第16話 しもぬら(雑談枠)
幸せそうな表情で、アーデルハイトがウィンナーを頬張り終えた。
仮にも元公爵令嬢───廃嫡された訳ではないので今現在もそうだが───だというのに、一袋300円前後の店売りウィンナーでこうまで喜べるのだから、随分と安上がりなことである。
「はい」
『はいじゃないが』
『俺も食いたくなってきた』
『お粗末様でした』
『美味そうに食べてたなぁ』
『本来の目的を思い出した顔をしている』
「次の質問はこちらですわ」
『草』
『なかったことにするなw』
『謎のウインナータイム』
『・・・ふぅ』
『幸せならオッケーです』
アーデルハイトがウィンナーに夢中となり、これが配信中であることを忘れていたのは事実である。特に粗相があったという訳では無いが、物を食べている所を全世界に向けて配信するなど、貴族である彼女にとっては端ない、或いは、恥ずかしいことである。少なくとも彼女は、自ら進んで見せるものではないと考えている。故に、全てをなかったことにして次へと進むらしい。
───例の鎧と剣はなんだったんですか!?何もないところから出たりしまったり、魔法にしか見えませんでした!!気になって夜も8時間しか眠れません!!是非教えてください!
「・・・スヤッスヤではありませんの?」
『一番理想的な睡眠時間じゃん』
『スヤッスヤで草』
『俺も気になってた』
『アデ公に残された最後の剣聖要素』
『き、木の棒でも十分剣聖してたから・・・』
「まぁ、やはり気になりますわよね。とはいえ、どこから説明するのがいいのやら・・・とりあえずざっくりと説明しますわよ?」
次の質問は、『
こちらの世界へとやって来た初日の時点で、既にクリスからは聞いていた。こちらの世界には魔法が無い、と。正確に言えば、魔法自体は使えるものの、習得している人間が居ないというべきだろうか。
それに付随して、『武具との契約』というものが存在しないということも。
武器との契約それ自体は、魔法の力によるものではない。しかし同時に、全くの無関係という訳でもないのだ。
しかし、ここで魔法の話も交えてしまえば余計にややこしくなると考えたアーデルハイトは、ざっくりと掻い摘んで、『武具契約』に関する要点だけを話すことにした。というよりも、仔細を聞かせたところで仕方のないことだろう。
「わたくしの持つ『
『お、おう・・・?』
『うんうん・・・うん?』
『いや分かるだろww』
『言っている意味は今のところ分かる』
『代価を払って報酬を得るって点は一般的な契約と変わらんな。ただ対象が武器とか防具なだけで』
「続けますわ。『契約』とは、何も口約束や文書で行うものではありませんわ。相手が武器ですから当然ですわね。武具との契約とは、契約者の『魂』に刻み込まれるものですの。あ、契約方法等はややこしいので割愛しますわよ?」
『まぁよくある感じではあるな』
『要するに専用武器みたいな事か』
『あーね?』
『公爵令嬢らしく教養あるよね。分かりやすいわ』
「そうですわね。概ね、専用武器という認識で問題ありませんわ。そうして『魂』に刻み込まれた契約は、例え契約者の姿形が変わろうと、或いは死して生まれ変わろうとも。魂を失わない限り永劫に続きますの。ある意味では呪縛とも言えますわね。それが『武具契約』であり、わたくしにとってのアンキレーとローエングリーフというわけですわ」
そこまで話したアーデルハイトは、熱い緑茶をひと啜りして息をつく。ここまでの内容について、彼女は嘘を一つも言っていない。ただありのままに事実を語っている。
アーデルハイトが語った、彼女自身の『設定』と同じだ。証明する手段もなければ、その必要もない。そもそも視聴者達とて本心から信じてはいないだろう。ならば下手に嘘をつくよりも、ありのままを語ったほうが、話が真実味を帯びるというものである。
「契約を結んだ武具は、契約者の意志で何時でも呼び出すことが出来ますわ────こんな風に。『顕現』」
アーデルハイトが一言呟けば、刹那の内に彼女の装いが変化する。一瞬、アーデルハイトの身体が眩く輝いたかと思えば、気づいた時には既に、荘厳かつ絢爛なドレスアーマー姿となっていた。白を基調としたそれは、アーデルハイトの容姿と相まって、視聴者達ですら声に出来ないほど美しかった。彼女の持つ黄金の髪と、同じく黄金の瞳が、純白の鎧によく映えている。
惜しむらくは、この場所が戦場や宮殿ではなく、そこらのワンルームマンションの一室であることだろうか。彼女の前に置かれたテーブルや緑茶の湯呑、クリスが選んだものらしく少し可愛らしいデザインのカーテン。それら総てが、アーデルハイトの姿を異質なものに見せていた。
