばぜん・・・」


 京都のとある場所で、くるるが正座をさせられていた。

 彼女がぐすぐすと嘘泣きをしているここは、所謂クランハウスや配信部屋などと呼ばれる、配信者達が部屋撮りや編集の為に使っている場所だ。真新しいマンションの一室を借り切っているのは当然、魔女と水精ルサールカである。

 所狭しと並んだ配信機材や、メンバー全員分のパソコン、タブレットやゲーム機まで、ここには彼女達の活動に使用されるものが全て集まっている。勿論、メンバー個人の私物も多く持ち込まれており、それら全てが最新の物だった。


 彼女達はダンジョンで配信を行っていない時、大抵ここに集まっている。今後の予定を話したり、面白そうな企画を出し合ってみたり、あるいは雑談配信をしてみたり。メンバーが居ない時等は、誰かしらが個人でゲーム配信などをしている場合もある。謂わば、チームで全員で借りている共有部屋のようなものだ。


 最寄り駅からは近く、コンビニも歩いて5分とかからない距離に三つもある。立地は最高、間取りも広い。仮眠室も用意してあるし、何不自由なく生活出来るように環境を整えている。メンバーのうちの一人など、家には帰らずこの部屋で寝泊まりをしている。殆どここに住んでいるようなものだ。


 そんなクランハウスのリビングで、枢は説教を受けているところであった。首からは『私は粗相をしました』などと書かれたプラカードをぶら下げており、彼女が身じろぎする度に虚しく揺れ、どこか哀愁を漂わせていた。


「うちらがダンジョン配信始めて、かれこれ六年!別に自慢やないけど、それなりに経験や実績も積んできたし、知名度も結構なもんや!登録者数も増えて、今やランキングでは10位まで来た!ありがたいことに、うちらを目標にしてくれとる子らもおる!堂々とトップ配信者の一員として名乗れる所まで来とる!」


「はい・・・」


「そんなうちらが、どこの馬の骨とも知れんポッと出の新人配信者ルーキーとダンジョンでコラボやて!?どアホ!!コラボっちゅーのは双方にメリットがあって始めて成立するんや!!そんなもんコラボやのうてタダの引率やろが!!そら向こうさんも断るに決まっとるやろ!オマケにそれをあっちの配信コメントで匂わせた!?断られてんのに!?うちらだけやのうて、向こうさんにも迷惑かけて!!アホちゃうか!!いやアホや!!」


「いえ・・・アホではないです・・・」


「なんでそこで口答え出来んねん!!ていうか嘘泣きやめぇ!!」


 烈火の如く捲し立てているのは、魔女と水精ルサールカの一員にしてリーダーを努めている、スズカと言う女性だ。無論、ネット上でそう名乗っているだけであり、本名は別である。歳は恐らく20代半ばといったところだろう。女性にしては高めの身長、気の強そうな瞳。胸部装甲は控えめながらも、すらりと伸びた脚は引き締まっており、まるでモデルのようなスタイル。言葉遣いも相まって、まさしく頼れる姉御といった風である。

 肩で息をしながら、枢を叱りつけるスズカ。そんな彼女の様子を見かねてか、或いは単純に鬱陶しく思ったのか。抑揚のない、平坦な声色が隣から発せられた。


「スズカ、うるさい」


 枢が説教を受けている間も、ずっと隣のソファに座りタブレットを弄っていた女性。見た目はよく言っても高校一年、もっと言えば中学生程度にすら見えてしまう。それほどまでに幼い見た目の、まさに『少女』としか形容が出来なさそうな女性。

 彼女が、魔女と水精ルサールカに於けるメカニック担当であり、常からこの部屋に入り浸っている紫月しずくである。ちなみに公表はしていないが、実際の年齢は24歳であり、これでも立派に成人した大人である。

