第15話 肉汁(雑談枠)

『わこつ』

『オッスオッス!!』

『待ってました!!』

『きちゃ』

『部屋着可愛い』

『初見です』

『部屋着(色違いジャージ』

『異世界サッカー切り抜きから』


 家バレを防ぐため、しっかりとカーテンは締め切られている。

 そんなクリスの部屋に於いて、すっかり指定席となっている窓際にちょこんと鎮座するアーデルハイト。いつものジャージ姿であるというのに、そうして黙って座っていれば深窓の令嬢もかくや、といった佇まいだった。そしてそのままの体勢から、カメラに向かって拳を突き出した。キレ抜群の座り正拳突きだった。


「こっ、こんにちアーデルハイト!」


『は?』

『ん?』

『こんにち・・・何て?』

『ざわ・・・ざわ・・・』

『何かやりだしたぞ』

『こんばんわ、だろぉ?』

『そこじゃねぇんだわ』

『解せぬ』


「え、雑談配信の始まりは、こういうものではありませんの!?」


『ないです』

『あぁ・・・』

『いや、これはこれでありでは?』

『言わんとしてることはまぁわからんでもないw』

『雑談配信に備えて勉強したけど参考にしたのがちょっと違ったんやろなぁ』

『予習出来てえらい(えらくない』

『顔引き攣っとるやないかい!!』


 アーデルハイトにとって二度目となる配信は、不穏な始まり方をしていた。こうしてアーデルハイトの配信に集まった視聴者達は、何も彼女の配信だけを見ているわけではない。これまでにいくつもの配信を見てきた、謂わば視聴のプロ達である。故に、彼等はアーデルハイトが言いたいであろうことを大凡察していた。


 基本的に配信者達は、それぞれが特殊な挨拶で配信を始めることが多い。その挨拶自体には、それほど大した意味はない。強いて言うならば、数多居る配信者の中で個性を出すための方策、その一つとも言えるだろう。挨拶一つとってもチャンネル毎、配信者毎に個性が出るし、見ているファン達も『ああ、いつものやつね』などと思いながら返事をするものである。

 そしてそれらは、ダンジョン配信ではない、それ以外の配信で多く見られるものだった。要するにアーデルハイトは、教材として間違ったものをチョイスしたらしい。


 そういった文化は、ダンジョン配信界隈には浸透していない。理由はいくつかあるが、その最たるものはやはり、ダンジョンの危険度からくるものだろう。配信早々におどけてみせた後、数分後には血まみれになっている可能性が低くはないのだ。その上で、もしもそのまま配信者が死亡しようものなら、とても見ていられない映像の出来上がりである。そういう理由から、ダンジョン配信は淡白めな挨拶で始まる事が殆どである。


「わたくしだって顔の一つや二つ引き攣りますわ!!本音を言えばやりたくなかったですわ!!」


『やりたくなかったんかいw』

『何故やったのか』

『いや、よかったよ。うん』

『揺れたしな』

『揺れたよな』

『だからそれじゃ剣聖じゃなくて拳聖なんよ』


「だってこれ明らかにスベってますわよね!?何が悲しくて、開始早々にひとスベリしなくてはならないんですの!?」


『草』

『スベってる言うなw』

『D界隈以外はそういうもんなの!!』

『つかみを大事にしている。芸人かな?』

『スベるって概念はわかるのなw』


 苦虫を噛み潰したかのような顔で、歯をぎりぎりと噛み締めながら正拳突きを繰り出したアーデルハイト。そんな彼女はコメント欄に飛び交うツッコミを前に、頭を振り乱し、早くも後悔していた。


「うぅ・・・もういいですわ・・・二度とやりませんわ」


『それを捨てるなんてとんでもない!!』

『ガンガンやっていけ』

『俺は嫌いじゃない』

『アデ公ならダンジョンで怪我することは早々ないだろうしな』

『明るくポップな異世界蹂躙劇が始まる』


 面白がっているのか、はたまた本音なのか。存外気に入ったという声もあったが、アーデルハイトは二度とやらないことを心に誓った。

 とはいえ、開始早々何時までも気落ちしては居られない。アーデルハイトは気を取り直すために、両手で頬を軽く叩いてみせた。


「さて、初見の方は初めましてですわね。昨日も一応、自己紹介は致しましたけど、もう一度やっておきましょう。改めまして、わたくしはアーデルハイト・シュルツェ・フォン・エスターライヒ。グラシア帝国、エスターライヒ領を治めるエスターライヒ公爵家の一人娘ですわ。もうお分かりかと思いますけど、わたくしは別の世界、所謂異世界からやってきましたの。先週に」