『うぉおおおおお!!』
『かっけぇえ!!』
『え、何なんいまのwすげぇ』
『初回で見たけどやっぱかっこいいわ』
『似合ってんなぁ』
『ジャージが似合う時点で何でも似合う女よ』
『え、マジでどういう仕組みなん??』
『契約です』
『契約をご存知ない?』
『契約だっつってんだろ!!!』
当然、コメント欄は沸きに沸いた。
初めて見る者はその姿や早着替えに混乱し、初配信時に一度見ていた者達は、しみじみと感嘆している。
凄まじい勢いでコメント欄が流れた事を確認し、アーデルハイトは『解除』と呟いた。すると先程と同じように、アーデルハイトが纏っていた鎧が光の粒子となって霧散する。後に残されたのは、ジャージ姿へと戻ったアーデルハイトの姿であった。
「と、まぁこんな感じですわね。質問の答えになっているかは分かりませんけど」
『ええもんみれた』
『あぁ・・・綺麗なアデ公が・・・』
『劇場版みたいに言うなw』
『ジャージでもわけわからんくらい綺麗だが』
『俺の中の常識がどんどん崩れてゆく』
『これで戦うとこ見てぇよなぁ?』
『ザ・剣聖って感じでめっちゃ好き』
「アレを使って戦うのはまだ先だと思いますわ。乞うご期待と言ったところですわね。それでは次の質問に───あら?」
『どうした』
『お?なんや?』
『このアデ公の目線・・・クリスか!!』
『どうやら出番のようだな』
アーデルハイトが次の質問へと進もうとした時、前方のクリスから新たなカンペが出ていた。曰く『次がラスト』とのことである。アーデルハイトがちらりと時計へ視線をやれば、配信開始から一時間近くが経過していた。
今回は雑談枠ということもあり、元々一時間程度の予定であった。アーデルハイトとしては、まだそれほど喋ったつもりもなかったが、いつの間にやら気づかぬ内に、時間が経っていたらしい。間違いなくウィンナー試食フェイズの所為である。
「残念ですけど、時間的に次が最後の質問になるようですわね」
『そ、そんなぁ』
『何・・・だと・・・?』
『早い、早すぎるよ!』
『いやなんだかんだ一時間は過ぎてるからなw』
『マ?まだ30分くらいだろ?』
「まぁまぁ。心配せずとも、雑談枠はまた近いうちに行いますわ」
『やったああああああ!!』
『っしゃああああああ』
『ありがてぇ・・・ありがてぇ・・・』
『定期的に頼む』
『それよりもどの質問が来るか、それが問題だ』
『最後の質問頼むぞ・・・!!』
『自分が最後の質問だという自覚を持て・・・!!』
そうして最後の質問が、配信画面へと表示された。
───なんでいつもジャージなの?
『クソがあああああああ!!』
『くそったれええええええええ!!』
『どうでもいいだろうがァァァアァ!!』
『もっとこう・・・あるだろうが!!』
『スリーサイズとかさぁ!!!』
『好きなタイプとかさぁ!!!』
満を持して現れた素朴な疑問に、コメント欄は怨嗟の声で溢れかえった。実際、彼等が期待していたような種類の質問は、数多く投稿されていたのだ。
しかし彼等は、あまりにも熱を入れすぎた所為かすっかり忘れていた。取り上げる質問を選ぶのはこちら側、つまりはクリスと汀であるということを。如何に初手でエロ作戦を使ったとはいえ、彼女達がそんな露骨な質問を選ぶ筈もなかった。
「何故、と聞かれれば、着心地が良いからとしか言えませんわね。ジャージは素晴らしいですわ。こちらの世界に来て驚いたものの一つですわね。激しく動いても生地が伸び縮みして、ぴったりフィットするんですのよ?あちらの衣服はサイズが難しいですし、一度伸びたら伸びっぱなしですもの。ちなみにファッションセンターしもぬらで5着買いましたわ」
『うぅ・・・ジャージいいよね・・・』
『楽だよな・・・』
『アデ公のジャージも一部伸びっぱなしだけどな・・・』
『てか買いすぎ・・・』
『君らテンション下がりすぎだろw』
『草』
露骨に項垂れる視聴者達。それを尻目に、アーデルハイトは素直に質問へと答えてゆく。深い悲しみに包まれながらも、一応はアーデルハイトへと同意している辺り、彼等としてもジャージの有用性は認めるところなのだろう。
こうして最後の質問を終えたアーデルハイトは、本日の配信を〆にかかった。
「さて、本日はダンジョン配信でも無いただの雑談枠だというのに、集まっていただいて皆さん感謝ですわ。次はまたどこかのダンジョンで配信になると思いますから、楽しみに待っていて欲しいですわ。あと前回の終わりにも少しお話しましたけど、実は今回からサブスクが出来るようになっていますわ」
当たり障りのない〆の言葉と、次回の予告。無論、アーデルハイトのダンジョン配信と聞けば、否が応でもコメント欄は盛り上がる。しかし視聴者達が最も食いついたのは、アーデルハイトが申し訳程度に付け加えた最後の一言であった。