 眠そうに半分だけ開かれた瞳は、スズカや枢へと向けられることはなく、スズカを掣肘しながらもタブレットの画面を見つめ続けたままだった。


「そら煩くもなるわ!!紫月も経緯は聞いたやろ!?」


「聞いた。所見を述べるなら、枢の判断はそう悪くはなかったと思う」


「は!?悪くないワケないやろ!!百歩譲って、迷惑かけた件に関しては、向こうさんに菓子折りでも持って詫びに行ったら済むからええけどな!!問題は視聴者やファンの方や!!」


「噂だけが独り歩き、尾ひれがついてコラボが現実のものになる、と?」


「せや!ほんならあっちは『寄生』だの何だの言われることになる!!こっちはこっちで、ペーペーの新人引き連れてダンジョンまで愉快なピクニックや!いらん邪推やら、有ること無いこと吹聴する輩が出てきてもおかしない!!どこが双方にメリットやねん!デメリットしかあらへんやないか!実力的にも人気的にも、差がありすぎて怪しさ満点やろが!」


 スズカ言い分は間違っていない。

 酷く怒っているように見えるスズカだが、その言葉を聞くに、どちらかといえば彼女はアーデルハイト達のことを思って言っている。最悪、アーデルハイト達を引率する羽目になったとしても、それは魔女と水精ルサールカが骨を折るだけで済む話だ。故にスズカが怒っているのはそこではない。

 ファンや視聴者とは、配信者達にとって力とモチベーションをくれるありがたい存在だ。しかし彼等は、何か切っ掛けが一つあっただけで、突如アンチへと変貌する危険性も孕んでいる。表裏一体などというが、表と裏は意外な程に近しいものだ。熱狂的なファンであればあるほど、その傾向は強い。


 スズカはそれを懸念していた。

 枢の行った提案は、実際には裏など何もない純粋なコラボの誘いだ。しかし、もしも深読みするファンが現れ、あらぬ噂でも流れれば。

 魔女と水精ルサールカのファンが、アーデルハイト達を叩くかもしれない。今付いているアーデルハイト達のファンが、アンチに変わるかもしれない。その噂が例えどれほど荒唐無稽なものであっても、厄介な一人が騒げば、群集心理がそれを実現し得る。その中で最も有り得そうなものが、所謂『寄生』だ。


 寄生とは読んで字の如く、実力のあるパーティーにべったりと張り付いて探索を行うことである。誰しもが初めは初心者なのだから、それほど悪い行為ではないように聞こえるかも知れない。しかしこれが、ダンジョン配信界隈では非常に嫌われ、最も疎まれる行為の一つだった。


 当然ながらダンジョン配信とは、探索者達がダンジョンを攻略するその様子を楽しむものだ。上級探索者であればその実力を。初級探索者であればその初々しさを。視聴者側からすれば、別に失敗しようとも構わないのだ。勿論、怪我や命の危機を期待しているということではない。ただ初心者が成長していく様や、おっかなびっくりダンジョンを進む姿。そこに自身を投影して見たり、或いは、そんな彼らを見守ることに楽しみを見出すのだ。驚きやスリル、期待や喜びの共有。そういったものを全て包括したものが、ダンジョン配信の醍醐味である。


 しかし『寄生』は、その全てを無かったことにしてしまう。

 引率する上級者は、万が一にも怪我をさせないよう過保護に。初心者はただただ後ろをついて行くだけ。こんなものが見ていて楽しい筈がない。その上、そうして経験とも呼べない経験を積んでしまった初心者は、結局ダンジョンで命を落とすのだ。何も生まず、悲惨な未来しか待っていない。それが『寄生』が忌み嫌われる理由である。


 これは偏に、トップ層としての地位を築いている魔女と水精ルサールカと、配信を始めて僅か二日目のアーデルハイト達。両者の間にある実力の差が原因だった。

 これが同程度の実力をもつ探索者同士であれば、こうはならないだろう。それこそ、ただのよくあるコラボの一つとして受け入れられるかも知れない。或いは、アーデルハイト達がドの付く新人で有ることを考えれば、期待の超新星登場等と言って盛り上がりを見せるかも知れない。