『多い多い』

『相変わらずの情報過多』

『情報の大洪水なんよ』

『成程ね?』

『ははぁん・・・?』

『声綺麗やなぁ』

『実は既にアデ公まとめがwikiにあるから新規はそっちを見るといいゾ』


「あ、そうそれですわ!わたくしも驚きましたわ!まさか昨日の今日で、もうわたくしのプロフィールを編集していただけているなんて。編集して下さった方には感謝ですわ」


『俺やで!!』

『いや俺やで!』

『私です』

『バカが、俺に決まってるだろうが』


「・・・別にお礼以外、何も出ませんわよ?」


『そのお礼が欲しいんだよぉ!!』

『名前呼ばれてぇんだよぉ!まだスパチャ出来ねぇんだよぉ!!』

『収益化マダー?』

『昨日初配信やぞw』


「そうそう、それもですわ!皆さんのおかげで、わずか二日目にして登録者数がなんと1000人を突破しましてよ!収益化云々はともかくとして、ひとまずお礼申し上げますわ。ありがとうございますの」


『へへっ』

『アデ公はワイが育てた』

『乳空手のころから登録してた俺が最古参』

『二回目の配信で古参ムーブやめーやw』


 アーデルハイトの見つめる先、テーブルの上でこちら側へと向けられたノートPCの画面には、コメント欄でマウント合戦を繰り広げる視聴者達の言葉が、次から次へと無数に飛び交っていた。

 配信そのものに関しては、汀がカメラの画角外にて配信用PCを用い、逐次確認と調整を行っている。このノートPCは配信画面確認用のものであり、もともとはクリスの私物だったものである。


「さて、本日は雑談枠ですわ。昨日の初配信で顔見せが終わりましたから、今日は皆さんの質問等に答えて行こうかと考えていますの。ちなみに昨日の配信はアーカイブの方で視聴出来るので、まだご覧になってない方達には是非見て欲しいですわ」


『Sixの方で告知してたやつな』

『ワイもマロ投げたで』

『アーカイブ見ました!終始口開いて眺めてました』

『あれみたら誰だってそうなるわなw』

『ワイ初見、そんなことよりも眼が気持ち良い』

『アデ公のおかげで視力が2.0に回復しました!』


「わたくしにそんな効果はありませんわ。でもまぁ、似たような事を昔、宮廷のパーティで何処かの貴族から言われた気がしますわね。おかげでその後が大変でしたわ」


『お、異世界話か?』

『例の、妙に説得力あるやつな』

『バカとビッチの話好き』

『ダンジョン内でも話しながらゴブリン轢き殺してたよな』

『お散歩フェイズで轢き殺されるゴブリン君・・・』

『ちなみに何があったん?』


「わたくしに言い寄って来たその貴族達の殆どは、婚約者が居ましたの。帝国では重婚が認められていますけど、関係無いと言わんばかりに婚約者の女性が、それはもう暴れに暴れたんですの。挙げ句、逆恨みで有ること無いこと吹聴されたりと、まぁ大変でしたのよ。ちなみにわたくしが剣聖となる前、14歳の頃の話ですわね。貴族は30を越えていた気がしますわね?」


『アウトォ!!』

『有罪』

『ほんまにあるんやなそういうの』

『成人年齢にもよる』

『今はともかく、昔は地球でもそんな歳で結婚するのが当たり前だった筈』


「わたくしは公爵家の娘として、義務で渋々出席していただけで、社交界には全く興味がありませんでしたの。そのころには既に、剣の修業で忙しかったこともありますわね。ですから放置していたんですけど・・・後で気がついたら社交界全体、特に貴族の子女達から、売女のような扱いを受けるようになっていましたわ。彼女達からすれば、どちらかといえば軍属のわたくしが人気を集めるのが面白くなかったのでしょうね」