『!?』
『ガタッ』
『なんやて!?』
『ッ!!』
沸き立つコメント欄。不思議なことに、彼等は誰一人気づいて居なかったのだ。それはアーデルハイトが開始早々に見せた、謎の挨拶のインパクトのせいかもしれない。
気づいてからの彼等の行動は早かった。誰もが、我先にと登録しようとした。別にサブスクした順番など何にも関係がないし、定員があるわけでもない。それでも彼等が急いだのは、推しの一番最初の有料会員になりたいという、ただそれだけの理由であった。
最初の一人がサブスクライブしたとき、配信画面の上部にアラートが表示された。要するに、誰かがサブスクした時等に流れる画像付きのお知らせのようなものだ。現在の画面上には、幸せそうな笑顔でウィンナーを頬張るアーデルハイトの顔が、凄まじい勢いで乱舞していた。
『かわいいw』
『俺達の金がウィンナーになった』
『餌付けしてる気持ちになれる』
『アデ公はワイが育てる』
『ウィンナー会員で草』
「あら?あらあら?み、皆さんありがとうございますわ!なにか凄いことになっていますわよ?これ大丈夫ですの!?」
『大丈夫やで!』
『間違いなく俺が一番だった』
『いや俺がNo.1』
『すまんな君ら。俺やで』
『アデ公乱舞しすぎて一人目の名前見えんかったぞw』
「一人目?一人目だと何かありますの?少しお待ちくださいな。一応確認してみますわ。えーっと・・・?」
『頼んだぞ・・・!!』
『必死過ぎるだろw』
『ここ一年で一番力入ったわ』
『全盛期の俺と同程度には腕が動いた』
まだパソコンの操作に慣れないアーデルハイトが、たどたどしい動きで最初の一人を探す。そうして漸く見つけた記念すべきサブスク第一号は、どこか見覚えのある名前であった。
「kururu9696さんという方ですわね。・・・どこかで聞き覚えがある名前ですわ」
『くるる:すまんな君ら。私がNo.1だ』
『はあああああああ!!?』
『枢やんけぇ!!!!』
『何でおんねん貴様ァ!!』
『枢もよう見とる』
『アデ公・・・枢・・・京都・・・?妙だな・・・』
「あ、やっぱりコレ枢さんですの?見て下さってありがとうございますわ」
『名探偵おって草』
『トップ配信者と既に知り合いだと!?』
『くるる:ふっふっふ』
『そういや昨日のアデ公配信の数時間前に京都でやってたなぁ!!』
『そういうことか!!茉日だけじゃなかったのか!』
『クソったれえええええ』
『くるる:一番を獲った枢はクールに去るぜ・・・コラボの件考えといてねー!』
『待てやコラァ!!』
『・・・ん?』
『今なんか言ったよね?』
恐らく視聴を終えたのだろう。枢はその後、コメントを残すことはなかった。ただ、彼女の残した発言は、視聴者達へと大きな衝撃を与えた。
コラボの件。それは初配信の直後に枢から打診され、しかしクリスの判断により先送りとなった話だ。だがそういった背景を知らず、断片的な情報だけを与えられた視聴者達は沸きに沸いた。
『コラボやるん!?』
『水精と魔女コラボってマ?』
『魔女と水精、な』
『マジなら激アツなんやけど』
『考えといて、ってことはルサールカ側からの打診か?』
『クソデカ爆弾残してどっか行きやがったw』
『どうなんですかご令嬢!?』
『どうなんですか!?』
当然、視聴者達の質問はアーデルハイトへと飛んでくる。
どうもこうもない。アーデルハイト達は一度、正式に断りを入れている話だ。ましてや、
答えに窮したアーデルハイトは、助けを求めるようにクリスの方へと視線を向ける。頼みの綱のクリスは、目を閉じて頭を抱え、『やってくれたな』とでも言いたそうな面持ちで首を振っていた。
そうして対応に悩んだアーデルハイト達のとった行動は、すなわち『逃げる』であった。
「────それではまた次回お会い致しましょう!!さよなラーデルハイト!!」
『なんやねんそれェ!!?』
『それはもう意味わかんねぇんだよなぁ!』
『待てぇぃ!!』
『あいや待たれぃ!!』
『俺ルサルカ勢、マジだと嬉しいけどマジじゃなくても嬉しい』
『それはどういう心理状態なのww』
『まだ二回目なのに話題しかねぇなぁココは』
二度目の配信となる今回。
最終的な同時視聴者数は2000人を越え、登録者数も500人程増えて1500人弱となっていた。初回に引き続き、アーデルハイト達の配信は今回も大成功と言って良いだろう。最後の最後に待ち受けていた不意打ちさえなければ、であったが。
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