 しかしスズカは知っている。そんな都合のいい大型新人など存在しないことを。一年前に話題となった『†漆黒†』でさえも、今の自分達と比べれば実力不足になってしまうだろう。流石はトップ10と言うべきか、それほどまでに、今の魔女と水精ルサールカはコラボ相手を選んでしまう。

 しかしスズカは知らなかった。アーデルハイトが、そんな都合のいい大型新人どころか、『勇仲』のメンバーでさえも鼻歌交じりに轢き殺しかねない、そんな存在であることを。


「スズカの懸念は理解出来る。しかしそれでも問題ないと私は思う。いや、むしろまだ人気の低い今のうちに、彼女とは繋がりを作るべきだと考える。そうでしょ?」


 スズカの剣幕もどこ吹く風、紫月は顔色一つ変えずに水を向ける。すっかり嘘泣きを止め、いつの間にか足を崩して寛いでいた枢の方へと。


「イェーーーーッス!!さすが紫月!!よく分かってる!!ってことは紫月は見たんだ!?」


「見た」


「いやぁー、それじゃあそこの顔真っ赤なお姉さんにも、例のやつ見せてやってよ」


「あ゛ぁ!?」


「うわっ!ガラ悪っ!!」


 紫月の方へと顔を向けていたスズカが、調子に乗った枢の方へと肩越しに振り返る。ギラついた瞳で盛大にメンチを切る彼女は、レディースの総長もかくや、といった様子であった。そんな二人を他所に、紫月が何度かタブレットを操作してからスズカへと手渡す。


「はいコレ」


「なんやコレ」


「スズカの言う、向こうさんの初配信」


「は?そんなもん何で今見なあかんねん」


「良いから見てみなってー。スズカの懸念も全部吹っ飛ぶからさ」


「あ゛ぁ!?ていうか何正座止めてんねんコラァ!!」


「あーこわこわ。私おやつ取ってきまーす」


 言うが早いか、まるで逃げるようにリビングを後にする枢。正座の後遺症か、未だに脚が痺れていたらしく途中で転倒していた。


「おい待てコラァ!!・・・チッ」


 舌打ちを一つ鳴らし、渋々と言った様子で紫月の差し出すタブレットを受け取るスズカ。そのままソファに腰掛け、既に表示されていたアーカイブの再生ボタンをタップする。なんだかんだと言いながらも、二人の意見を頭ごなしに否定せず、一応は視聴してくれる辺りにスズカの人の良さが表れていた。




 * * *




 そうして一時間後。

 スズカはタブレットを片手に、すっかりと静まり返っていた。その顔に張り付いているのは瞠目。口を半分開き、呆けたように液晶画面を見つめていた。


「・・・いや」


「いやじゃないが?どうだった?ねぇ?今どんな気持ち?ねぇ?」


 固まるスズカの周囲を、枢が小躍りしながら回っている。そんな非常に鬱陶しい枢を、しかしスズカは無視していた。それほどまでに、動画の内容は衝撃的だった。


「・・・いや、なんなんやコレ。CGとかちゃうんか?そもそも、人間に出来る動きなんか?」


「でしょ!?ヤバいでしょ!?ちなみに私は皆が帰った後、現地でスタッフさんの作業を横から見てたけど、配信画面の確認と軽い指示出ししかしてなかったよ。加工とか演出じゃあ無いのは保証するよ」


 自分の事でもないというのに、何故か枢が誇らしげに胸を張る。所謂古参ムーブと何も変わらない。配信界隈では多く見られる、『自分が見つけた』『自分は知っていた』という心理。要するにマウントである。


「百歩譲って、ゴブリンの頭蹴り飛ばしたところはまぁわからんでもないわ。いやわからんけど、話が進まんから分かったことにしとく。せやけどゴーレムのアレは何なんや?木の棒であんなんホンマに出来るんか?」


 そんなスズカの疑問に答えたのは、魔女と水精ルサールカのメカニック兼分析係である紫月であった。


「鉄の剣で岩を両断することは出来ない。仮にレベルアップを繰り返し、探索者にそれだけの力があったとしても、武器の方が保たない。間違いなく折れる。あれは恐らくだけど、力ではなく技術。そしてそれを新人ですら使わないハズレ武器、木の棒でやってのけた。つまり彼女は、私達が想像も出来ない程の技術を持っている」