『あー・・・(察し』

『そら自分達の縄張りに、畑違いのこんな美人が出てきたら嫉妬もするわな』

『眼の上のたんこぶ的な話か』

『いい相手を探しに来てる女性からしたら面白くないやろなぁ』


「まぁそんなわけで、わたくしは見事に社交界で、悪女の名前を獲得しましたわ。男をとっかえひっかえしているだの、人の旦那を誘惑しただのと。でも、逆に軍部や民衆からは善くしていただきましたのよ?今となっては懐かしい話ですわね」


 そうしてひとしきり話したアーデルハイトは腕を組み、何やら追想しながらしみじみと頷いてみせた。傍から聞けば、アーデルハイトには何一つ瑕疵のない話である。憤慨してみせた所で誰も咎めはしないだろうに、どうやら彼女にとっては数ある思い出の一つとして刻まれているらしい。


「っと、そうでしたわ。ではそろそろ、本題の質問コーナーに入りたいと思いますわ。ちなみに質問は随時受け付けておりますの。Sixの公式アカウントの方へとお願い致しますわ」


 本日のメインである質問コーナー。その前段階である雑談から、既に中々濃い内容のエピソードトークを語ってしまったアーデルハイト。これこそ雑談枠と言えなくもないが、しかし何時までも無軌道なトークをしているわけにも行かない。

 ちらりとクリスの方を見れば、『巻きで』と書かれたカンペが出されていた。収録時間などは決めていなかったし、配信の枠にも別に制限があるわけではない。とはいえ、一応の目安時間は設定してあるのだ。


「それでは1つ目のお便り、もとい、質問にいきますわ。先ずは一番多かった質問からですわね」


 アーデルハイトがそう言うと同時、汀の操作によって、配信画面には大きく質問内容が表示された。ちなみにアーデルハイトは画面左下のワイプへと移動している。


 ────アーデルハイトさんは異世界出身とのことですが、本当ですか?


「まぁ、ある意味予想通りの内容ですわよね」


『まぁね?』

『一応ね?』

『どっちでもいいんだけどね?』

『聞かずには居られなかったというかね?』

『質問者ワラワラで草』


「これは本当に多かったらしいですわ。勿論答えはイエス────と、言いたい所ですけど、生憎と証明する手段が有りませんの。ですからわたくしからは、『皆さんの想像にお任せします』とだけ言っておきますわ」


『ですよね』

『俺は信じてるぞ!!』

『俺のほうが信じてるぞ!!!』

『まぁそうよなぁ』

『いや待てよ?俺のほうが信じてる可能性もあるんじゃないか?』

『何の勝負なんだよw』


「そうだ、と言い張ったところで意味がありませんものね。わたくしとしましては、今後のわたくしの配信を見ていただければ分かるかもしれない、と思いますわ」


『一生ついていくぜ』

『ゴブリンの頭部で行われるビリヤードが見られるのはここだけ!』

『木の棒によるゴーレムの三枚おろしが見られるのはここだけ!!』

『木の棒を自分で壊して八つ当たりする美少女が見られるのはここだけ!!』

『不穏なワードしか出てこねぇw』


 この質問は、実際に送られてきた中でも半分近くを占めていた。故にここだけは、クリスや汀と共に回答を用意していたのだ。三人とも、アーデルハイトが異世界出身であることを隠す必要は無いと考えていた。アーデルハイト自身が答えたように、何をどう説明したところで証拠足り得ないからだ。


 故に彼女達は、判断を視聴者に委ねた。それが信じてもらえようと、もらえなかろうと。極論を言えば、どちらでも構わないのだから。むしろ想像の余地を残しておいたほうが、夢があるのではないか。三人の意見は、そういうことで一致していた。


「はい、それじゃあ次にいきますわ」


 そうしてアーデルハイトは次の質問へと進む。例のごとく汀の操作によって、画面に表示されていた質問が次のものへと入れ替わる。ここから先はアーデルハイトのアドリブによる、打ち合わせなしの質疑応答となる。


 ───こっちの世界に来てから、何か好きなもの出来た?