「・・・」


「ゴブリンにしてもそう。頭を潰すのではなく、ゴブリンそのものを吹き飛ばすわけでもない。頭部だけを後方へ吹き飛ばすには、力だけでなく速さとバランス、何より蹴りにキレが必要。つまり彼女は、私達が想像も出来ない程の身体能力を持っている」


 静かに語る紫月。

 傍らで聞いていた枢が、腕を組みながらうんうんと大きく頷いている。


「そしてワーグ。京都を本拠地ホームとしている私達は戦ったことがない相手。でも協会のデータを見る限り、あれの首の骨をただの一撃で、しかも素手で折るなんてことは不可能。つまり彼女は、私達が想像も出来ないほどの力とパワーを持っている」


「力とパワーは意味一緒やろ。あと身体能力とも同じや」


「総評。こと戦闘力という点に於いて、彼女は現時点で既に誰よりも上に居る」


「ちなみにアーデルハイトさんは中身もいい子だったよ!!あとおっぱいとお尻がでーっかいの」


 紫月が纏め、そこに枢が情報を補足する。半分はどうでもいい内容であったが。

 それを聞いたスズカが、大きく息を吐いてソファへと身体を沈める。トップ配信者の一員である彼女達だ、稼ぎも十分なのだろう。クランハウスへと設置された高級なソファが、スズカの身体をどこまでも深く包み込んでいった。


「私が枢の判断に同意したのはこれが理由。今のうちによしみを通じることは、これからの私達にとって大きなプラスになる。そしてそれは、きっと今しかない。何処かの箱に囲われでもしたら面倒」


「あの子達は絶対に伸びるよ!直接見た私が保証する!どこかに囲われるなんて、あの子達の様子じゃ多分そんなことにはならないと思うけど・・・まぁそもそも、そんな打算を抜きにして、私が個人的に仲良くなりたかっただけなんだけどね」


 まるで説得でもするかのように、紫月と枢がプレゼンを行う。何を言った所で、最終的な判断はリーダーであるスズカが行うのだ。魔女と水精ルサールカというチームである以上、そればかりは仕方がなかった。とはいえ、もしもスズカがコラボを承諾しなかった場合、枢は個人的に親しくなろうと考えていたが。


 そうしてソファに沈んだままのスズカが瞳を閉じ、たっぷり10分ほどが経った。まるで眠っているようにも見えるが、そうではない。彼女が何か、魔女と水精ルサールカにとって大切な判断をするときはいつもこうだった。それを知っており、これまでに何度もその姿を見てきた枢と紫月は、既に場所を移して格闘ゲームに勤しんでいた。


「・・・よし」


 そう一言、誰に言うでもなく呟いたスズカが、ソファから身体を起こした。


「おっ、終わったかな?」


「そうみたい」


 ゲームをしていた二人も、顔をそちらへと向ける。


「うちらは現状、25階で詰まっとる。あの子が一緒に戦ってくれたら、もしかしたら突破出来るかもしれん。うちが間違っとった。『寄生』がなんやとアホらしい。下手したらこっちが『寄生』や言われるかもしれんな」


「おっ!ってことは!?」


「リアが戻ってきたら作戦会議や。あの子の初コラボ相手、うちらが貰うで」


 その一言に、枢が喜び飛び回る。スズカの話を聞いているのか、いないのか。枢はそのままの勢いで家から飛び出し、どこかへと走り去っていった。

 スズカが知らなかっただけで、既にアーデルハイトの実力は視聴者に知れ始めている。今はまだ数が少ないが、彼女達がそう遠くない内にだろう。スズカはそう判断した。それならばスズカの懸念していた、知名度と実力の差という問題は解消されたも同然である。もとよりスズカには、その懸念さえなければコラボ自体を否定するつもりはなかったのだから。


 こうしてアーデルハイト達の預かり知らぬ所で、人気配信チャンネルである魔女と水精ルサールカが動き出したのだった。

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