「これも結構多かったらしいですわ。面白みのない質問ですわね」


『え゛ッ!!?』

『辛辣ゥ!!』

『唐突な蔑みで草』

『つまんなそうな顔たすかる』

『やっぱり芸人じゃないか!!』


「まだそれほど外には出ていませんけど・・・そうですわね。お煎餅と緑茶が気に入りましたわ」


『煎餅は草』

『やっぱ後期高齢者じゃねーか!!』

『待て、公爵令嬢だぞ。高貴高齢者と呼べ』

『まったりセットわかる』

『は!?煎餅上手いやろが!!!』

『くそw高貴高齢者やめろww』


「あなた方失礼ですわね・・・あぁ、あとはウィンナーですわね。こちらにきた最初の朝に、クリスが焼いてくれたんですの。あちらのものと違って、歯ごたえから味まで、何もかもが完璧でしたわ!!」


『エッッッッッッッ!!』

『隠語か!?』

『めっちゃ分かるわ』

『異世界ウインナー不味いんかw』

『エロ猿が群がってきたぞ!!散れ!!』

『俺は分かってたよ。アデ公の好物が俺と同じだってことはね』

『お前は後出し便乗ニキ!生きていたのか!?』

『俺は分かってたよ。俺が仕事帰りだってことはね』


「不味い・・・ということはありませんわよ。でも、こちらのものを口にした今では、もしかしたら食べられないかもしれませんわね。帝国はどちらかといえば武力に力を注いでいる国でしたから、それほど食文化が進んではおりませんでしたの」


『食文化微妙でそのスタイルに・・・?』

『人類の神秘よ』

『帝国のウインナーでそのおっぱいは無理でしょ』

『食文化研究民としてはめっちゃ興味あるな』

『ワイはボイル派』

『俺は断然焼き派だね』


 こちらに来てからのものを思い出してか、アーデルハイトが頬に手をやり、恍惚とした表情を浮かべる。パリッとした皮に、溢れ出すたっぷりの肉汁。ほんの少しだけお高い、近所のスーパーで二袋600円のウインナーは、アーデルハイトの舌を唸らせるには十分過ぎる味であった。


 と、そこでアーデルハイトはふと気づく。なにやらいい匂いがキッチンの方から漂ってくることに。そちらのほうへと目を向ければ、クリスが件のウインナーを焼いて皿に載せ、こちらへと運んでくるではないか。

 そのままクリスはテーブルの上、アーデルハイトの眼前へと皿を配膳する。その際に、ほんの一瞬だけクリスの腕がカメラに映っていた。それを見たアーデルハイトは全てを察していた。これは汀の指示であると。つまりこれはサブリミナルクリスである。


『まさかその手は、クリス!?』

『クリス来た!!!』

『誰w』

『スタッフか?』

『初見の為に説明しよう(爆速タイピングニキが』

『クリス(名)アーデルハイト異世界方面軍に於ける、スタッフと思しき女性二人のうちの一人であり、アデ公の従者。初配信時、探索者協会にて待機していたところ、アデ公が切り忘れた配信に一瞬映ってしまい、その愛らしい容姿からコアなファンを獲得するに至る。なおアーカイブではカットされているため、現在はその姿を見ることが出来ない』

『頼んだぞ・・・!!』

『クソはええw』

『マジで速くて草』

『指どうなってんねんw』


 コメント欄には、視聴者達が現段階で分かりうる範囲内での、クリスの情報が流れていた。しかしアーデルハイトはそれには触れなかった。というよりも、クリスの話題そのものに触れなかった。汀との打ち合わせ通り、今はまだ匂わせの段階であると、アーデルハイトはしっかり理解していた。あとは単純に、ウインナーを早く食べたかったというのもあるかもしれない。否、既に齧っていた。


「んんんぅ~~~!!これ、これですわぁ!!口の中で溢れる肉汁が幸せですわぁ!!」


『あかん!情報がまた洪水し始めたぞ!!』

『どっちを見たらいいんですか!?』

『幸せそうなアデ公マジ天使』

『満面の笑顔たすかる』

『クリスどこ行ったんやぁ!!』

『俺にも分からないよ。どっちを見ればいいのかはね』

『いつも何も分かってないだろ!!』


 消化した質問は未だ二つ。だというのに、すっかり混乱した様子の視聴者達。

 予想外の反応に戸惑うクリスと、クリスの話題には一切触れずにウインナーを頬張るアーデルハイト。雑談配信は序盤も序盤、まだこれからが本番である。

 恐らくは狙い通りだったのだろう。混沌とし始めた雑談配信を傍で眺めていた汀は、どこか満足そうな顔をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る